第6話 長く、永い一日

9月20日金曜日の締切日を迎えた。先日有給休暇を取ったおかげでマンガの

方は、9月15日の日曜日に完成した。本当はその日に印刷したものを先輩にメール便で送る予定だったが時間が遅かったので翌日の月曜日に宅配便で送った。逆に

その方が確実に翌日に届くし、当初予定のスケジュール通りだったので気分よく

締切の朝を迎えた。先輩からは発送した内容を送ったLINEの後に、

『送ってくれてありがとう。確認したら連絡します。』との返信が来たままだった。届いているか不安だったので念の為、宅配便の追跡サービスで確認したら配達完了となっていたので安心した。データは私がもってるので最悪連絡が取れ無くても自分で応募概要にアップロードすれば完了だ。仮に手直しの連絡があってもすぐ済むので問題はない、ハズだったあの電話があるまでは。。。


 いつもの時間にアパートを出たら空が黒に近いグレーで今にも雨が降りそうだった。折り畳み傘はカバンに常備しているのでそのまま家を出た。するとすぐに携帯がなった。所長からだった。


「おはよう高橋くん、ちょっと急で申し訳ないんだがこのまま東京に行ってくれないか。」


「どうしたんですか?何かトラブルでも。」


「札幌事務所のクライアントからクレームがあったんだが、そこは全国チェーンの

会社だったんで本社まで飛び火したようだ。うちの現場担当者から説明して欲しいとの要求があって先程連絡があった。デザイナーを行かせる余裕はないから

申し訳ないが代わりに行ってくれ。飛行機の予約番号とクレームの詳細は後でメールする。内容自体は大したことがないからいつものクレーム処理で大丈夫だ。

それとうちの本社の営業部長の横山さんが同行してくれるから安心だろ。

じゃ頼むよ。」と電話が切られた。


私はえーっと思ったがとりあえず札幌駅に向かった。


札幌駅からJRで新千歳空港へ向かった。運よく快速エアポートに乗れたので

9時40分頃に空港に到着できそうなので、会社で予約してくれた新千歳10時30分発羽田行きには間に合いそうなので少しほっとした。メールの中身を読んでいくと、クレーム内容はうちのデザイナーが居酒屋チェーンのウェブサイト表記で飲み放題メニューの金額が間違えて入力したことだった。この居酒屋チェーンは各店舗毎に違っていて今回間違っていた西8丁目店は本来は飲み放題980円で生ビール込みだと1280円の設定だが生ビール込みで表記してしまったようだ。また運悪く大通公園挟んで向かいの路地に西6丁目店があり、そちらは生ビール込みで980円でやっていたので単純な勘違いが原因だ。ただ、完了したら必ずクライアントに最終稿を

必ず確認してもらっているはずなのになあと考えながら何かこの金額設定覚えがあるなあと思って店名を見ると『鳥民』だった。


やっぱりあそこか、先輩と打合せした店でまりなさんがバイトしている所だ!!その後続報のメールが届いた。この居酒屋チェーンは各エリアマネージャーが営業会議でそれぞれ実績報告するのだが、札幌のエリアマネージャーが少し前月比で悪かったので言い訳にこの件を使ったようだ。するとウェブサイト広告を担当している営業企画室から調査が入りうちの本社に連絡が入ったようだ。うちの本社もこの居酒屋

チェーンの関東エリアで然ウェブサイトの作成をしているので先方もクレームが出しやすかったようだ、でもわざわざ札幌から呼び寄せる程でも無いのになあと思いながら対策書を作成していた。


台風の影響で羽田空港への到着は15分程遅れたが京急空港線、東京メトロと乗り継ぎ、横山部長との待ち合わせ場所の茅場町駅に1時10分前に到着した。横山部長は何度か札幌事務所に出張で来られていたので顔見知りだった。白髪交じりの短髪で小柄、おそらく165cm位だけど明るく元気なタイプでまさしく営業部長という感じの方だ。改札口に向かう既に到着されていた横山部長がいらしゃった。


