22話 喧騒

「……じゃあ、そのパーカーで決まり?」


 すこし首を傾けて聞くレイ。

 やっぱりどこかぎこちない気がする。私も同じだけど。


「ぁ、うん。これにする。」


 なんだかよくわからないけど、普通に言おうとしただけなのに声が少し大きくなってしまった。

 そういえば、あの子といたときも「声が大きい」って怒られてたっけな。


「なら決まりだね

 一応、試着したままお会計できるけど……」

「えっと、このまま着てく」

「分かった、準備が終わったら出てきてね」

「うん……っと、もう魔法解いても大丈夫だよ」


 ずっと魔法であたためてもらうわけにはいかないし、この格好でこの魔法だと少しだけ暑いから。

 それにしばらく着ていたい気もするから……なんでかは、わからないんだけど。

 レイは軽くうなずくと、私にかけてあった魔法を解いた。


 後ろを振り向き試着室の中を覗く。

 着替えもシャツの上から着ただけだし、荷物も特に持ってきてない。

 だから多分大丈夫だけど、一応忘れ物とかがないか確認し、靴を履いて試着室から出た。


「えっと、おまたせ」

「ん、じゃあレジに行こっか」


 カーテンを閉めて、レイのほうに駆け寄っていく。

 舞い上がってるのかな。もしかしたら、顔が緩んでるかも。


「……なんか、緊張してた?」


 反対に、レイの顔はちょっと硬い気がした。

 最初に服を見せたときもなんだか様子が変だったし、何かあったのかな。


「へっ?

 いや、別に何も……?」


 少し動揺してる。やっぱり心当たりはあるのかな。

 でもレイは教えたくないのかな、すぐに誤魔化しちゃった。


「……そっか」


 気になるけど……無理して聞くのはやめておいた。

 レイが嫌なことはやりたくないし、それで嫌われるのも嫌だから。

 それに、そう言う感覚は私もあるし。


「すみません、この服を買いたいんですけど……」


 入り口の近くに戻っていくと、店員さんを囲むカウンターの前につく。

 レイは店員さんに声をかけて、私の着ているパーカーを指さした。


「かしこまりましたー」


 店員さんはカウンターの上に乗り出して「失礼します」と言い、私の後ろに手を伸ばす。

 フードについてるタグを見ようとしてるんだろうな、なんて予想して振り返ると、思った通りバーコードに読み取り機をかざす。

 その流れでループを切ってタグを取ってもらった。

 レジのモニターを見ると1900円と書かれていて、相場は日本円と変わらないみたい。


 レイが出したお金もなじみのある紙幣。

 描いてある人は全然違ったけど。

 やっぱりここ、日本なのかな。


「これでよし。

 次は魔法店に……と思ったけど、その前にもう1つ。先にこっちの用事済ませちゃおっか」


 店を出て、思い出したようにレイはそう言った。


「用事?」


「うん、用事。

 今の明日香は、身分を証明出来るものが何も無いからね」


 確かにそれは大事かもしれない。

 仕事とか学校とかも戸籍?とかそういうのがないとできないらしいし。

 ここの法律が元の世界と同じならだけど。


 そうして考えてる間に、レイはスマホを取り出して何かを検索していた。

 多分、役所とかそう言うところを探してるのかな。


「ん〜……

 まぁ魔法店に行く時だけ、転移で戻ってきてから歩けばいっか」


 そう言って、レイは私たちの足元に光を展開する。

 円の中の六芒星と変なマーク、もう見慣れちゃったいつもの魔法陣。確かあの本にはルーン文字って書いてたっけ。


 その陣が青く光った瞬間、五感がだんだん遠くなる。

 視界が真っ白に染まって、周りの音がキーンと高い音に変わっていく。

 気が付けば、目の前にはガラス張りの大きな建物があった。


「やっぱり、遠い場所に行くにはこれが1番だね」


 服屋の前なんかよりずっと人通りが多くて、足音や車の走る音がそこらじゅうで鳴っていた。

 楽しそうな人、しんどそうなひと、苦しそうな人、何も感じてない人。

 目を瞑っても耳を塞いでも感じてしまう、いろんな感情と魔力。


 ずきりと、頭に痛みが走った。


「――?」


 降ろしていた左手から、暖かい感覚がした。

 その感覚は指から腕、身体中に広がり、やがて全身を包む。

 すると周りの魔力が見えにくくなって、気持ち悪いのが少しづつ落ち着いていった。


「はい、これなら少しは大丈夫かな?」


 少し驚いてそこを見ると、レイが私と手をつないでいた。

 私を包んでいるこの暖かさも、きっとレイの魔力なんだと思う。


「えっと、ありがと」


「どういたしまして!」


 明るい笑顔で、レイはそう返した。

 正直に言うと、ちょっと恥ずかしいかもしれない。

 誰かを手をつなぐことに慣れてないから、かな。

 たいして距離は変わってないのに、レイがすごく近くにいるような気がする。


 少しだけ緊張しながら、私たちは役所のビルの中に入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る