残響18 花芽
翌日は雨も止んで、青空が広がった。早速ビルを出てロザリオへ出発する。
私たちが居たビルは朽ちかけで、夜通し降った雨があちこちを軋ませていた。私たちが慎重に下っていた階段も、轟音を立てて崩れ落ちた。瓦礫と共に落下しながら、態勢を整える。
「怪我をしていないか?」
さっと伸びてきた手はミラのものだった。昨夜のことを思い出してしまう。私は彼女の手を取ることができず、顔も見ることができないまま、
「大丈夫、問題ない」
と返した。
「そうか」
ミラはそっと、そして柔らかく言って、みんなの方を向いた。
「慎重に動け。瓦礫に押し潰されるぞ」
私たちは陽の高いうちにロザリオに入った。セオリー通り、高いビルに昇り、ロザリオの中心部に目を向ける。
ロザリオの中心部には広大な空間があった。車両の通る道路や歩道が中心の広場と巨大な像を取り囲むように走っているのだ。今そこを蹂躙するのは、黒い鉄の化け物……それもかなりの数だ。それ以外の中型や小型、車輪駆動するタイプ、強化装甲タイプなど、これまでに見た敵が勢揃いしている。
「これは……手も足も出ないよ……」
誰かが気弱に呟く。
「他の部隊はどうなってる?」
その問いかけに、ミラは淡々と答える。
「各前哨基地からは部隊が派遣されている」
だが、見たところ、どこにも戦闘の兆しはない。ここには私たちしかいないのだ。
「ねえ、あれを見て……!」
仲間の一人が屋上の縁から中央広場の一角を指さす。私の近くでレイがため息交じりに警告を投げつけた。
「あまり頭を出さないで」
中央広場に黒い車両が並んでいる。今、そこに大型タイプの敵が何かを運んで、荷台に投げ入れた。その列が車両脇に続いていた。
「何をしてる……?」
目を凝らすミラ。私の目には確かに映った。
「人の遺体だ」
敵がこの街から遺体を掻き集めて車両の荷台に乗せているのだ。荷台がいっぱいになると、車両の上部で赤い光が瞬いて走り出す。道路を向こうの方へ疾走して見えなくなってしまった。
「遺体を運び出している……。一体何のために?」
ミラの言葉に仲間が応える。
「今まで通ってきた街はどこも戦闘の痕跡がありました。でも、人の遺体はひとつとして見なかった……グレンツァールが遺体を回収していたからでは?」
「戦闘は人間が避難してからのはず」
答えの出ないまま私たちが考えあぐねていると、レイが叫んだ。
「まずい、狙撃部隊に気取られた」
全員が一斉に伏せる。屋上に出るための建屋の壁に大穴が開く。
「今すぐ地上に下りろ! 囲まれる!」
迫撃砲と榴弾、機銃の弾丸、高速で撃ち出される小さな鉄球……あらゆる敵意が私たちを追い立てた。こちらは物陰からスチールバーク銃で応戦し、フラグボムで敵を足止めし、その隙に街から離れるように駆け出すしかできなかった。
予備の弾も打ち尽くしたスチールバーク銃から、辺りに転がる小型の敵から機銃を剥ぎ取って武器にする。道を挟んだ向こう側で遮蔽物から弾幕を張っていた仲間が、次の瞬間には迫撃砲の直撃を受けて遮蔽物ごと粉々になる。嘆きが叫びになってこだまする。その叫びの主にとっての彼女は、私にとってのリナだったのだ──それが声から痛いほど伝わる。
リナが粉々になってしまっていたら、私は腕を繋ぐことすらできなかった……安堵への足掛かりは、いつの間にかそんなにも脆くなっていた。
「下がれ!」
ミラが号令をかける。応戦を止めて走り出す。建物の陰に隠れて、そのまま路地を駆け抜け、ロザリオの外へ外へと風を切る。
そうして私たちは足した戦果も挙げられないまま、敵の足音が消えるまで逃げ続けた。
私たちはいつの間にか七人になっていた。泥だらけの道を駆け抜けた私たちは体中が汚れて、球体関節には乾いた泥が詰まってしまっている。
「エヴリン、カノン……」
「クララ、なんでわたしを庇ったのよ……!」
別れを嘆く悲痛な声がする。
離れたところで、ミラが俯いていた。いつもなら、こんな私たちを叱咤激励して立ち上がらせてくれるのに。そばに近づいて、その肩に触れる。彼女の身体がビクリと震えた。そのさまはまるでいつかのリナみたいだった。恐怖と不安に駆られた琥珀色の瞳を思い出す。ミラは言った。
「私のせいだ……」
「なぜ自分を責める」
「……私の判断でみんなを死なせている」
彼女は自分自身を傷つけているように見えた。
「違う。あなたは人間の命令を遂行しているだけ」
ミラは悲しそうに首を振った。絶望に打ちひしがれたように肩を落として。
「ロザリオに向かうと言わなければ……」
「ミラ、それはあなたの意思じゃないはず」
「人間の命令とお前たちの命を天秤にかけ、私は人間の命令を取ったのだ」
ミラは統制体として私たちを率いてきた。いつでも厳しく、いつでも迷いなく、私たちと共に戦ってきた。そんな彼女が辛い選択に迫られていたことなど、想像もできなかった。
「でも、ミラは長く戦ってきた。こんな経験だってたくさんしてきたはず。どうしていまさらこんなことで悩むの? いつものように私たちを導いてよ」
顔を上げたミラと目が合う。
深い紫色の瞳が瑞々しい光を帯びていた。リナが私を見る時のあの輝き。
気づいていたはずなのに、そんなはずはないと決めつけていた。
だとしたら、そんなミラにリナの腕を繋ぐようにと頼んでしまった私は、最低な奴だ。
ミラが私の腕を繋いだ時のあのアンバランスな力加減、急に強く締めた革紐、腕を繋いでほしいと告げた時に逸らした視線……。
私は、最低だ。
「エリス、お前を失いたくなかったんだ」
彼女の言葉が私の胸を貫いた。
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