♦とある少年少女の旅行記

「俺は、その王に憧れて冒険者になったんだ」


「そうだったんですね。知らなかったです」


王統暦113年。あの厄災から一世紀近くが経過した現在、徐々に世界は平和の色を取り戻しはじめている。


そんな世界を、俺はとある少女と共に旅をしている。


「私たちが出会ってから、グレイくん、一度もその話をしてくれなかったから。聞けて嬉しいです」


少女は肩ほどまで伸びた青色の髪をゆらりとなびかせ、かわいらしく笑ってくれる。

彼女の名前はミヤ。俺の旅の仲間で……恋人である。


田舎の村で農家の家に生まれ育った俺は、絵本で読んだその王の存在に憧れて、駆け出しの冒険者を目指した。家族は「グレイが望むのなら」と快く送り出してくれた。


冒険者である俺の兄、エルナトも最初は反対だったが最終的には首を縦に振ってくれた。


俺に剣の基礎を教えてくれたのは兄である。だから俺は強くなって、兄の隣で共に戦えるようになりたい。今ではそんな目標もあって、こうして旅をしながら修行をしているのだ。


そして、その旅の途中で出会ったのがミアだった。

巨大な狼の魔物に襲われていたミアを間一髪で救ったのが俺たちの最初の出会い。


話を聞けば、どうやら彼女はパーティーメンバーに戦力外通告を受けて囮として捨て置かれたらしい。

ちょうど後方支援役の人材が欲しかったところだったので、俺は快く彼女を迎え入れた。


そして旅を共にし、互いに惹かれあって恋仲になり、今に至るというわけだ。


「風……強くなってきました、ね」


靡く髪を抑えながら、ミヤは空を見上げる。


見ると、空は暗い灰色の雲に覆いつくされていた。

辺りは岩山で、ちょうど雨宿りできそうな横穴もちらほら見受けられる。


「嵐がきそうだな……いったん、雨風をしのげる場所に行こう」


俺がそう言って横穴の方を指さす。

ミアは頷き、穴に向かって歩き始めた。


穴に入るとすぐにミアは魔法を唱え、明かりとして火球を出現させて先導してくれる。

中は外よりひんやりとしていて、じめじめしていた。足音が穴の中に反響し、奥の暗闇に溶けていく。


「この洞窟、思ったよりも長そうです」


「だな。まあ、そんなに奥に行かなくても雨がしのげるなら大丈夫だよ」


俺はそう言って、簡易的な焚火を用意して暖を取れる環境を整えた。


「ちょっと早いですけど、お昼ごはんにします?お肉と野菜があるので、温かいスープでもどうですか」


ミアは赤ん坊サイズの袋を取り出し、その中から材料を取り出した。

この袋は魔道具と言われるものの1つで、見た目以上により多くのアイテムを収納できるようになっているのだ。旅人にとっては必需品と言ってもほどの魔道具である。


「うん、いいね。俺も手伝うよ。肉、貸して」


「はい。どうぞ」


俺は背中につけている剣を地面において、腰につけているナイフを抜く。

そしてすっかり慣れた手つきで、肉を一口サイズの立方体に捌いていった。


その様子を見たミアは、ふっと笑みをこぼす。


「ふふ。グレイくん、もうすっかり板につきましたね」


「まあ、そりゃあ……ミアと旅をするようになってから、料理をする機会が増えたから」


「初めの頃、包丁を使わせたら、これでもかっていうくらい自分の手を切っちゃってました、ね?」


「うぐ……。しょうがないだろ、ミアと出会うまでは、肉とかそのまま素焼きにして食べることしかしてなかったんだから」


「剣の扱いはうまいのに……包丁は全然でしたね?」


「言ってくれるじゃないか、こんにゃろ」


からかうミアに、俺は拳で頭をこねくり回すことで仕返しする。

もちろん手加減はしているので痛いとは思わないはずだが、ミアはわざとらしく「い、いたいですよおグレイくん~」と文句を言った。


そんな感じで多少なりともいちゃいちゃしながらっスープを作ること約10分。


完成したころには、外は大荒れの天気に見舞われていた。


「これは……当分天気が荒れそうだな」


「そうですね……。ここから次の街までは、どのくらいでしたっけ?」


