第2話 異変
二つ目の異変に気づいたのは、翌朝のこと。
目を覚ました直後だった。
「は!? ……んだよ、これ?」
最初はやけに目覚めが良く、疲労が取れてるなと思っただけ。
だが、あまりの違和感を感じると同時に跳ね起きたことで確信する。
——異様なまでに身体が軽い。
あまりにも軽過ぎて、羽が生えたんじゃないかって錯覚するくらいに。
加えて全身を見回してみれば、魔物の群れから逃げる際に負った傷が殆ど癒えていた。
痛みに関しては完全に引いている始末だった。
そして、身体の奥底から力が込み上げてくるような——。
どう考えても異常な状態だ。
疲労にせよ、怪我にせよ、一晩眠っただけですっかり回復するとか普通にありえないだろ。
「まさか、あの仮面に触れたから……なのか?」
ふと脳裏に蘇るのは、白髪の少女と彼女が腰に下げていた黒紫の仮面。
昨晩、奇妙な感覚に襲われたのもあれに触れて程なくしてからだった。
俄には信じ難いが、もしそうだとすれば合点はいく。
でも、そうなるとどうして——。
疑問が湧いてくるも、
「……まあ、いいや。どうせ考えたって答えが分かるとは思えないし」
もし真面目に原因を探るとするなら、白髪の少女を見つけ出して色々と確かめる必要があるだろう。
……否、それ抜きにしても彼女とはもう一度会わなければならないと、そう直感が囁いている。
けれど、彼女が今どこにいるのか、その手がかりすらも掴めていないのに無闇に探し回るのは得策ではないだろう。
それに今は、先に解決しとかなきゃならない問題があるし。
思った時——ふいに腹から大きな音が鳴った。
「ああ……腹減った」
所持金が吹っ飛んだせいで昨日から何も食べられずにいた。
今の懐具合では、パン一つどころか芋一個すら買えない状態だ。
まずはこの空腹を解決しないことには何も始まらない。
飢えて動けなくなる前になんとしてでも魔物を狩って食い扶持を確保する。
欲張って魔物をたくさん倒そうとしなければ、昨日と同じ轍を踏むことはないだろう。
そんな訳で諸々の疑問を再び頭の片隅に追いやって、すぐに身支度を済ませる。
今、重要なのは身体が問題なく……いや、いつもよりも抜群に動かせるということだ。
「さてと、バリバリ動けるうちに稼ぐとしますか」
新調したばかりの中古の短剣二振り——一本は俺を見かねた武具屋の主人が予備としておまけしてくれた——を腰に差し、家を発つ。
人類にとって魔物とは、人々の生活を脅かす危険な存在であると同時に文明を根幹から支える重要な資源だ。
奴らの体内に宿る
故に魔物の討伐並びに魔核の回収は各国共通の命題であり、それを生業とする冒険者も立派な職業の一つとして確立されていた。
常に死と隣り合わせ——事実、多くの人間が命を落としている——の危険な仕事ではあるが、その分だけ得られる見返りも大きい。
魔物を倒せる腕っぷしさえあれば、一発逆転の成り上がりも望める夢のある職業といえよう。
けれど、本当に大金を稼ぐことができるのは一部だけ。
残念ながら、現実はそんなに甘くない。
魔物は強さや危険度に応じて
にも関わらず、その程度の魔物からは微量の魔核しか回収できないせいで得られる収入が非常に低く、不安定——成果を上げられなければ、待っているのは過酷な極貧生活だ。
俺が遺跡群で暮らしているのも偏にそのせいだったりする。
だからこそ、こんなクソッタレな生活から抜け出す為に、こうして朝っぱらから病み上がりの身体に鞭打って魔核を集めに来ているわけだが、
——三つ目の異変は、魔物に遭遇して発覚した。
街の南東に位置する森林に場所を移し、俺でも狩れる
ふと、近くの茂みから物音が聞こえた。
草木を掻き分けるような音——気づくと同時、俺は即座に短剣二振りを引き抜き、敵襲に備える。
「チッ、早速かよ……!」
ぞくりと悪寒が走り、背中に冷や汗が伝う。
息が荒くなり、心臓がうるさく鼓動する。
なんとなくだが、気配で分かる。
茂みの向こうにいるのは——魔物。
それも恐らく……
クソ、いきなり
内心で吐き捨てつつ警戒を強めれば、自然と短剣を握る手に力が籠もる。
二刀流なんて生まれて初めて試すが、どうしてかこの構えが妙にしっくりと来ていた。
倒すつもりは毛頭ない。
隙を見て、速攻で離脱する。
幸いにも気配は一つ……逃げることに徹すればどうにかなるはずだ。
——昨日の光景が甦る。
数体の魔物に追われ、何度も殺されかけた忌々しい記憶だ。
奥歯を噛み締め、思い出すだけで全身が震えそうになる程の恐怖を押し殺す。
魔力を練り上げ、全身に巡らせる。
身体強化。
収斂させた魔力を体内に循環させることで身体能力と肉体の強度を向上させる基礎魔術。
まずこれを扱えなければ、魔物と戦う為のスタートラインにすら立てない必須技能でもある。
——ここである違和感を覚えた。
(ちょっと待て、なんだ……これ?)
いつもより魔力の巡りが良い。
流れに勢いもあって、身体の奥底から力が溢れ出してくる。
今まで一度も味わったことのない感覚だ。
まさか、これもあの仮面の影響だというのか……?
隠しきれない困惑。
けれど、茂みの向こうから急に飛び出した影によって意識を現実に引き戻される。
人間の身の丈を優に超える獣型の魔物が俺の喉元を噛み千切ろうと飛びかかって来ていた。
曲がった角、長く鋭い剣歯、あらゆる肉を殆ど削ぎ落とした異常なまでの痩躯。
トウテツ——昨日、群れを成して俺を追い回した
視界に捉えた瞬間、刻みつけられた恐怖がより鮮明に浮かび上がる。
だが、同じくらい思考は落ち着いて、それどころか無意識に短剣を振り上げていた。
「っ——!!」
身を捻ってトウテツの噛みつきを躱し、返しに振り上げた短剣で逆に喉元を斬り裂く。
刹那、トウテツが掠れた叫びを上げ、傷口から鮮血が飛び散る。
倒れたところを間髪置かずにもう片方の短剣を胸部に突き立てれば、今度は声を発することなく地面に伏した。
断末魔はなかった。
暫し全身を痙攣させた後、やがてぴくりとも動かなくなり、トウテツの肉体は黒い塵となって霧散した。
紫色に輝く小さな結晶……魔核をその場に遺して——。
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