ギルバートの家族・前編

 あっという間に時は経過し、ソルセルリウム帝国の学園は冬季休暇に入った。

 ちらほらと雪が降ることもある。


「エヴリン嬢、ルビウス公爵家の迎えの馬車が来た」

「ええ……」

 東マギーアにいるギルバートの家族に会う予定であるエヴリン。

 その声は少しだけ硬く震えていた。


 西マギーアと東マギーア、融和への道に進みつつはある。しかし、まだギルバートの家族にどう思われているか分からないエヴリン。それゆえに、エヴリンは緊張していた。

 ギルバートにエスコートされてルビウス公爵家の馬車に乗るエヴリン。


 乗り合い馬車と違い、地面からの衝撃はほとんど伝わらず乗り心地が良い。しかし、ギルバートと一緒に乗った今までの乗合馬車の方が、そこまで緊張することなくある意味エヴリンにとって乗り心地が良かったのである。


「エヴリン嬢、表情が硬いな」

 エヴリンの横に座っているギルバートはフッと笑う。

「当たり前じゃない。ギルバート様の家族と会うのよ。いくらバーバラ様の影響でギルバート様の家族が西マギーアの人間に対して嫌悪感が一切ないっていっても、やっぱり怖いわよ」

 エヴリンは困り顔でため息をついた。


 ソルセルリウム帝国から東マギーアまでは複数の国を隔てている。よって到着までは三日かかるので途中宿に泊まる。

 エヴリンは改めて東マギーアが近付くにつれて心臓がバクバクしてきた。

(大丈夫かしら……?)

 エヴリンは無意識のうちに右手のルビーのブレスレットに触れていた。






᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥






 いよいよ東マギーアに入った。

 夏季休暇の時とは違い、西マギーアの人間であるエヴリンも堂々と東マギーアに入ることが出来た。

(髪を染めずにありのままの姿で東マギーアに入れるなんて……)

 エヴリンにとってそれは新鮮なことだった。


 東マギーアの街も、以前訪れた時とは違っていた。

 何と街で魔道具が使われていたのだ。

 西マギーアやソルセルリウム帝国で流通しているものより少し古い魔道具ではあるが、魔道具のお陰で東マギーアの平民達の生活水準が少し向上していた。

(やっぱり魔道具があると便利よね。東マギーアにとっても良いことだわ)

 エヴリンは馬車の窓から街の様子を見てそう感じた。

「エヴリン嬢、街の様子に驚いたか?」

 隣に座るギルバートは窓の外をじっと眺めているエヴリンの様子にフッと笑った。

「ええ。以前と違ってこんなにも変わるなんて、驚きだわ。きっと東マギーアの平民達の生活水準はこれからもっと向上するでしょうね」

 エヴリンは窓の外からギルバートに視線を移し、穏やかに微笑んだ。


 馬車は颯爽と街中を走り、あっという間にルビウス公爵家の屋敷に到着した。

「うう……緊張するわね……」

 エヴリンは右手のルビーのブレスレットに触れていた。

「エヴリン嬢、大丈夫だ。肩の力を抜こう。それに、もしも俺の家族が君に心ない言葉をかけようものなら家族と絶縁する覚悟も俺は出来ている」

 ギルバートはエヴリンを真っ直ぐ見てそう言った。

 真紅の目は力強く、覚悟が感じられた。

「ギルバート様……」

 そんなギルバートの様子に、エヴリンは少しだけ平常心を取り戻した。

 緊張で速くなっていた鼓動も、少しだけ落ち着いた。

(そうよね。ギルバート様の家族よ。それに、西マギーアに対する嫌悪感は一切持っていないとギルバート様が言っていたわ。信じましょう)

 エヴリンは深呼吸をして口角を上げた。


「ただいま戻りました」

 ギルバートがルビウス公爵家の屋敷に入る。それに続いてエヴリンもルビウス公爵家の屋敷に足を踏み入れた。

「おお、ギルバート、帰ったか。夏季休暇の時振りだな」


 ギルバートと同じ漆黒の髪にシトリンのような黄色い目の、ギルバートに似た男性である。

 恐らくギルバートの父親だと思われる。


「お帰りなさい、ギルバート。健康そうで何よりだわ」


 ダークレッドの長い髪にギルバートと同じルビーのような真紅の目の女性。

 恐らくギルバートの母親だろう。


「兄上、また魔力強化について教えてください」


 漆黒の髪にシトリンのような黄色の目の少年。年はエヴリンやギルバートよりも二つくらい年下だろう。

 恐らくギルバートの弟である。


「兄上、ソルセルリウム帝国で何か面白いことはありましたか?」


 ルビーのような真紅の目をキラキラと輝かせている、漆黒の髪の少年。エヴリンやギルバートよりも四つくらい年下に見える。

 こちらもギルバートの弟だと思われる。


「ギルバート、お帰りなさい。エヴリンちゃんもいらっしゃい。エヴリンちゃん、わたくしのかつての恋人の件で協力ありがとう」

 ギルバートの祖母バーバラは朗らかな表情で二人を出迎えてくれた。

「ご無沙汰しております、バーバラ様。微力ながらお役に立てて光栄ですわ」

 エヴリンはふわりと微笑んだ。

 かつての恋人と再会出来たバーバラが嬉しそうだったので、エヴリンもまるで自分のことのように嬉しくなっていた。

「お祖母ばあ様はご存じで、父上達にも手紙では伝えてあるが、改めて紹介します。彼女はエヴリン・サフィーラ嬢。彼女は西マギーアのサフィーラ公爵家の令嬢で、俺の恋人です」

「エヴリン・サフィーラと申します。ギルバート様にはいつも良くしていただいております」

 ギルバートに紹介され、エヴリンは少し緊張しながらルビウス家の者達に向かって自己紹介をした。

 受け入れてもらえるだろうかと、内心不安である。

「そうか、君が……」

 ギルバートの父親がエヴリンの前に来る。

「改めて、ギルバートの父のジョゼフ・ルビウスです。エヴリン嬢、ギルバートが世話になっている」

 ギルバートの父ジョゼフは朗らかに笑い、エヴリンに手を差し出した。

「……いえ、こちらこそ、ギルバート様には色々と助けていただいております」

 エヴリンはジョゼフの表情にホッと肩を撫で下ろし、握手を交わした。


 次にやって来たのはギルバートの母親。

「ギルバートの母の、リンジー・ルビウスよ。エヴリン嬢は……西の方なのね」

 リンジーは少しだけ警戒気味な表情だが、エヴリンを拒絶しているわけではなさそうだ。

「はい。……よろしくお願いします」

 エヴリンはおずおずと頷き、リンジーと握手を交わした。


「初めまして。ベンジャミン・ルビウスです。年が明けたら十五歳になります。よろしくお願いします」

 ギルバートの上の弟ベンジャミンは礼儀正しい。

 エヴリンはベンジャミンとも握手を交わした。


「トマス・ルビウスです! 年が明けたら十三歳です! エヴリン嬢、西マギーアや魔道具のことを色々と教えてください!」

 元気が良く好奇心旺盛なギルバートの下の弟トマスである。

 エヴリンはトマスとも握手を交わした。


 エヴリンはギルバートの家族に拒絶されることがなかったのでひとまず安心したのである。

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