「歩いて半日ってところかな。だから、焦らなくても大丈夫だよ」


俺はそう言って、出来立てのスープを啜る。しっかりと味の染みた肉に、あたたかく少し塩気のきいたスープがお腹を満たしてくれる。

ミアもおいしそうに昼ご飯を食べている。

そうして俺が一足先にご飯を食べきったところで、なにかがこちらを見つめている気配を感じ取った。


俺は反射的に剣を取り、構える。低い姿勢で、視線を感じた方向にじっと目を向ける。

ミアも俺の行動を見て、慌てて臨戦態勢に入った。


「魔物……でしょうか」


「わからない。でも、敵意はある」


ごくりと生唾を飲み込み、足で焚火の枝を蹴り払って火を消した。

焦げた木の匂いが、つんと鼻をつく。


瞬間。


闇の中から、矢が飛んできた。


俺は剣を中段で構え、矢を払いのける。

剣身に緑色の液体が付いたのを見て、俺はそれがただの矢ではなく、毒矢であることを理解する。


「ミア、明かりを奥に!」


「はいっ!」


ミアは俺の指示に従い、光魔法を発射する。

そして続くように俺は駆け出した。


「思った通り……屍兵スケルトンだ」


ミアの光魔法によって照らされた洞窟の奥には、弓をこちらに構える屍兵が3体ほど。


「ふっ!」


剣を横に薙ぎ、3体同時に斬り伏せる。

屍兵たちは骨音を立てて崩れ落ち、黒い粒子となって消えていった。


「グレイくん……! けがは、ないですか?」


ミアが俺のもとへ駆け寄ってくる。


「大丈夫、ただの屍兵だから」


そう言って、俺は洞窟の入り口に目を向ける。

屍兵が入り口をふさぐように、わらわらと侵入してきていた。

先ほど俺たちがいたところすでに屍兵で見えなくなっていた。


「い、入口が塞がれてしまいました……!」


「なるほど。どうやらここはただの洞窟ではなく、屍兵の住処だったみたいだ」


奴らは暗い場所を好む習性がある。ここは確かに住処にしやすい場所だろう。


「ミアは俺の後ろに。支援魔法をお願い」


「わかりました。……身体強化フィジカルグロウ!」


自身にバフが付与されたのを確認すると、俺は剣を低く構える。

見たところ、先ほどのように弓矢持ちの屍兵はいない。短剣や長剣、斧を武器とする個体ばかりなので、飛び道具を警戒する必要はあまりないはず。


まずは、足を狙う。


俺は地を蹴って、屍兵と一気に間合いを詰めた。

剣閃が走り、足を失った屍兵たちがバランスを崩す。俺はすかさず、その隙に連続で斬り込んでいく。


入り口を埋め尽くしていた屍兵があっという間に数を減らしていく。数はあっても、やはり弱い部類のモンスターなため突破するのは容易なようだ。


ミアも氷柱を作り出し、援護射撃を行う。数多の氷柱が屍兵の骨を貫き粉砕する。彼女の援護のおかげで、屍兵も残り数体となった。


「よし、このまま──」


俺は剣に魔力を纏わせる。バチバチ、と空気中に火花が走った。


その時、足に重い衝撃が響く。


「なっ……」


矢だ。足に、矢が刺さっていた。


殺しきれなかった屍兵の腕が、毒が塗られた矢を俺の足に突き立てたのだ。

しまった、と思った時にはすでに、俺は地面に倒れ込んでいた。


「よりによって麻痺毒か……!」


足が思うように動かない。床に転がる頭だけとなった屍兵が、気味悪く骨を鳴らし俺を嘲笑った。

屍兵はどこかしらに傷を与えて形が崩れさえすれば消滅するはず。それなのに、どうしてこの屍兵は生きているのか?


そう思うのもつかの間、その屍兵を中心として魔法陣が展開された。


「っ!?」


嫌な予感がする。


「転移魔法……!? グレイさんっ!」


ミアが血相を変えて、こちらに駆け寄ってくる


「こっちに来ちゃだめだ、ミア!」


俺は倒れたまま叫ぶもミアは止まらない。

俺の制止を無視して、こちらへ来ようとしている。


紫色の光が徐々に強くなり、そしてミアが俺の手を掴んだところで周囲は紫色の光に包まれた。

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