「高橋くん、わざわざ札幌から来てくれてありがとう。クレーム処理は得意だから任せてくれ。最初私がしゃべるので対策の所だけ説明してくれればいいよ。」と言ってくれた。


茅場町駅の2番出口を出ると雨も降っていたがそれ以上に風が強かった。折り畳み傘だとすぐ壊れそうなので傘を差さずに居酒屋チェーンの本社に向かった。出口から歩いて3分程だったのでそんなに濡れずに済んだ。受付に着くと横山部長がアポがある旨を告げ、少し待たされた後、2Fにあるパーテーションで区切られたミーティングスペースを横切って重厚な扉がある応接室に案内された。クレ-ムの件なのに良い部屋に案内されたなあと思いながら対策説明の準備をした。5分程度待たされた後

2名の方が入室された。一人は50代でおそらく横山部長と同じ位、もう一人30代後半でメガネをかけた七三分けした典型的な嫌味を言うキャラの方だった。

50代の方は営業企画室室長で大畑さん、七三メガネは課長で佐々木と名乗りながら名刺交換した。


予定通り、横山部長が主導で今回のクレームについての謝罪と原因・経緯について話された。本当は『最終稿確認されましたよね。』と主張したいが先方の仕様をこっちが間違えたのは事実なので落としどころはどうすのかなあと状況を見守った。すると七三メガネがネチネチと『売上が落ちたのは。。。』とか『仕様を間違えるなんて信じられない。。。。』と述べ始めた。すると大畑室長が資料を持ってくるように七三メガネに指示し、一旦退室した。


「お前んとこの会社セコイな。飲み放題なんか統一でいいよ。」


「横山さん、うちの会社は店長がある程度値段やメニューを決めれるシステムにして各店競争する仕組みになってるので仕方ないんですよ。それよりどこで折り合いつけますか。」


お客さんの方が横山さんに敬語つかってるのでびっくりした。どういう関係?


「大畑、そしたら次回更新時に制作費割引するわ。その代わり、静岡と新潟・長野エリアをうちでやらせてくれよ。」


「えー、今既に既存の業者いますからね。10%の値引きと静岡エリアのみで手をうってくださいよ。」


「うーん、わかった7%で手を打つわ。」


「厳しいなあ、わかりましたよ、今回はこちらも最終稿のチェックが甘かったのもあるのでこれで手をうちましょう。」


しばらくすると七三メガネが戻ってきて、今度は横山さんが敬語で先程決めた内容で打ち合わせを進めていった。私は予定通り、再発防止対策のみ説明し打合せは

スムーズに終わった。鳥民の二人見送られてエレベーターに乗った時、横山さんから


「室長大畑は高校のラグビー部の後輩なんだ。鳥民の仕事が始まったのはあいつが

営業企画室に配属されたことがきっかけなんだよ。」


「そうだったんですか、それですね。納得しました。」


「それより、高橋くん帰りの飛行機大丈夫か、今台風が来てるから確認した方がいいよ。」


「あっ、本当ですか、確認します。」


スマホ画面を見た瞬間、先輩からLINEが届いた。


『作品見たよ、最高!!修正点なし。応募お願いしやーす。』


一瞬血の気が引いた。今日が締め切り日だった。データはアパートにあるパソコンの中にあるということは、今日中に札幌に帰らないといけないことを意味した。

祈りながら航空会社のサイトを見ると午後の便が全て欠航になっていた。横山さんに今日どおしても札幌に帰らないといけない旨を伝え、何か帰れる方法が無いかを相談した。


「そうだなぁ、他の空港を経由する、、、でも羽田発がダメだから、うーん、新幹線はどう?まだ動いているかな。北海道まで繋がっただろ。」


「あっ、わかりました、ちょっと見てみます。」


北海道新幹線のことは自治体で散々PRしていたので知っていたが、札幌までつながるのが2030年末予定だったのでそこまで関心はなかった。まさか北海道新幹線に乗ることになるとはなあと思いながら検索すると、新幹線はまだ止まっていなかった。しかもヤフーの路線情報で調べると東京15時10分発に乗ると、新函館北斗駅から特急スーパー北斗に連結され札幌が23時30分着となっていた。『間に合う!!』しかも札幌駅から家まで10分もあれば着くのでパソコンから応募する時間も十分だ。横山さんにお礼を言ってその場からタクシーで東京駅へ向かった。その時の時刻は2時15分だった。


