第7話 可能性
刃が胸を貫いた瞬間、全身を熱い感覚が襲った。
肺から血が溢れ、息が詰まり、視界が次第に闇に溶けていく。
(……また死ぬのか)
何度経験しても、死ぬことには慣れない。
痛みも、恐怖も、虚無感も、毎回生々しく襲い掛かってくる。
「スキルの名前がない」というだけで異端として排除され、村を追放されて盗賊に殺される。
そんな最悪な人生は、今回で終わりだ。
なぜなら、俺は――
(どうせ、また転生するんだ)
もう100回を超える転生を経験している。
死んだら赤ん坊に戻り、新たなスキルを与えられて人生を繰り返す。
今度こそは、まともなスキルを得られるように。
今度こそは、まともな人生を送れるように。
そう思いながら、俺の意識は闇に溶けた。
――しかし、今回はいつもと何かが違った。
『スキル付与――』
脳内に響く、聞き慣れた声。
だが、その直後。
今までにない違和感が俺を襲った。
いつもなら、スキルは一つだけだ。
だが今回は、一つではない。
二つのスキルが、同時に俺の中に流れ込んでくる感覚があった。
(……どういうことだ?)
一つは前回の人生でも俺を苦しめた、あの「名前のないスキル」。
そしてもう一つは、新たに生まれた力――まだ名前は分からないが、確かに存在している。
混乱したまま意識が浮上していく。
薄暗い天井。柔らかな布。そして、誰かの温もり。
「……元気な子だよ、ほら」
新しい母親の優しい声が聞こえた。俺はまた、生まれ直したのだ。
しかし今回は、喜びや安心よりも、言いようのない不安と興奮が胸を占めていた。
(本当に、前のスキルが残っている……?)
まだ確証はない。
単なる錯覚かもしれない。
だが、その違和感は年月を経ても消えることなく、むしろ日を追うごとに強まっていった。
新しい人生は、特に変わったところのない、平凡な農村で始まった。
俺は新しい両親のもとで、何事もなく成長していく。
そして、5歳になったある日。
この世界の全ての子どもが通過する、「スキル発現の儀式」の日が訪れた。
村の中央にある広場には、石造りの祭壇が設けられている。
周囲には村人たちが集まり、興味津々に俺たちのスキルを見届けていた。
「アレン、こちらへ」
村長の声に促され、俺は祭壇の前へと進み出る。
静まり返った広場に、村長の声だけが響いた。
「さあ、神よ、この子に与えられた力を示したまえ――」
儀式の言葉を唱える村長の声が遠く聞こえる。
俺は静かに目を閉じ、自らの内面を見つめた。
(頼む、まともなスキルをくれ……)
祈るような気持ちで意識を集中させる。
その瞬間――二つのスキルの存在が、はっきりと目覚めた。
一つ目は、前回俺を苦しめた「名前のないスキル」だった。
再びその力が現れると、俺の周囲には微かな空気の揺らぎが生じる。だが、名前も役割も不明なまま、ただ「存在するだけ」の不気味な力だ。
そしてもう一つ――新しく与えられたスキルの名が、脳内にはっきりと響いた。
『スキル付与――【植物育成】』
祭壇の足元から、小さな緑の芽がいくつも伸び始める。村人たちがざわめき出した。
「おお……これは植物を育てるスキルか?」
「農作業には最適だな!」
しかし、村長はまだ怪訝そうに俺を見つめていた。
「いや、だが待て……もう一つ、何か別の力も感じるぞ?」
村長の表情が曇り、村人のざわめきが不安の声へと変わっていく。
「……アレン、もう一つのスキルは何だ? なぜ名前を言わない?」
俺は答えられなかった。
自分でも分からないのだから、当然だ。
その沈黙が、村人たちの恐怖をさらに煽った。
「まさか、呪われているのか?」
「名前のないスキルだなんて、そんな不吉な……」
再び、俺は異端扱いを受ける運命なのか。
握りしめた拳が震えた。
(また、同じことの繰り返しなのか……?)
だが――今回だけは、それだけではない。
俺は確信を持っていた。
俺の中には、明らかに前世から引き継がれたスキルが残っている。
それだけでなく、新しいスキルさえも手に入れた。
(転生しても、スキルが消えないなら……)
俺は転生するたびにスキルを積み重ね、いずれ誰よりも強い存在になれるかもしれない。
今までは、ただ無意味に転生を繰り返してきた。
だが、これからは違う。
スキルは失われない。力は積み重なる。
(俺には、まだ未来がある)
村人たちが俺を不気味な目で見つめる中、俺は自分の手のひらに小さく芽吹いた緑を静かに見下ろした。
前世の理不尽さも、今の迫害も、やがて全て過去のものになるだろう。
(何度でもやり直せばいい――俺には、もう無限の可能性があるのだから)
名前のないスキルと植物育成の二つの力が混ざり合い、俺の内側で静かに鼓動していた。
それは、まだ誰にも気づかれていない、俺だけの秘密の始まりだった。
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