禁足地指定区域 S中学校の屋上


 私、夜雲ヤクモ志郎シロウは自称・霊能者だ。

 禁足地調査を生業としている。


 そう自己紹介すれば、胡散臭い男だと思われるだろう。


 それくらいでちょうどいい。

 何せ、怪異など不確かなものだ。それに関わる私も、不確かで信用に足らない生き物だと自覚している。


 例によって、今回の依頼人にも怪訝な目を向けられた。もあるかもしれないが。


 構わない。

 マイナスからゼロを目指した方がお互い気楽に付き合えるだろう。


 その方が縁も切れやすい。

 どうせこの依頼人ともこれっきりなのだ。

 禁足地にしろ、それに足を踏み入れる霊能者にしろ、関わらない方が身のためというやつだ。


 気を取り直して、私は依頼人の——校長——に詳細を伺った。

 屋上から飛び降りがあったらしい。

 痛ましいことだ。


 問題はこれがだという事。一つの場所で不幸が続くのは良くない。偶然にしろ、必然にしろ、不幸が続けばそういう物との悪縁ができてしまう。


 校長の案内で昇降口付近の階段から四階に上がると、屋上に続く階段が見えた。階段は隙間なく積み重ねられた学生机で封鎖されており、絶対に忍び込ませないという強い意志を感じた。

 二度目の不幸があった後、このように封鎖することにしたらしい。


 許可を取り、最小限の机をどかして階段を登った。

 屋上の入り口には当然鍵が掛かっていた。

 ふと、違和感を覚えて戸の表面を指でなぞる。窓ガラスが付いているタイプの引き戸のようだが、その窓にはガムテープが貼られて外が見えないようになっていた。


 まるで何かを隠しているように思えた私は、許可を取ってガムテープの端を剥がし、屋上の様子を窺った。


 生徒がいた。


 いや、生徒だった『何か』だ。

 制服と髪型からして、おそらくは女子生徒だったのだろう。フェンスの向こう側に立つ後ろ姿は酷く歪だった。

 ふと、女子生徒の体が投げ出され……。

 ——ドン 

 と、衝撃音と水が爆ぜたような音が耳に響いた。


 私はガムテープを元に戻すと、校長に向き直る。彼は下を向いたまま黙り込んでいる。青い顔をして、額には汗を掻いているようだ。


「見えました? それとも、聞こえました?」

 私が問うと、彼は「知っていました」と呟くように言った。


 よくある事だ。

 霊能者を騙る詐欺師に付け込まれないように、彼は敢えて情報を伏せていたのだ。


 そういう時は、取り乱さず毅然とした態度で接してやればいい。慣れを感じさせれば、自然と依頼人は心を開く。


 屋上を再び封鎖し、校長室へ戻る。

 冷静さを取り戻した校長は、一冊の手帳を私に手渡した。半年前に屋上から飛び降りた人物の遺品だそうだ。騒動が終わった後に発見され、内容が内容なだけに遺族に見せて良いか分からず、今まで学校で保管していたとのことだ。


 それから、隠されていた情報をもう一つ明かしてくれた。

 屋上のお祓いは、既に済ませていたそうだ。

 だがそのお祓いをした霊能者が、数日前に他校の屋上から飛び降りたらしい。


 それに加えて、先日校内で集団ヒステリーが発生した。

 七人の生徒達が、昼休みに屋上へ続く階段のバリケードを壊そうとしていたそうだ。理由を聞けば「呼ばれたんです」とだけ答え、黙々と学生机をどかし続ける生徒達は恐怖だったと校長は震えていた。

 現在はその生徒達も正気を取り戻しているらしく、一安心だ。



 ——さて、考察を始めよう。


 二件の自殺と集団ヒステリーに屋上の『あれ』が絡んでいるとすれば不自然な点が二つある。


 一つ目。屋上の『あれ』が最初に自殺した生徒の霊だったとして、二人目の自殺と霊能者の自殺が『霊に呼ばれたから』だとすれば、なぜ霊能者は『あれ』がいるS中学校ではなく、他校の屋上を選んだのか。


 校長から霊能者の名前を聞き出した私は、仲間に連絡して霊能者の経歴を調べてもらうことにした。


 二つ目、ヒステリーの原因は何か。生徒達はなぜ助かったのか。

 生徒達を呼んだのが『あれ』だとすれば、生徒達は何か呼ばれるきっかけを作ってしまったんだろう。助かったのは、校長達に止められて屋上に立ち入らなかったからだろうか。

 もしかすると、私も何かの『きっかけ』で屋上の『あれ』と縁を作ってしまっても、屋上にさえ立ち入らなければ死は免れるかもしれない。


 しかしこれは、屋上に侵入しなくても『あれ』は何かしらの方法で生徒を呼ぶ手段を持っているということなる。その手段を調べて断たなければ、屋上を完全に封鎖することはできず、また悲劇が起きるかもしれない。


 手掛かりを求め、私は遺品の手帳に目を通した。

 手帳に記載されていたのは、『七不思議の独自解釈』だった。しかし、読めたのは最初のページだけで後は塗り潰されてしまっていた。


 七不思議の歪んだ解釈と七人の生徒。全くの無関係とは思えない。

 ヒステリーを起こした生徒達に事情聴取する許可を求めると、騒ぎが広がるのを恐れた校長は良い顔をしなかったが、被害が広がる可能性を指摘すれば渋々頷いてくれた。


 不可思議な事象が七不思議により引き起こされたものなら、七つ揃えていく内に何かしらの異変が起こるだろう。


 それが、『あれ』の正体と、屋上が禁足地に変わった理由に繋がっていくはずだ。

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