運よく座席を確保でき、一息ついた後先輩に出張で今日東京に行き、現在帰路についている旨をLINEで送った。するとすぐに先輩から電話がかかってきた。


「カノン、雨と風が激しくなっててJRが今全面ストップしてんねん。だから会社でJR使っている人は家に電話したりしてるわ。新幹線は動いてんのか。この台風は

日本海側から北上するルートやから新幹線は大丈夫なんやなあ。カノンはどうする?迎えに行こか函館まで。」


「先輩、本当ですか!迎えって車ですか?来ていただけると助かります。」


「もちろん、車や函館まで高速つかっても3時間半は掛かるからもう出なあかんわ、これから半休出してすぐ向かうな。」


ふと、私の中で先輩との車での昔の記憶よみがえった。


「先輩、ちなみに車って何乗ってるんですか?まさかカブトじゃないですよね。」


「ハハハ、いつの話や、今は子供もおるからホンダのストリームに乗ってんねん。

じゃあ一旦切るわ、着いたら連絡する。」


それを聞いてほっとした。先輩は大学時代フォルクスワーゲンタイプ1通称

ビートルに乗っていいた。子供の頃にチョロQのビートルが大好きで特に屋根にサーフボードが乗ってるタイプがお気に入でよく遊んでいたそうだ。その影響があり、

バイトでお金を貯めてようやく3年生の時に水色のビートルを買った。先輩は車のことを『カブト』と呼んでいた。私もよく乗せてもらい楽しい思い出だったが、一度冬に羊ケ丘の坂道で途中の信号でつかまり、青信号で発進しようとしたら、タイヤが空回りし徐々に後ろに下がっていき、何とか止まれたが先輩が何度も坂道発進を試みたが状況変わらず徐々に下がっていった。ほかの車がつっこんでくるんじゃないかと終始ハラハラドキドキしていた。幸いその時は夜半過ぎだったので車はほとんど走っていなかったのでぶつかることはなかった。私は車の15メートル後ろに立ち、坂道をバックで走行するのを誘導し同時に、他の車がぶつからないよう大きいジェスチャーで合図し平地まで下りてきてようやくピンチを脱出できた。先輩が札幌を離れる時も『カブト』に乗って郡山に向かったのでてっきりまだ乗っていると思った。先輩も家族持ちでお子さんがいるので利便性が良い車に乗り換えるのは理解できたが、少し寂しく思ったけど安心した。なぜなら、この『カブト』はあまりにも古い車だったので最高時速90km位しか出なかったからだ。多分今日のミッションには完全に不向きだなあと思いながら宇都宮を過ぎた辺りから疲れもあり、窓から流れてくる景色を観ていると自然と眠りについていた。


20時3分に予定通り新函館北斗駅到着した。既に先輩からは到着した旨を伝えるLINEが届いていた。北口の道路に白いホンダストリームで駐車して待機しているとのことだった。新函館北斗駅の北口に出たが、それらしい車はなく周りは田園風景があるのみで大きい建物も何もなかった。不安に思い先輩に電話した。


