第7話 友達

ホムンクルスには、生まれながらにして特殊能力が備わっている。身体能力の部分強化、発火や電流を生じさせる力、果てはテレパス等と様々。


しかしそれは……”原初の細胞”から生み出された者達に限られた話であり、何故そのような事象が起こるのか、そもそも細胞の持ち主がどの様な存在であったのかといった謎は、現時点では殆ど明らかにされていない。


まぁそれは置いておいて、つまり。



「じゃあお前は………”無能力”って事なのか!?」


「もーーー。呼んでよ哉太。さっき決めてくれたでしょ?」


「あ、あぁ………悪い。な……那奈美ななみ




食堂に到着してから早10分弱。俺達はそこらのクソデカ総合体育館並みに広大な建物内のほぼ中心辺りに座り、話をしていた。


内容はまずこれからの学生生活や居住について。俺達二人は当面研究所が所有する学生寮へと住まわされる様だ。


次に、名前。……基本的に、学生として行動していないホムンクルスは非常に稀で、特に彼女の様な徹頭徹尾研究所に行動を管理されているケースは皆無。そして警戒され続けていたせいもあり、名前すら付けられていなかったらしい。


………俺も無い知恵を絞って考えたが……どうやら埜乃華が勝手に、以前から彼女の許可なしで”那奈美”と呼んでいたらしく、せっかくなので俺もあやかってそう呼ぶことにした。



「”ののか”だから、似た感じのニュアンスで”ななみ”って事か……?」


「あまりに安直すぎて、名前呼ばれるたびに嫌な顔してたんだけど………哉太が呼んでくれるなら那奈美でも良いよ!!」


「悪かったね安直で」




不貞腐れた表情で、毎日頼んでいるという爆盛りカツカレーの最後の一口を口に入れる埜乃華。品が出てきた時は”そういう怪物なのか”と思う程巨大だったカツカレーが、この10分で跡かたなく消えてしまった。



「じゃあ、あの時の身体能力とか、毒への耐性獲得は……?」


「一応、唯一の能力……っていうか体質で、強制的に体内の細胞分裂を操作できるから、それで筋組織とか体内酵素とかを強化したって感じかな」


「それを”体質”で片づけて良いのか………?っていうか埜乃華、お前一体どんな技術で……」





「あ!!埜乃華先輩!!」





食堂内に響き渡る甲高い声。軽やかな足音と共に、俺達の席へ白衣の女性研究員が一人慌ただしくやってきた。



「なんだ、東雲か」


「なんだとはなんですか………あれっ!?お二人は……?」



紺色の一番シンプルで分かりやすいアイマスクを額まで上げた、ぼさぼさの黒い長髪で何故か白衣まで着崩れている彼女。半開きの眼を擦りながら、俺と那奈美を交互に見た。



「彼は、私の同級生の富和哉太。そして彼女は………」


「哉太の絶対的本妻の最強ホムンクルスでーーーす」


「えっ………!?哉太さん……って、確か脱走したホムンクルスがテレビで言ってた名前………ってことは!!!あなたがその、ホムンクルスなんですか!!?どうしてぇ!?」



8割増しのオーバーリアクションで目を見開く東雲という研究員。……それを見て埜乃華は嘆息して口を開いた。



「さっき室長から研究室全員に報告されてる筈でしょ……?何してたのアナタ……」


「そりゃあもう他の追随を許さぬ程の爆睡を………」


「誰も追随しないって………。頼むから、重要連絡くらいは耳に入れておいて」


「善処します」


「埜乃華って事は、一年生……なんだよな?………実は俺とこの子………那奈美も、二人でここに入学することになったんだ」


「先輩と同級生って事は、浪人されていたんですか?」


「グッッッッッッッ…………!!!そ、そうか………君はあれか…………か………」




微塵の曇りも無い純粋な問いかけに、不意打ちの特大ダメージを喰らう。そうだ。当然我々は一年生として入学………特に俺の場合は金輪際周りが年下だった………。埜乃華に至っては先輩だ。



「え!?す、すみません!!何か失礼な事を……」


「いや!!!いいんだ気にしないでくれ。取り敢えず……これからよろしくな」


「はい、よろしくお願いします。…………そして……」



東雲さんは、清らかな笑みを湛えたまま俺に握手を求めた。それに応じると……続いて、那奈美へも右手を出し、一層微笑む。



「宜しくお願いします。那奈美さん」


「…………」



明らかに不機嫌そうな顔をしつつ、その握手も完全にスルーしようとしていたが……俺が無言の圧力を掛ける事によってなんとか那奈美はその右手を取ってくれた。



「………かわいい……」


「はぁ?………な、何言ってんのよ急に……」


「あ!す、すみません。私………新入生で、まだホムンクルスの方々と交流したことがなく……そして、貴女の事についても噂でしか聞いた事がありませんでした」


「ど、どんな噂……?」


「”軍すらも潰せる”とか、”どんな毒も効かない”とか………そんな根も葉もなく非現実的な噂です」



いや、殆ど事実だよな………と言いかけたが、まだ彼女の話は続いていたのでそっと言葉を呑み込んだ。



「正直貴女の事を勝手にめちゃくちゃ怖い人だと思ってて、脱走したって話を聞いた時も、出動する埜乃華先輩を本気で心配してました」


「…………そりゃあ、私はホムンクルスだし、実際今でもやろうと思えばいくらでも怖い思いくらいさせられる。………正直哉太以外どーでもいいし、ホムンクルスなんかと無理して交流深めなくていいって」


「ホムンクルスであることが、仲良くなれない理由になり得るのですか?」



一層彼女は、那奈美に詰め寄る。



「別に、種の違い程度の事を恐れていた訳ではありません。それに……哉太さんや埜乃華先輩は、随分仲睦まじい感じでしたけど……」


「哉太は特別だし。……まぁ埜乃華も一応」



小さい声で”一応て……”と呟いた埜乃華を見逃さなかった。



「じゃあ私も特別になれる筈です!宜しくおねがいします」


「………」


「よろしく!!」


「………」


「よろしく那奈美ちゃん!!」


「あーーーーーもうしつこい!!!分かったって!!!宜しく!!!」



ヤケクソ気味で、改めて差し出された右手を……今度は乱暴にとってブンブン縦に振る那奈美だった。







「はぁーーーーー………何だったのあいつ……」


「まぁ、だいぶこう……ストレートな感じの子だったけど、悪い人ではなさそうだし良かったじゃないか。……早速俺達にも大学の友達が出来たな」


「友達なんて要ら……………っていうか、哉太」


「えっ?」



東雲さんが食堂から去った後………半ばグロッキー状態な那奈美が、急に表情を無に変えてこちらに顔を迫らせてきた。



「…………5秒」


「な………何が?」


「あいつと秒数」


「握っ………!?いやいや、社交辞令の握手だろあんなの!なんでそんな睨むんだ!?」


「後でその右手、ちゃんと滅菌させてね。……そしたら私の両手で上書きしてあげるから」



謎の提案をつらつらと述べる彼女。


困惑し慄く俺を見て、埜乃華はいつの間にかおかわりしていた爆盛カツカレーの一口目を頬張りながら呟いた。



「病んでるねぇ………


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