残響9 帰り花

 強化装甲の敵が守っていたのは、小型の黒い鉄の化け物を生産する小規模な拠点だった。そこでは自動化された生産ラインが確立され、人間の姿はなかった。


「かつては人間も戦場で戦った。だが、今では、私たちが人間の代理に戦争を行っている。このような拠点も各地に点々と存在しているという報告もある」


 ミラは生産ラインの一つ一つを破壊しながら、そう解説した。


「人間は自分の手を汚さずに……」

「じゃあ、私たちはどうなってもいいの?」


 傀儡乙女ソウルドールたちから不信感の声が漏れる。しかし、ミラがフェアバークで床を叩くと静まった。


「お前たちは戦いの道具だ。その存在意義を忘れるな」


? あんたは違うのかよ?」


 傀儡乙女の一人が不服そうにミラに詰め寄る。憤りを露わにした声の響きに場の空気が張り詰める。彼女は拠点の外を指さした。


「レイを見なよ。セリの破片を今も集めてる。あれを見ても私たちを道具だと言える?」


 レイ──セラミックアーク・ライフルの狙撃手だ。


「戦いに犠牲はつきものだ」


 傀儡乙女はミラに掴みかかる。


「あんた、心まであの監督官みたいになったんじゃないだろうな!」


「彼女が砲撃を受けたのは、セリが狙撃に失敗したからだ」


「くそっ!」


 ミラを突き飛ばすようにして、その傀儡乙女は私に目を向けた。燃えるような赤い瞳だった。


「お前の自分勝手な行動で仲間が死んだんだ。何も言わないのか?」


 リナが私の前に立つ。ミラがそれよりも早く言葉を返していた。


「エリスの判断は正しかった。何もできなかったお前が彼女を責める筋合いなどない」


 スチールバーク銃を見せるミラに、突っかかっていた傀儡乙女が悪態をついて下がっていく。


 彼女の言葉が私の心に突き刺さる。私はセリを守ることができなかった。守れなくてごめん──記憶の中に残る顔の分からない少女が傀儡乙女たちとダブって、私は罪悪感で身が震えそうだった。みんなを守ろうと飛び出したはずなのに、


「私が飛び出すなどと言わなければ、彼女が死ぬことなどなかった……」


 リナが私を抱きしめる。


「そんなこと言わないで。エリスは私たちのために勇敢なことをしたの。責められるべきじゃない」


 相変わらず、リナと触れ合う感覚はない。それなのに、私の心は温かさに包まれていた。


「でも、あんな無茶なことはしないで……!」


 リナが私の胸に顔を寄せる。私の心が、きゅぅ、と締めつけられるような感覚がある。


 これが愛おしというものなのか──。


 私は彼女の頭を撫でて、抱き締めた。心の底からそうしたいと思ったから。


「ごめん。リナが無事でよかった」






 地上へ戻る通路が崩壊した影響で私たちは別ルートから地上に戻ることになった。ミラはこの拠点からグレンツァールの敵の配備情報を手に入れたようだ。それを前哨基地まで持ち帰らなければならない。そのために、態勢を整える時間が設けられた。


 私の手足には、敵の砲撃で炸裂した破片によって爪痕が残されていた。リナがツールバッグの中から修繕用のパテを取り出した。


「アイリスが持たせてくれたの。『いつでも綺麗でいてね』って」


「私は受け取っていない」


「そうなの? なんでだろうね? ……さ、腕を出して」


 リナが手早く私の腕を布で拭き、灰白色のパテを塗った。小さなコテで綺麗に伸ばしていく。私の肌に刻まれた細かい傷が埋まっていき、違和感なく均されていく。あっという間に新品同様の見た目に変わった。


「綺麗だよ、エリス」


 リナのその一言に。私は戸惑ってしまった。


「わ、私は……綺麗なんかじゃ……」


「綺麗だよ」


 リナの琥珀色の瞳が揺らめいている。今までは炎のようだと思っていたその光は、今となっては瑞々しいものだったのだと分かる。


 ふと、なぜ私にエリスと名付けたのだろう、と思う。彼女は大切な人の名前だと言っていた。大切な人──どんな人だったのだろう? リナに尋ねたい衝動に駆られるが、思い留まった。


 リナの記憶は悲しいものだ。彼女が思い出して悲しむのなら、彼女の記憶に蓋をしたままでいい。


「リナは手先が器用なんだね」


「あたしにはこれしか取り柄がないんだよ」


「そんなことない。リナのスチールバーク銃での支援がなければ、私はやられていた」


 背後から足音がする。ミラがそこに立っていた。


「どうせ壊れる。無駄なことに時間を割くな」


 氷のように冷たい言葉。


「エリスのことが大切なんです」


 リナの声は硬い。私にかけてくれるものとは明らかに違う。委縮しているのだ。私はリナを背にミラの前に立った。リナを守りたかった。


 ミラの深い紫色の瞳が揺れている。その奥で、風が水面を撫でた時のような感情の揺れが垣間見えた気がした。


「なぜリナを悲しませるの?」


 ミラは答えもせず、長い髪をなびかせて離れて行ってしまった。


 リナが背中から私を抱きしめてきた。私の胸の前で組まれた彼女の手に触れる。


「大丈夫だよ、リナ」


 そう言いながら、離れたところで一人佇むミラを見た。いつ見ても、彼女のまわりには誰もいない。


 ミラは私を守ってくれた。それなのに、道具のように言う。相反する彼女の言葉と行動。ミラの中には二つの心があるのだろうか?


 ミラは一体何を考えているのだろう?


 私はリナの手を取っていながら、そのことに思いを巡らせていた。

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