大聖堂での誓い

 日が暮れて、いよいよソルシエ魔法祭も終盤である。

 ソルセルリウム帝国の宮殿の前は大きく賑わっていた。

 ソルセルリウム帝国帝室の者達が出て来る。

 威厳がある彼らの姿に、ソルセルリウム帝国の者達だけでなく、エヴリンとギルバートも思わずハッとしていた。

 彼らは今から神殿にある光の女神ポースと闇の神スコタディの像に捧げる光の花と闇の花を咲かせるのだ。

 帝室の者達ということで、厳重な警備体制である。

「凄いわね」

「ああ。流石は大国ソルセルリウム帝国の帝室だ」

 エヴリンとギルバートは厳重な警備体制やソルセルリウム帝国国民の盛り上がりに驚いていた。

(……神殿で何をお願いしようかしら?)

 エヴリンはギルバートをチラリと見て悩んでいた。


 ソルセルリウム帝国皇帝を始めとする帝室の者達が、花の蕾に魔力を注ぐ。

 すると花々は神秘的な光を放ち、開花する。


「綺麗だわ……」

「そうだな……」

 エヴリンとギルバートは揃って帝室の者達が咲かせる光の花と闇の花に見惚れていた。


 城の前に集まった者達は皆光の花と闇の花を手に取り大聖堂へ向かう。

 エヴリンとギルバートも他の者達と同じように、光の花と闇の花を手に取った。

 神秘的で柔らかな光がエヴリンとギルバートの手の中にあふれる。

 二人はその花を大切そうに持ち、大聖堂へと向かった。






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 ソルセルリウム帝国の大聖堂は帝都ソルシエの中心部にある。

 厳かな造りでいかにも神聖な場所と言うかのような建物である。

(美しいだけではなく……心が引き締まる感じね)

 エヴリンは大聖堂の中を歩きながら、表情を引き締めて背筋をピンと伸ばした。


 光の女神ポースと闇の神スコタディの像の前までやって来た。

 神々しく厳かな二つの像。

 エヴリンとギルバートは思わずその像に見惚れていた。

 エヴリンとギルバートは光の花と闇の花を像の前に捧げ、胸の前で指を組みそっと目を閉じる。

(光の女神ポース様、闇の神スコタディ様……今すぐにとはいかなくとも……いずれ西マギーアと東マギーアが敵対しなくなって……ギルバート様との未来を描くことが出来ますように……)

 エヴリンはそう願った。


(ギルバート様は何を願っているのかしら?)

 自身が祈り終えると、エヴリンはチラリと横目でギルバートを見る。

 ギルバートはまだ祈っていた。

 とても真剣そうである。

 エヴリンはギルバートが祈りを終えるまで待っていた。






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 ソルセルリウム帝国帝都ソルシエにある大聖堂は、かなり広く自由に見学も可能である。

 光の女神ポースと闇の神スコタディを祀っており、どこもかしこも神秘的で荘厳な造りなのだ。

 

 光の花と闇の花を捧げた後、エヴリンとギルバートは大聖堂の中を共に歩いていた。

「ギルバート様、随分長い時間祈っていたわね」

 エヴリンはチラリとギルバートに視線を向ける。

「やっぱり世界平和を祈っていたのかしら?」

 以前ギルバートから聞いたことを思い出し、エヴリンはクスッと笑う。

「まあそんな感じだ」

 ギルバートはエヴリンをらチラリと見てフッと笑った。


 二人は丁度大聖堂の大きなステンドグラスの前に差し掛かった。

 美しく荘厳なステンドグラス。特殊な造りをしているようで、外の星の光を浴びて輝いている。

「素敵ね。まるで心が洗われるようだわ」

 エヴリンはステンドグラスの光を見て、うっとりとしていた。

「そうだな」

 ギルバートも穏やかな表情だ。

 二人は黙ってステンドグラスを眺めている。


「そうだ、エヴリン嬢に渡したいものがあるんだ」

「え? 何かしら?」

 エヴリンはふふっと微笑み、ステンドグラスからギルバートに視線を移す。

 ギルバートは懐から丁寧にラッピングされた小箱を出す。

「これを君に」

「……ありがとう」

 そっと差し出された箱をエヴリンは受け取った。

「開けてみて良いかしら?」

 エヴリンがそう聞いてみると、ギルバートはゆっくりと頷く。

 そっと丁寧に箱を開けるエヴリン。

「これって……!」

 エヴリンは箱の中身を見て目を大きく見開いた。

 

