月で内緒のお茶会を
雨森 紫花
第1話
小学3年生の2学期ははじまったばかりだけど、今日から秋休みに入ることにした。学校が決めたんじゃないよ。ひまりが自分で決めたの。
学校は大好きだったし、クラスのみんなと毎日会うのも楽しかったけど、きのうで全部かわっちゃった。
もちろんパパとママは秋休みに反対した。でも予想どおりのことしか言わないから、ひまりの気持ちはかえられなかった。
先週、カゼなんてひかなかったらなぁ。
そんなことを考えてぼんやりしていると、和子(かずこ)さんのあきれ声がふって来た。
「いつまでそんな顔をしているつもり?」
和子(かずこ)さんはパパのママ。つまり、ひまりのおばあちゃんなんだけど、和子(かずこ)さんをおばあちゃんって呼ぶ人は誰もいない。
パパとママはふたりとも仕事が忙しい。だから秋休みのあいだ、ひまりは和子(かずこ)さんの家にあずけられることになった。
和子(かずこ)さんはかっこよくてやさしいおばあちゃん。でも和子(かずこ)さんの家にはルールがたくさんある。それが少しきゅうくつなんだけど、秋休みのためには仕方がない。
きのうの夜にパパが電話したとき、和子(かずこ)さんは「9月はいそがしいの」と言って断った。でもひまりがたくさんお願いしたら、なんとかOKしてくれた。
「だって、みんなひどいんだもん」
きのうのことを思い出すと、どうしても口がとがっちゃう。
ひまりはクラスの人気者だった。ひとりでいる子にも声をかけてあげられるし、先生にもよくほめられる。そんなひまりのことが、みんな本当はおもしろくなかったんだよ。
夏休みが終わってすぐ、ひまりは熱を出して学校を3日お休みした。
そしてそのあいだに今度の社会見学の班決めが終わってた。それはまだいいの。でもき
のう、学校でその班のメンバーをきいて、どれだけびっくりしたかわかる?
同じ班の女子がみっちゃんでも、さっちんでも、ゆきりんでもないなんて! あたしたちいつも一緒なのに。その上、いつも一緒に帰ってるチエちーまで他の子と班を組んでて、ひまりは仲間外れ。
ひまりの班の女子は今田さんと野川さんだった。ふたりとも友達ではあるけど、でも同じ仲良しグループってわけじゃない。
みんな、ひまりのことを親友だって言ってたのは嘘だったんだ。それがわかっちゃったらもう悲しくて、今までどおり学校に行ける気がしなかった。
「やれやれ、クラス全員が友達だったんじゃないのかね。そのふたりが同じ班で、なにが不満なのさ」
「みっちゃんたちとは仲良し度がちがうもん」
3年生の社会見学は街でのお買いもの体験。みっちゃんたちとお買いものするの、すごく楽しみにしてたのに。
和子(かずこ)さんの家は色んな植物がいっぱいで、いつ来ても植物園みたい。だから和子(かずこ)さんの家では『走りまわって遊んじゃいけない』のがルールなんだけど、いとこのいたずら兄弟はいつもルールをやぶって怒られてる。
ひまりが秋休みを許してもらえたのは、いい子だからだと思う。あのいたずら兄弟たちだったら、ぜったい許してもらえないよ。
和子(かずこ)さんはひまりに秋休みの宿題を出した。それはフランネルフラワーの鉢植えをお世話すること。フランネルフラワーの花は真っ白で、さわったらフェルトみたいにふわふわしててかわいいの。
「お花のお世話は得意だよ。学校でも毎日、教室のお花に水やりしてたもん」
だけど和子(かずこ)さんは「この子は毎日水やりしたらダメなんだよ」と首をふった。
「多少土が乾いている方がいいのさ。それから9月の終わりまでは、日なたから少しはな
してあげないといけないよ」
ひまりにとって、これはちょっと意外だった。お花ってみんな、水と日なたが大好きなんじゃないの? でもこの和子(かずこ)植物園のオーナーがそう言うんだから、本当なんだろうな。
ひまりがやることはフランネルフラワーのお世話だけじゃない。タブレットで先生から宿題が出るし、英会話のオンラインレッスンとバレエ教室もある。それから家事もね。おふろそうじや野菜の下ごしらえを、ひまりはそっせんしてお手伝いしてる。
そんな感じで何日か過ごしたある日、和子(かずこ)さんが言った。
「ひまり、茶摘みをしてみるかい?」
「茶摘みって、あの? 夏も近づく八十八夜ってやつ?」
今年の春に習った歌だからよく覚えてる。教科書いっぱいの茶畑の写真がきれいだった。
「でもあれって春の行事でしょ?」
「そうね。でもうちの茶の木は特別なんだ」
そう言って和子(かずこ)さんはひまりをはなれ小屋の方へと連れて来た。庭の南端にぽつんとあるはなれ小屋には、近づいちゃいけないのがルール。だからこっちまで来るのははじめて。
はなれ小屋の前にはひまりの身長と同じくらいの木が1本、鉢に植えられて立っていた。その鉢はただの白い鉢なのに、なんだかうっとりしちゃうほどすてきだった。
「これが茶の木だよ。この枝の先の、小さな新芽がお茶になるんだ」
「ほんとだ。音楽の教科書にのってたのと同じ」
茶の木の新芽には白い産毛がたくさんついてて、フランネルフラワーみたいにふわふわ
してる。その新芽の少し下を指でつまんで折ると、簡単に摘むことができた。
「お茶って秋にも芽を出すんだね」
「いいや。この白い鉢には不思議な力があってね。だから秋でも新芽が芽吹くのさ」
「すごい! 魔法の鉢ってことね」
「この茶の木は地上の植物たちの声を集めているんだよ」
「植物の声?」
「そう、この鉢で育てた茶葉は大事な儀式でつかうんだ」
そして和子(かずこ)さんは声をひそめる。
「ひまり。もし私とふたりだけの秘密にできるなら、その儀式に連れて行ってあげる」
「行きたい! ぜったい内緒にする!」
そんな話をきかされて、行きたくないわけないじゃん! ひまりは全力でうなずいて、指切りげんまんの小指を和子(かずこ)さんにさし出した。
「本当に守れるかい? 親にも言えない秘密だよ?」
「うん。本当に守れる」
和子(かずこ)さんはひまりの目をじっと見て、それから小指をからめてくれた。
「嘘ついたら針1000本のーます。指切った!」
いつもみたいにただ歌う感じで指切りしたひまりに、和子(かずこ)さんが真顔で言う。
「本当にのませるからね」
こわっ。思わず固まるひまりを見て、和子(かずこ)さんはくっくっと笑った。
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