「先輩、北口ですよね。どこにいます?」


「ああ、お疲れ。北口の道路に駐車してるけど。着いたん?」


「ええ、ついて北口に今いるんですけど、白いホンダストリームが見当たらなくて。そこから何か見えます?」


もしかして反対の南口にいると思い聞いてみたら愕然としてしまった。


「ええと、函館朝市第一駐車場の看板が見えるわ。その駐車場の奥が海鮮関係飲食店が並んでるなあ。」


「せっ、先輩ひょっとして函館駅に行きましたか?」99%の確信の元聞いてみた。


「えっ、そうや函館駅や。」


「先輩、北海道新幹線は函館駅には行かずに新函館北斗駅っていう駅に停車するんです。うーん、簡単に言うと岐阜駅と岐阜羽島駅の関係と同じです。」


「なんやねん、岐阜って。大阪駅と新大阪駅の関係と同じってことか。つまり俺は違う駅にいるってことやねんな。」


「先輩、その通りです。今私は新函館北斗駅に居ますんのですぐこっちに来てください!」


その後先輩はナビで確認し、新函館北斗駅へは18kmと告げて電話を切った。

18kmというと時間で20~30分か、このタイムロスは痛いけど仕方がない。北海道に住んでいる人だったら、道庁がテレビやイベント・キャンペーン等で散々PRしていたし、もともと函館市と北斗市で駅名をどうするかが一時期話題になっていた。先輩は今年札幌に戻ってきたので知らないのは致し方なかった。まあ、高速で

挽回できる範囲だと前向きに考えながら、時間ができたので駅構内を探索することにした。すると1階のフロアに何と『北斗の拳』ケンシロウの銅像がそびえ立っており、明らかに『お前はもう死んでいる』のポージングをしていた。作者の

原哲夫先生の出身地かなあと思いスマホで検索すると、何と北斗市が北斗つながりでオファーしたようだった。近くに原哲夫先生のサインも飾られてあり、除幕式に参加されてようだ。こういうのが先輩のいう自治体とのタイアップかあと感心しつつ、

ダジャレってある意味最強だと思った。


15分後、意外に早く先輩は私をピックアップしくれた。挨拶もそそくさに、5号線経由で道央自動車道の大沼公園ICを目指した。大沼公園ICは道央自動車道の最南端のICで言わばスタート地点だ、その為渋滞はないと思っていたがそれよりも雨が強くなっていたので天候が心配だった。車中先輩に今回の出張のことを話した。


「今朝いきなり所長からクレーム対応の為東京にその足で行ってくれって電話があったんで急遽行くことになったんですよ。クライアントが大手外食産業の為、対応せざる得ずデザイナーを行かせるわけにいかないんで私が行くことになったのはいいですけど。。。


まさか台風で帰りの飛行機がキャンセルになるとは、、、、でもほんとに先輩助かりました。ありがとうございます。」


「いや、別に気にせんでもいいよ、俺も共同作家やから。でもどんなクレームやねん。」


「それが、ウェブサイトで飲み放題が980円で表記したですが対象の店舗は生ビール込みは1280円で違う店舗とデザイナーが勘違いしたみたいなんです。値段は店長の裁量で決めれるらしいんで店舗によって違うんですって。一応最終稿は見せてたんですけど、こちらが間違えたのは事実なんで。まあ仕方ないですね。」


「何やねん、そんな大したことないのにわざわざ東京まで呼んだんか?」


「そうなんですよね、先方の営業会議で売り上げが下がった言い訳にこの件を使ったみたいなんですが、ウェブサイト広告を担当している別の営業企画室だったのでそちらに矛先が向かったみたいで、結果社内にアピールする為呼んだとこもあるみたいですね。結局次回の制作費の割引することになりましたけど。ただ、うちの本社の営業部長が先方の企画室長の高校ラグビー部の先輩だったのでその後、静岡エリアが来期うちの会社が担当することになりました。流石でしたね。」


「その営業部長すごいなあ。ピンチをチャンスに変えたなあ。何かブレーンバスターからかわしてジャーマンスープレックスでフォールするみたいやなあ。まあわからんやろうから気にせんといて。そもそもクレームせこい設定は何やねん。飲み放題に

