第7話 「グミちゃんに似てる」
グミの後ろを瘴気を纏った小魚型の怪異が追いかける。群れとなったそれは、一匹の巨大な魚のようにも見えた。
「なにあれ!? なんかいっぱいいるんだけど!」
「あンのクソ雑魚、怪異の巣引っかけやがったな」
ここは異界、怪異が棲まう場所。
異界の主であるクジラのみならず、それに連なる配下の怪異たちもいたとて不思議ではない。グミはその怪異たちが集う一団に当たったのだろう。
「Mi! Mi! Mi〜!」
逃げてきたグミを影で捉え、振り向きもせず放り投げる。後方で「グミちゃん!」と紫苑が受け止めたのがわかった。
──カンッ!
一歩踏み出し下駄を打ち鳴らす。影がぐっと伸び、クロたちの前面に展開すると、通路全てが影で塞がった。
小魚型の怪異は一心不乱にグミを追いかける。そこに障壁となる影があろうとも。愚直なまでにただひたすら突っ込んでくる。
「「「GuGuuuuuuu!」」」
「威勢だけはいいじゃねェか!」
勢いよく突進する怪異たちは、そのまま影にぶち当たりめり込んだ。後から後から絶え間なくやってくる怪異が積み重なり、ドドドと激しい衝突音を響かせながら影の前に倒れていく。
しばらくそれが続いたあと音が止んだ。通路を塞いでいた影がしゅるしゅると戻っていく。
「お、おわったの……?」
「Mimi……?」
クロの後ろからグミを抱きしめた紫苑がそーっと顔を覗かせる。
「こりゃまたすげェ数だな」
地面には夥しい数の怪異たちが折り重なって倒れていた。クロはその場にしゃがみ込むと怪異を一体摘みあげる。紫苑が小さく「ヒッ」と息を呑んだ。
「ほ、骨……?」
瘴気が剥がれた怪異は、人間の手の骨の形をしていた。
無数の手の骨となった怪異たちが、陸に打ちあげられた魚のようにビチビチと跳ねている。
クロはおもむろに口を開けると、手の中でいまだ跳ねている怪異を一呑みした。紫苑は思わず、腕に抱いたグミをぎゅっと抱きしめる。
「ひえっ! あ、アンタ、それ……たべ……!?」
「あ? このままにしておくとまた追っかけてくるだろ。だがまあ、この数はさすがになァ」
目前の怪異を討伐したところで、境界を壊さなければ怪異はまた生まれてくる。だが、クロが怪異を呑んでしまえば、そのかぎりではない。境界を壊さずとも怪異を消滅させる──怪異を呑む怪異、怪異の王、その所以。
クロは立ち上がると懐に手をやった。そこにあるものを探して──空をかいたところで気づく。
「そういやァ、ドスはクソジジイに預けたンだったか」
もう自分には必要のないものだと思い、手放したことを思い出す。こうもすぐに使う必要が出てくるとは思わなかった。いや、その判断を即座にくだしてしまえる自分がいるとは思わなかったというべきか。
紫苑を見ると、跳ねている骨をこわごわと伺っていた。クロはざんばら頭をかきながら「しかたがねェ」と顔を上向ける。大口を開けると、その中に自身の腕を突っ込んだ。
クロのその行動に、紫苑はぎょっとして目を見開く。
「っ!? 【クロ、ステイ!】」
「がっ!?」
唐突な命令が飛んできて、喉奥に手を突っ込んだままの状態で静止させられる。しばらくして硬直が解けたタイミングで、腕をずるりと引きずり出した。クロは咳き込みながら紫苑を睨みつける。
「……かはっ! ……テメェ、いきなりなにしやがるッ!」
「そ、それはこっちの台詞よ! アンタいきなりなにしてんの!? びっくりするじゃない!」
「あ? ただ分体取り出してただけだろ、ほら」
クロは手に持った黒い物体を紫苑に見せつける。それはクロが操る影によく似ていた。
「分体……?」
「分体も知らねェのか? 怪異から切り離された一部分だ、そっちに転がってンのも分体だろうな」
言って、黒い物体──クロの分体を骨の山と化した怪異たちに投げつける。すると分体はみるみるうちに骨を呑み込んでいった。
「こいつはオレサマと同等の能力を持ってる。怪異を呑むっていうオレサマの力をな」
あれだけいた怪異たちは、分体によってすっかりなくなってしまっていた。紫苑は、骨を呑み込み満足気にぷるぷると揺れている分体に近づく。
「へぇ、外見はちょっとグミちゃんに似てるかも」
「Mi?」
グミが呼んだ? とばかりに身体を震わせる。紫苑はしゃがみ込むと、グミにいつもするように撫でようとしたのか、クロの分体に手を伸ばした。
クロの喉奥がひゅっと鳴る。
「それ以上近づくンじゃねェ!」
「きゃっ!」
影で紫苑の手を思いきり弾く。そのまま彼女の胴体に巻きついて、分体から遠ざけるよう自身に引き寄せた。
「言っただろ、そいつはオレサマの呑む力を持ってる。触れれば──呑まれるぞ」
「え? でも、怪異を呑むんでしょ? なら、人間のアタシは大丈夫なんじゃ……?」
紫苑は弾かれた手をさすりながら疑問を口にする。
クロは分体を掴むと呑み込み、自身に取り込んだ。分体は便利ではあるが、同行者がいる場合はそれだけ気を払わなければならない。
「つくづくおめでてェ頭してンなァ? ──怪異は人間の敵だ。オメェを害さない保障なんてどこにもねェんだよ」
クロの腹がぎゅるりと蠢いた。目覚めたときからずっと感じている気持ち悪さは、無視できないものになっていた。
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