肩の上のおっさん(KAC20253)
小椋夏己
こんにちはおっさん
映画や漫画やその他色々なシーンに登場する妖精というと、かわいらしい女の子やきれいな女性の背中に透き通る羽根が生えている、そういうイメージがあるが、社会人2年目の内藤美月の1Kのアパートにやってきた妖精は、全くそんな姿をしてはいなかった。
「そんじゃ、今日からちっとの間世話になるわ」
自称妖精だというその人物と言っていいのかどうかは分からないが、とりあえず人の形をしてるらしいその人は、やや小太り、おでこが少し生え上がり、頭からかぶるタイプの茶色のポロシャツを着て、ポロシャツよりちょっと濃い目のスラックスに黒い靴下を履いていた。
「おっさん」
見たままそのままの印象が美月の口から出たのがその言葉だ。
「しっつれいだなあ、おめえよ、どこからどう見ても妖精だろうが、あ?」
そう言われてもどこにも妖精要素は見当たらないと言いたいところだが、たった一つだけ妖精かなと思う特徴があった。
「サイズが手乗り」
そう、どう見てもおっさんとしか見えない自称妖精はものすごく小さかった。
「まあそういやそうかな。どうだ、信じたか?」
言われて美月は言葉に
確かに妖精サイズだがおっさん、おっさんだが妖精サイズ。
「うーん……」
美月が心の中を素直に口に出したらそうなった。
「ま、いいや。最近のやつは昔と違ってそんなもんだって聞いてるしな。妖精の類のものを信じねえって。まああれだ、とりあえず妖精だ」
「う、うーん……」
やっぱりそれ以外言いようがなかったが、やっと美月も言いたいことが思い浮かんだ。
「あの、どうしてうちに来たの?」
「お、やっといいこと聞いてくれたな」
おっさん、いや妖精の言うことには、
「修行だ」
とのことだった。
つらつらと事情を説明してくれたことをまとめると、
「担当の人間の望みを叶えてやるために来た、それが終わらないと帰れない」
ということらしい。
では望みとやらを聞いてもらえば帰ってもらえるわけだ。一体何をしてもらおうと考えて、美月はある物が目に入った。
「とりあえず望みを言えばいいんですね」
「おうよ、そういうこった」
「それじゃあ今日の晩ご飯の後片付けしてもらえますか」
「は?」
「いつもは食べ終わったらすぐに洗っておくんだけど、今日はそうやっておっさ、じゃなくて妖精さんが来たからまだ洗ってないんです」
「ああ、なるほど」
おっさんは美月が夕食を食べ終わった途端、食卓兼パソコンデスクにしている座卓の上に突然現れたのだ。
「だから、それ洗ってもらいたいのが望みかな。そうそうフライパンと冷凍してたご飯入れてた容器も洗っておいてください。拭き上げて片付けてくれたらなおいいです」
よし、これで望みは言ったし後片付けもしてもらえるし一石二鳥だ。美月はとってもいいことを思いついたと思った。
だが、
「おめえよ、妖精なめてんの?」
おっさんは納得してない様子だ。
「だめですか、お皿洗ってっていうのは」
「あたりめえだろうが」
「そうなんですね」
「そうなんですもねえもんだよ、大体聞いたことがあるか、そんなちゃちい願い事って。古今東西色んな昔話やおとぎ話があるけどよ、恩返しにやってきた鶴が皿洗って帰るか? 傘貸してやった地蔵だってそうだよ、そんな話聞いたことねえよな? 聞いてる子どもだって納得しねえってもんだ、そんなおとぎ話」
言われてみればそうだなと思いながらも、美月は心の底からがっかりしてしまった。
洗い物ってすぐにやっておかないと、後でやるのはめんどくさくなるのだ。それにお茶碗だってカピカピになるし、今夜のおかず生姜焼きは油っぽいのでお皿で豚肉の脂が固まってしまう。洗い物が遅くなった原因はこのおっさんなんだから、そのぐらいのことしてくれてもいいのに。
「そうですか、してもらえないんですね、分かりました」
「いやいや、おめえ、やらないとは言ってないだろうが。と、よっと……」
とおっさんは座卓から飛び降りるとうーんと一つ伸びをした。
みるみるおっさんが大きくなって普通のどこにでもいるおっさんのサイズになる。もしもこの姿で登場されていたら、美月も迷うことなく警察に通報したものを。
「そんじゃ洗うか」
おっさんは座卓の上に置いてあった食器をまとめて流し台に移動すると、ポロシャツの袖をまくりあげ、お皿洗いに取りかかる。きちんと給湯器のスイッチをオンにして、お湯を出してあっという間にきれいに洗ってしまった。
「お皿洗い上手なんですね」
「ああん? こんなもんおめえ、誰がやってもそう変わらねえだろうが」
「いえいえ、そんなことないですよ。私の友達のみかりんなんて、フライパン洗ってからそのスポンジでお皿洗ったりしますからね。そういうのは油汚れがないものから洗っていかないと」
「そのみかりんってのが家事ができねえだけだろうが」
おっさんは美月と話しながらあっという間に食器やフライパンをきれいに拭いて、
「ま、こんなもんですか」
と給湯器のスイッチをオフにしたので、美月は思わず拍手をした。
そうしてなし崩しにおっさんとの共同生活がスタートすることになった。
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