生ビール含むべきやろ。あれどこかで聞いた話やなあ。」


「覚えてます、クライアントは鳥民さんなんです。しかも、先輩と打合せした西8丁目店なんです。縁があるんですかねえ。」


その後、他愛もない話で盛り上がっていたが雨量が益々多くなり、ワイパーを最速で稼働させてフロントガラスからの視界を確保している状態だった。1時間程たって

長万部町辺りを過ぎた頃、高速道路の電光掲示板に『苫小牧ICより通行止め』表示されたのが目に入った。


「先輩、苫小牧で通行止めですって。このペースで11時40分着の予定だったのに、苫小牧から下道だと到底間に合わないですね。」


「手前で降りて、他のルートないか調べてくれるか。」


そう言われて、グーグルマップで探してみると。


「先輩、確かに洞爺湖の手前で国道230号を北上するルートだと、距離も50キロ程短いですね。時速60キロで走ればだいたい11時40分頃に着きますよ。」


「無理やろ、行けるかあ。そもそも山道で暗くて、雨がめっちゃ降ってるやん。その中で時速60キロでって。。。。カノンさん行きましょうか、イチかバチか。」


「先輩、そうですね選択の余地ないですもんね。行きましょう。イチかバチか!!

でも運転大丈夫ですか?走り屋のイメージないですけどね。」


「まかせろ、小さい頃『よろしくメカドック』むっちゃ読んでたから大丈夫や。。。わからんかったらええわ。」


虻田洞爺湖インターを降りてしばらくは順調だった。流石に60キロ出せないまでも55キロ程は出ていたので行けるかもと期待したがそう長くは続かなかった。右側にチラッと洞爺湖が見えた頃に雨脚が激しくなり、ホースの水でフロントガラスを洗浄しているようだった。スローダウンせざるを得ないまま進んでいると、急にゴォーという叫びのような音が聞こえた。


「先輩、今の何の音ですか?」


「わからんけど、ヤバい音やったなあ。ん、この先道無くなってるなあ。間違えたっけ?」


前方が茶色い壁になっていてこれ以上進めない為仕方なく、先輩は車を停めた。


「ナビは直進で指示してるので合ってんねんけどなあ。」とつぶやきながらハイビームにすると、茶色の中に大きな岩や倒木が入り乱れていた。


「先輩、土砂崩れですよ、すぐ引き返しましょう。じゃないとここも巻き込まれるかもしれないですよ。」


「わかった、戻ろう。まずは安全第一や。」


再び虻田洞爺湖インターに戻ってきた。高速道路の方が安全なので行けるとこまで行こうということとなった。この時点で10時30分を過ぎていたので完全に間に合わない。ここから約150kmあり、しかも高速は苫小牧までしか行けない。なんとなくドイツワールドカップのジーコジャパンを思い出した、それも予選リーグ第3戦の対ブラジルとの試合残り20分。日本は2戦終わって1分け1敗の勝ち点1で絶対勝つしかなかったが、相手はブラジルで前半は先制して善戦したが地力の差があり、1-4で負けていて明らかに逆転できる雰囲気はなく、ただまだ試合は終わっていないので虚しく時間が経つを待っていたあの時の感じに似ていた。すると先輩が聞いてきた。


「カノン、誰かお前のアパートの鍵もってる人おらんのか?そもそもお前が彼氏おったらこんなに苦労せえへんかったのに。」


その言葉を聞いた時、大家さんの顔が浮かんだ。


「せっ、先輩そういえば大家さんがカギ持ってます。しかも下の一階に住んでます。」


「おおっええやん。でも大家さんておばあちゃんやろ。大丈夫か。」


「先輩、それが大家さんお孫さんと住んでるんです。北大生の男子でしかも、先輩と打合せした鳥民でバイトしてるので会ったことはありますよ。」


「何やねん、何かあったら鳥民やなあ。イチかバチかすぐ電話してみい。」


電話をかけると大家さんはすぐに出てくれた。事情を説明し、その為にまさとくんの協力が必要だということを力説し快く承諾してくれたのだが、肝心のまさとくんが鳥民でバイトの為まだ帰ってきていないとのことだった。11時までバイトで戻ってくるのが大体11時半位でたまに寄り道したら12時位になるようだった。大家さんにはまさとくんが戻ったら携帯に電話してもらうよう頼んだ。


