9話 はじまり

 見覚えのある暗い路地の裏。

 ざわざわと街の音が聞こえてくる。

 夜のとばりと繁華街のネオンを背に、変な臭いに包まれて私は立っていた。


 目の前には、懐かしい友達がぼろぼろになって寝ている。

 服が破れて恥ずかしいところがほとんど丸見えになっていて、顔がいろんなもので濡れてぐちゃぐちゃ。

 口にはガムテープが貼られていて、目はなんだか赤くはれてどこを見ているのかわからない。


『―――』


 近づいて、声をかけようとする。

 けれど体が見えない何かに縛られているみたいで、びくともしない。

 なんとか身体を動かそうとするけれど、ただ震えるだけで何もできなかった。


 それでも必死で声を絞り出して、友達の名前を叫ぶ。

 その瞬間、友達は脱力したまま光のない目をぎょろりと向ける。

 目の前がだんだんまっくらになっていって、反対にあたまの中がまっしろになる。

 そして懐かしい友達の声が、止まっているあたまの中に響いた。


『―――人殺し』


―――

――


 気が付くと、見知らぬ部屋にいた。

 心臓がどくどくとうるさくて、息もなんだか苦しい。

 しばらくその呼吸を続けて、ようやく夢を見ていたことに気付いた。


「……」


 久しぶりの、そして懐かしい夢だった。

 一人しかいなかった友達を亡くしたときの、忘れられない――忘れちゃいけない記憶。

 私のせいで、かけがえのない人が死んだ瞬間。


 何度も見たものではあるけど、起きたときのきもちわるさはいつまでたっても慣れない。

 頭の中で「人殺し」と、あの子の声が反響する。

 実際に言われたわけじゃない。でもきっと、向こう《あのよ》でそう思われてる。

 ――それほどのことをしてしまった。


「――、――」


 落ち着くために深呼吸をして、周りを見渡すことにした。

 木目が残った天井、木の温かみを感じる壁、窓から入ってくる涼しげな風……

 ああ、そういえば、異世界に来てレイの家に泊めてもらったんだっけ。

 少しづつ、思い出してきた。


 横を見てみると、優しくて少し子供っぽい寝顔があった。

 すう、ととても穏やかに寝息を立てている。

 窓から差している陽の光がちょうど顔を照らしていて、若干きらきらしているようにも見える。


 起きているときはすごく大人っぽい雰囲気だけど、寝ているときは見た目の方にイメージが引っ張られるのかもしれない。

 息は乱れてないし特に緊張もしてないみたいだから、多分私とちがって悪い夢は見ていない。

 たぶんレイはベットで寝るのに慣れているんだろうな、と思った。


「……んぅ」


 見ていると落ち着くので眺めていたら、うっすらと瞼が上がって宝石みたいな目が見えた。

 ぼーっと寝ぼけている様子をみていると、同い年じゃなくてそれより下なんじゃないかと思えてきた。


 もしそうだったら、昨日は年下に宥められてたことになる。

 ……なんか、すごく情けない。

 いつものことではあるんだけど。


 なんだかいたたまれなくなったので、そっとベッドから降りた。


「ん~っ……くぁ……」

 

 レイは寝ころんだまま大きく伸びをした後、ため息と一緒に全身の力を抜く。

 薄いけど目は開いてるから、頭の中で思考を整理してたりするのかな。

 起きるのに時間がかかるってことよく眠れたってことなんだと思う。

 邪魔になってなかったみたいでよかった、と安心した。


「……えっと、おはよう?」


 なんて声をかければいいのかわからなかったからそういったけど、疑問形になってしまった。

 レイの言い方にもやもやしてたのに、と思う。

 言い方が移っちゃったのかもしれない?


「ん……おはよ、明日香」


 軽めに挨拶を済ませて、レイはちらっと左側の壁に目線を向ける。

 つられて私も見てみると、時計が10時をちょっと過ぎたくらいを示していた。

 店は大丈夫なのかなと思って、ベットから降りたところのレイに「喫茶店は……」と聞いてみる。


「今日は他のスタッフさんがいるから、寝坊しちゃっても平気だよ!」


 なんて答えるレイは少し得意げに笑っていた。

 なんというか――他の人に任せっきりになっているみたいで気が引けるけど、店長さんが言うならそれに従おう。


 ……なんて私が考えていると、レイは何かに気付いたように右手に顎を当て、考えているような動作。

 なにか不都合とか、まずいことがあったんじゃないかとひやひやしてしまう。


「せっかくだし、お仕事の見学でもしてみる?」


 そういえば、と言う感じの提案を聞いて、さっきまで考えていたことが杞憂きゆうだったことに少しだけ安心する。

 多分これかしてもらう事とか他の人が何をしているのかとか、そういうことを魅せるために行っているんだろうなと予想する。

 私も知らないことをやってと言われてもできないので、この提案は正直ありがたい。


「じゃあ、行ってみる」


 数秒の間をおいて答えると、「了解」と簡潔な答えが返ってくきた。

 でも、少しだけ様子が不自然だった。

 そのまま出かける準備をして喫茶店の方に行くと思ってたんだけど、レイは私のことを上から順に見るだけで動かない。


「……それじゃあ一応、お風呂とか入ろっか」


 目線を私の目にもう一度合わせて、レイはそういった。

 そういえば、一昨日からお風呂に入れてない。

 それに厨房とか衛生面が大事なところにも入るだろうから、体はできるだけ洗った方がいい気がする。

 私は一言「うん」とだけ伝えた。


 ただお風呂に行くにはちょっと問題が。

 着替えは調達できるまで同じものを使うとしても……


「……えっと、お風呂ってどこ」


 場所がわからなかったら入りようがない。

 うろうろして探してもいいんだけど、それだと見られたくない物とかも見てしまうかもしれない。


「えっと、部屋を出て左に階段があるから、そこを降りる。

そしたら正面に玄関があって、その横に脱衣所とお風呂があるよ」


 レイの説明は分かりやすかった。

 多分場所と方向を一緒に説明してくれているおかげなんだろうな。

 感心しつつ、ずっとここにいても多分迷惑だろうから、「ありがとう」と一言伝えて出入りの扉へ歩いていく。

 そのまま手をかけて廊下に――出ようとしたところで、後ろからがたごとと物音がした。


 何をしているのか少し気になって後ろを見てみると、クローゼットからいくつかの服とタオルを用意していた。

 「私の後に入るのかな」なんて思いつつ、ずっと見ていても仕方がないのですぐに向き直ってお風呂へ向かった。

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