 箱の中にはルビーが埋め込まれたラナンキュラスの髪飾りが入っていた。

 以前エヴリンが街のアクセサリーショップで買うことを諦めたものだった。


「君が今着けているネックレスを買った時、その髪飾りも名残惜しそうに見ていたから。……もしかして、迷惑だっただろうか?」

「そんな、迷惑なんかじゃないわ。とても嬉しい。この髪飾りもネックレスと同じ位欲しいと思っていたの。ありがとう、ギルバート様」

 エヴリンは満面の笑みだった。

 欲しいと思っていたものを意中の相手からプレゼントされて、嬉しくないわけがない。

「エヴリン嬢が喜んでくれて良かった」

 ギルバートはホッと肩を撫で下ろす。

 エヴリンはしばらく髪飾りを嬉しそうに眺めていた。


「エヴリン嬢は……こんな言い伝えを知っているだろうか?」

 落ち着いた頃、穏やかに話し始めるギルバート。

 エヴリンは黙ってギルバートの方を向く。

「ソルシエ魔法祭最終日、この大聖堂にある光の女神ポース様と闇の神スコタディ様の像。その像に、光の花と闇の花を捧げる。……もし男女が花を捧げに行った場合、結ばれるという言い伝えだ」

 ギルバートは優しげに、それでいて真剣な眼差しをエヴリンに向ける。

 エヴリンはドキッとした。

「……ええ。学園の友人達から聞いたことがあるわ」

「そうだったか」

 そこでギルバートは黙り込む。

 

 沈黙が二人の間に流れる。

 外からは、ソルシエ魔法祭終盤ならではの盛り上がりを見せており、大聖堂の中まで賑やかな声が聞こえて来る。

 美しく荘厳なステンドグラスは星の光により、神秘的に輝いていた。

 その光はエヴリンとギルバートを照らしている。


「俺は……その言い伝えがあったから、エヴリン嬢を誘ったんだ」

 ギルバートの真紅の目は、真っ直ぐエヴリンに向けられている。

「え……!?」

 心臓は大きく跳ね、エヴリンは目を見開いた。

(それは……わたくしの都合の良い意味に受け取っても良いのかしら?)

 期待と不安がエヴリンの胸を占める。

「ギルバート様……それは……」

 エヴリンはそこで口籠る。

 喉が渇き、声が掠れてしまう。

「その、それは……わたくしと……その……結ばれたいと思っているということなの?」

 エヴリンは真っ直ぐギルバートを見つめる。

 そうであって欲しいという願いを込めながら。

「ああ、そうだ」

 ギルバートはしっかりと頷いた。

「エヴリン嬢、俺は君が好きだ」

 ギルバートからの真っ直ぐな言葉である。

「学園の魔獣観察の授業を通して君を知り、話をしていくうちにだんだん好きになっていたんだ。授業中のフィールドワークでドラゴン型魔獣に攻撃されて他の生徒達と逸れた時、懸命に自分に出来ることをしようとしていた姿も、東マギーアを理解しようとしてくれた姿も、全部」

「ギルバート様……」

 エヴリンの青い目からは、涙がこぼれ落ちる。

 それは悲しみの涙ではなく、嬉し涙である。

「嬉しいわ。……わたくしも、ギルバート様が好き。その、最初は東マギーアの方だから、警戒していたけれど、貴方のことを知って、貴方の優しさに触れて、段々好きになっていたわ」

「エヴリン嬢……!」

 ギルバートは真紅の目を輝かせながら見開く。まるでルビーのようである。

「想いが通じ合うなんて、俺は嬉しい」

 ギルバートはエヴリンの手を握る。

「エヴリン嬢は西マギーア。俺は東マギーア。敵対している国同士の人間だ。俺達の将来は……そう簡単なものではない。世界を変えることは難しい。だけど、少しずつでも良いから二つの国の関係が改善して、一緒にいることが出来るようにしていきたい」

 力強く、頼もしい表情のギルバートである。

「ええ。わたくしも、諦めたくないわ。出来ることをやっていきましょう。ギルバート様となら、出来る気がするわ」

 エヴリンも力強く微笑んだ。


 ステンドグラスから入る光は、二人の手を、色違いのブレスレットを照らしていた。

 光を受けた二つのブレスレットは、キラキラと輝いていた。

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