「カノンでも部屋に入られて大丈夫か、エッチなDVDとか置きっぱなしにしてないか。」


「先輩、あるわけないじゃないですか。これでもれっきとした女子ですよ。

そんなに汚くはしてないですよ。まあ普通の女の子の一人暮らしとしては許容範囲内ですよ。」


実はエッチなDVDないけどBL系のコミックはもともとあったが数年前から紙媒体は卒業し、ネットに移行していた。本当によかったなあと心から思った。

後はまさとくんからの電話を待つのみだった。電波が確実に届くように有珠山

パーキングエリアで待機することにした。


「先輩、鳥民で一番最初にドリンクのオーダーを取りに来てくれた子ですよ。単発の韓流アイドル風な方です、覚えてます?」


「覚えてるよ、どっちかというと目黒連くんみたいな子やろ。でもカノンは鳥民に

縁がありすぎやな。」


先輩と他愛ない会話をしていると突然携帯が鳴った。


「もしもし、高橋さんですか?」


「マサトさん、突然すいませんね変なこと頼んで。今どこにいるんですか?」


「はい、話はおばあちゃんから大体聞いたので高橋さんの部屋の前からかけてます。」


「ありがとうございます、早速入ってもらってOKです。」


その後、リビングにある机の上に置いているデスクトップパソコンの誘導し、電源入れるのとパスワードを教えて立ち上がるのを待った瞬間にハッと思い出した。


集英社の応募URLはブラウザーのお気に入りフォルダに入っているのだが、同時に

BLのURLがラインナップされているのを思い出した。このフォルダを開かせてはいけないと脳内コンピューターがアラートだしたので咄嗟に、


「集談社新人マンガ大賞で検索してみて。」と指示した。


「ショウダンシャ 新人マンガ大賞ですね。ありました。」


その後、エントリーに必要な項目を指示しデータをアップロードすることができた。さすが頭のいい北大生なので作業がスムーズだった。応募が完了したら出版社から

エントリー完了のメールが来るので安全をみてマサト君に、私がメールを確認するまで部屋で待機してもらった。しばらくすると『oubo@shoudansha.co.jp』からメールが届いた。本文を読むと予想通りの受け付けましたの内容でホッとした瞬間文末の

文字をみて驚いた。『ご応募ありがとうございました。昇弾社株式会社』思わず、


『ちがーう』と車内で叫んでしまった。時計をみると11時48分だった。すぐに

まさとくんに電話して再度指示した。


「まさとくん、なんどもごめんなさい申し訳ないけど違うところに応募したみたいなんでもう一度お願いします。」


「えっ、すいませんもう一度やりますので再度指示してください。」


「集談社新人マンガ大賞で検索するのは同じだけど、集談社の集は募集のしゅうで談談話の談で当てはまるURL見つけて。」


「ああ、わかりました、お気に入りのフォルダに入ってるのと同じですね。」


顔が真っ赤になるのがわかった。なぜか先輩の方を見たが暗かったので気づいていないようだった。とりあえずスルーして、先程より倍クールな態度で同じようにエントリー方法を指示した。同じようにエントリー完了後、メールを待った。待っている間に『昇弾社』を調べてみたら子供向けの雑誌の制作・出版をしている会社で、その中雑誌にもマンガが含まれているようだった。最近マンガの公募始めたので私は気づかなかった。こんな偶然てあるのかと思ったらメールが届いた。今度は間違いなく『集英社』だった。車内にある時計を見ると11時58分だった。まさとくんにはお礼を言って電話を切りひと安心した。


「いやー、カノンやったなあ。イチかバチかやけど諦めずにようやったなあ。」


私は、一時諦めムードだったのだがそれを匂わさず返事した。ふと『イチかバチか』って英語で何て言うか気になったので調べてみた。


「先輩、イチかバチかって英語で何て言うか知ってます?」


「ええ、なになに教えて」


「SINK or SWIM ですって。」


「沈むか泳ぐかってことか、直訳すると。でも泳げってことは自力で何とかせえってことやなあ。今日の俺らみたいやなあ。」


「でも、先輩最後は人の手借りましたけどね。」


「ハハハ、それはそうやなあ。そろそろ札幌に帰ろか。」


そして、先輩と私は道央自動車を札幌方面に走らせた。


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