1-3 そこのエルフ、止まりなさい
× × ×
大阪には親切な人が多いらしいです。テレビで芸人さんが話していました。
であれば。きっと、これも皆さんの親切心の
大阪の街に入るや否や、私は感銘を受けました。見れば、街道の上にすごく立派な石造りの雨除けが設けられているではありませんか。まるで古代ドラゴンの遺骸の下を歩いているような気分です。
旅人のために作られたとしたら、ありがたいことです。おかげさまで日焼け予防の魔法を節約できました。
「おおさか、さかい、おおこうじばし」
私は街道沿いで
木製ではありません。金属板に地名と矢印が印刷されていました。
大阪の道路は頭上から足元まで表示であふれています。お気遣いの街です。すごく素敵だと思います。
「こんにちは~」
もっとも。私は街道沿いですれ違う方々に挨拶を試みましたが、どなたも目を丸くするばかりで芳しい反応はいただけませんでした。
どこからともなくお巡りさん(今回は女性でした)が自転車で近づいてきたあたり、何とも悲しい気持ちになります。ドラマの泥棒みたいな扱いです。
「そこのエルフ、止まりなさい」
「あっ。はい。わかりました」
「こちら
お巡りさんが首元の器具に触れ、独り言を呟いています。
ふふふ。肝心な時に私から目線を外してくださったのは、
だとしたら。やっぱり大阪の人は心優しいですね。
「ササパア」
私は再び儀去術で逃走を図ります。ありがとうございました。
とはいえ。
出くわす人たちみんなに術式をかけていたらキリがありません。どうしたら良いのでしょう。
ちょうど目の前にホームセンターが見えてきました。
私は以前観たドラマの内容を思い出します。あれは何でも売っているお店でした。作中では学問所のお祭り用に色々なモノを仕入れていました。術式より効き目のある「目眩まし」も見つかるかもしれません。
例えば衣服です。私たちの長耳は皆さんの中では目立ちます。あのドラマに出てきた女の子みたいにフード付きの衣服を手に入れたいところです。私に似合うと良いのですが。
「なんやエルフやないか」
「!」
私がお店の入口を探していると、店前の広場で老齢の男性に出くわしました。男性は錆びた自転車に跨がり、火のついた巻紙をくわえ、唇が焦げています。歯がほとんどありません。そして何より。灰色のフード付きの衣服を身につけていらっしゃいます。
私は飛びつきました。お皿に
「こんにちは。私は北トルカ村のコミリです」
「なんやコスプレイヤーか」
「おじさんのお召し物が欲しいです。代わりにお好きなものを複製して差し上げます」
「ほんならタバコ頼むわ。なかなか申請枠が回ってけえへんねん」
「はい」
私は手渡された紙箱に複製魔法をかけます。成功です。自転車のカゴが紙箱であふれそうになります。
ついでに男性の歯もいくつか複製しておきましょう。私なりのサービスです。
「おおっ。おおきに。ありがとうありがとう」
男性はニヤリと茶色の歯を見せてくれます(全部奥歯です)。
そして。そのまま自転車で走り去っていきました。
大阪の人は親切ではありませんでした。
× × ×
皆さんは『わらしべ長者』という日本の寓話をご存じですか。
物々交換を繰り返せば、いずれ大地主になるそうです。面白いですね。
私もホームセンターにやってくる方々に「複製」との交換を持ちかけ続けたところ、次々と欲しかったものを手に入れられました。
1つ目はフード付きのパーカー。とても大きなサイズです。お気に入りの犬耳カチューシャを付けたまま、しっかりフードを被ることが出来ます。元の持ち主さんからは「可愛いやん」との評価をいただきました。照れます。
2つ目は念願のスマートフォンです。とあるお姉さんの持ち物をコピーさせてもらいました。お姉さん曰く「中身のデータは初期化した」そうです。よくわかりませんが、もうすでに私の宝物です。
そして。3つ目は補助輪付きの自転車でした。
これで歩かずに済みます。
私たちの村にも形だけ似せた
しかし。補助輪付きなら安心です。
大阪の道路はアスファルトで走りやすいですし。小石に引っかかり、転ぶことはありません。
私はさっそくサドルに跨ります。良い感じです。他のお巡りさんに見つからないうちに走っちゃいましょう。
すいすい。ぎこぎこ。私の自転車は踏切を渡り、大きな川を渡ります。私たちの村には鉄道も鉄橋もありません。大阪では見るもの全てが初めてです。
ぎこぎこ。交差点のルールは何となくわかってきました。点滅と矢印は気にせず、緑信号の時に渡れば良いわけです。たまに荷運び用の大型六輪車とぶつかりそうになりますが、当たらなければ大丈夫です。
どんどん進みます。大阪の中心部へ。ぎこぎこ。テレビはどこにあるのでしょう。私は楽しくて仕方ありません。村の友達と一緒に迷宮の奥底を探検した時のような気分です。身体の火照りを向かい風が程良く冷やしてくれます。ぎこぎこ。
次第に周りの建物が大きくなってきました。空を突き刺すような「ビル」も間近に見えます。窓ガラスに夕焼けが映り込んでいます。本当にすごいです。北の都にある『魔法連合』の本部より背が高いです。
交差点で足止めされるたび、私はビルを見上げずにいられません。
『そこの自転車、待ちなさい!』
今度は
男性の声は歪んでいました。おそらく「拡声術」の類いを手持ちの器具で再現しているようです。私たちは遠方の知人との会話に使います。
角ばった四輪車の前立てからは『大地本-3』の白抜き文字が読み取れました。大いなる地の本。多分私の知らない宗教用語ですね。漢字の略語は苦手です。
信号が緑色に変わりました。
私はペダルに足を掛けます。ぎこぎこ。ぶんぶん。自衛隊の四輪車は低速で追ってきます。完全に狙われていますね。なぜ私だとバレたのでしょう。こんなにもパーカーのフードを目深にしていますのに。
『そこの補助輪付き、ただちに止まりなさい。ポイ・アデラ・オオサカ。
男性の歪んだ声が耳に刺さります。私が振り返ってみると、運転席の隣に座る男性は検問所に居た方でした。
彼の目には私の姿が映らないはずです。つまり。
「ああっ」
私は合点がいきました。叔母の偽去術では馬を消せないのです。視界遮断術式を単純化した弊害が出てしまいました。多分あの自衛隊さんの目には『無人で走る自転車』だけが映っていたはずです。そんなのバレバレですよね。
仕方ありません。私は愛車を道端に乗り捨てます。後は運転席の自衛隊さんにも術式をかけるだけです。
「ササパア」
本日4回目の偽去術です。ちなみに衣服や小道具は消せますが、足音を消すことは出来ません。私は早足で遠ざかります。いっちに。いっちに。なるべく人が多いほうへ向かいましょう。
やがて私は大広場に出ました。宗教的な石像、厳かな建造物に囲まれた空間です。ここが大阪の中心部であることは間違いありません。数え切れないほどの大阪人が、あちこちで笑い合っています。女の子も男の子も、おじさまもおばさまも。お年を召した方々も。
ついに私は辿りついたのです。夢にまで見た「テレビの世界」に。
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