怪異の王、500年後の世界でペットになる

蒼林 海斗

第1章 クジラの唄

第1話 空飛ぶバイク

 赤い鉄塔を登ると荒れ果てた大地がよく見えた。


「結局、残ったのはこいつだけか」


 錆が浮いた柱に手をついて青年は呟く。

 彼の紅い瞳に映るのは、様変わりした故郷。そこに、かつて百万都市といわれ栄華を誇った姿はなく。生命が死に絶えた静けさが支配していた。


 カンッ、カンッと、青年の下駄が冷えた音を響かせる。


「クソジジイー、いねェのかー?」


 鉄骨を歩きながら思い返すのは、眠りにつく前のこと。

 自身の目付け役だった彼はあの日も傍にいた。いつもガミガミと口うるさいくせに、そのときだけは粛然とした雰囲気を漂わせ、じっとこちらを見ていたのだったか。


 青年の腹がぎゅるりと蠢く。


「あー……」


 着物の懐から手を入れて、腹を撫でさすった。どうやら寝る前に呑んだものは、いまだ消化できていないらしい。

 青年はもう片方の手で、ざんばら頭を掻きながらため息を吐いた。


「一眠りすれば楽になるかと思ってたんだがなァ」


 鉄塔を一巡りし、最初の位置に戻った。

 わかったのは青年以外、ひと一人いないということ。


「オレを起こしたのがジジイじゃねェってェことはだ──」


 カンッと、下駄を打ち鳴らす。

 すると、青年の黒い影が波紋を打つように揺らめいた。それは次第に四方へ伸び、黒泡を破裂させながらぶくぶくと膨らんでいく。やがて膨らみきると、引っ張られるように下へと垂れ下がった。


 青年は鉄骨からドロドロと零れ落ちる影を鋭い目で見つめた。


「やっぱなんか下にイやがるな。ジジイならこんな回りくどいことしやがらねェし──」


 鉄骨の縁に足をかける。

 地上数百メートル。常人なら怖ろしさに震える高さであろうとも、青年には関係ない。


「オレサマの安眠妨害した奴さっさとブチ転がしてしめェだ!」


 青年は高らかに宣言しながら鉄骨から飛び降りる。


 だがしかし、想定外のトラブルというものは往々にして起こるもので。

 青年にとっては、人間は完全にいないと思い込んでいたことである。


「…………ゃぁあああああ!」

「あ?」


 どこからかきこえてくる悲鳴のような声。

 声の出所を探し目線を向ければ、青年の視界に空飛ぶバイクが入った。


 それが真っ直ぐ青年の方に向かって来ると気づく一寸の間、バイクに必死の形相でしがみつく少女と視線が交わった直後。


 落下する青年と直進するバイクは衝突し、勢いそのままに赤鉄塔へ突き刺さる。


 激しい衝撃音。


 古びた鉄が軋み、悲鳴をあげ。


 そして。


 何百年と建ち続けた赤鉄塔は、轟音とともに崩れ落ちたのだった。










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