陰陽の龍

発端

「馬鹿な女だ」


 まだ意識はあった。喋ることもできず痛みと苦しみで今にも意識がなくなってしまいそうだったが。男は女がとっくに死んでいると思っているらしい。


「ただの端女の分際で俺にごちゃごちゃと言いやがって」


――端女って何。私たちは夫婦じゃない。あなたは私を愛してると言ってくれた、だから身も心も全てを捧げたというのに。


「俺はもう豪商の娘との縁談が決まってるんだ。こんな時にギャーギャー騒ぎたてるなんて、破談になったらどうしてくれるんだ」


――なにそれ、女がいると思っていたけど相手は豪商? 縁談? なにそれ。


「こんなチンケな農村で生きていくわけねえだろうが。他の女と比べて多少は見栄えがする見た目だからって調子にのるんじゃねえよ。牛みたいな顔してるくせに」


 けけけ、と嘲笑う。牛みたいな顔、そんなこと初めて言われた。村の中では一番美しいと言われてきた自分が、牛みたい?


「さて、臭いがつく前にちゃっちゃとこんな所出るか」


――臭いってなに。私何もつけてないのに。


「牛臭さが着いたらたまらねぇからな」


 ゲラゲラと笑いながら遠ざかっていく男。女がいるだろうと問い詰めたら何回も殴られ蹴られ。頭に壺を叩きつけられて血まみれになってそのまま動けなくなった。

 村の外れにあるとても大きな窪んだ土地。そこにポイっと放り投げられる。雑草や木が無造作に生えていてとても汚い。村人たちが使わなくなったものやゴミを投げ捨てているからだ。叩きつけられた衝撃と体中にまとわりつくゴミの臭い。病気で死んでしまった牛や豚、中にはいらなくなった子供を捨てるものもいる。蠅が飛び回り、ドロドロに溶けた何の肉なのかもわからないものが散乱していた。

 美しくいることに全力を注いでいたのにそんな臭いがまとわりつく。耐えられない、体が痛い。どうしてこんな目に合わなければいけないの自分が。涙が一つこぼれやがて意識が遠のいていった。




「え」


 目を見開く。自分は死んだと思った。だが確かに今自分は意識があり瞬きをして手足も動く。何が起きたのかさっぱりわからない。しかし確かに自分は生きている。

 足は蔦に引っかかって頭は地面についているという逆さまの状態だ。しかし頭に何か硬いものが当たっている。手で探れば丸いものが埋まっているようだ。


「こ、れは」


 それを手に取ってようやくわかった。自分は助かったのだ、これのおかげで。

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