第5話 再会
「…………改めて、久しぶりだね哉太」
「あ、あぁ………本当だな」
車内に乗り込み、走行し始めてから凡そ1分後。
8人乗りの車両の最後尾に俺と埜乃華が並んで座っていた。こちらの車両には処理班の班員たちは搭乗しておらず、貸切のような状態だった。……そして、当の彼女とはというと……
「おいこらーーーー!!!貨物か私は!!ちょっと埜乃華!!研究所には戻らないって……」
「あら、哉太の意思に逆らってまた私たちに追われるのがお望みなの?」
「ぐっ………そんな……哉太に逆らったりは……」
「なら……これだけ迷惑かけたんだから少しは我慢して大人しく出荷されなさい」
「……」
俺達の更に後ろ、すなわちトランクへと放り込まれていた。ほぼ無意味だが軽い拘束を施されている様で、何だか絶妙に申し訳なくなってしまう光景である。
「室長………に話するって言ってたが、こいつの安全は保証されるのか?」
「えぇ。少なくとも殺処分とか、さっき水島が言ってたような非人道的な処遇にはならないしさせない。安心して」
「そ、そうか……」
「………月並みな感想だけど……色々変わってないようで安心した」
「ハハ、お前もな。相変わらず絶望的に表情が無い所とか。………あん時のインタビュー、放送事故並みのポーカーフェイスだったぞ」
「あれはアナウンサーが悪いの。本当に失礼な人だったんだから」
少し頬を膨らませ、持っていたタブレットを抱え込む。そして窓の外へと顔を向けると、落ち着いた声色で言葉を続けた。
「今年も受験してたんだね。………忘れてなかったんだ、一緒に研究所に入るって約束」
「初めて浪人した時から既に破っちまってるけどなぁ………。でも、約束以上に俺の夢だからな。ホムンクルス研究は」
「………約束以上に………?」
「え!?何で急に睨むんだよ……」
「ていうか哉太、もう言うけど高校二年生の半ばくらいから不自然なくらい私と話してくれなくなったよね」
「………いやそれは……」
「いつの間にか通学路も遠回りの別ルートに変えてたし、学校でも目も合わせてくれないし、電話にも出なくなったし。………あ、でもあの時私のスマホ奪って掛けたあの子の電話には出たよね?どういう事?ねぇ」
「いやいやいや顔近い顔!!無表情で捲し立てるな!!…………それに関しては……ごめん。あの時は……まぁ今もだけど、お前がどんどん先に行っちまってる様な気がして………何か面と向かうと、自分の駄目さに辛くなってたんだ。………しょうもない理由で尚更ごめん」
「………でも、成績は倫理以外全然問題なかったじゃん」
「一応無能なりに、死ぬ気でやれる事はやってたんだ。………まさか地雷一つのせいで落ち続けてたとは夢にも思わなかったが」
「大学入ってから、データベースで哉太の受験時の解答見て呆れたよ。……私みたいに、一時的にでも建前で解答しておけば……今頃同期だったのにね」
「勝手にデータベース覗くなよ………。てかお前!!さっきドローンの奴に”主任”とか呼ばれてなかったか!?この一年でどんだけ頭角表してんだよ!!」
「いやぁ、参っちゃうよね」
鉄面皮のまま右手で小さくピースサインをする彼女と、そのドヤと相変わらずの才能に呆れ果てる俺。………数年ぶりだというのに、立場で見れば彼女は雲の上の様な存在になってしまったのに、今この瞬間だけは、あの頃の様に平等な空間に居る気がした。
「おいこらーーーーーーー!!!何良い感じに会話続けてんのよ!!トランクに縛り上げられたホムンクルス載せといて何でそんな雰囲気醸し出せるの!!?ちょっと埜乃華!!私を差し置いて哉太とんむんむ……んぐぅ……っ」
「はーーーい静かにしてね今取り込み中だから」
突如暴れ出す彼女の口元を、トランク側に身を乗り出してまで思い切り押さえつける埜乃華。
「…………一つ、聞いていいか」
「何?………まぁ、大体分かるけど」
「………自分自身の体細胞から……って話………本当、なのか?」
「えぇ。紛れも無い事実。君が知ってる通り完全に倫理規則違反。………メディアにまで知れちゃったし、室長に話を通した後……私には退学まではいかないだろうけど、かなりの処分が下されるだろうね」
「………理由を聞いても……良いか?」
「ダメ。………今のところは」
「な、何だよそれ。今のところはって……」
「あ!私知ってるよ哉太。教えてあげよっかー?」
「言ったら痛覚連動したまま等身大の剣山にお布団ダイブするから」
「……………そこまで……?」
口を押える埜乃華を振り切り後部座席側へと顔を出した彼女だったが、決して冗談ではない剣山ダイブ発言に半ばドン引きして、今度は自主的にトランクへと身を沈めていく。
「ま、まぁ……一般人の俺が野暮な事聞けるわけないもんな……悪い……」
「そのことだけど………哉太はもう、一般人じゃないよ」
「………え?」
………そう一言言い放ち、埜乃華は口を噤む。
明らかに不穏な空気を感じ取った俺は、その後も延々と”どういう事!?”だの、”聞いてる!?”だの、”何でこっち見ないの!?目線下さい目線!!”だの呼びかけたが、彼女は”着いてから教えるね”だの、”聞いてはいる”だの、”………(目線だけはくれた)”といった反応を浮かべるだけだった。
◇◆◇
「失礼します。富和室長」
形式的なノックの後に、一人の男性研究員が或る一室へと入る。
室内奥に一つだけある机、そこに設置された二枚の液晶モニターを交互に見る片手間に、机上へと肘を突く長い赤髪を湛えた白衣を着た女性が、”あぁ”とだけ返事をした。
「………聞きましたよ。脱走したホムンクルスの行先………まさか貴女の甥の自宅だなんて……」
「ははは!!全く、退任前にとんだサプライズが舞い込んだものだ。……まぁ幸い怪我も無いようで、本当に良かったよ」
「いやいや甥っ子さんは無事で何よりですけど、我々は問題ありまくりですよ!!今回の事件で世間的にもホムンクルスの危険性が輪を掛けて知れ渡ってしまったんですよ!?どう収集を付ければ……」
焦りと危機感を孕む研究員の叱咤に、彼女は再び高笑いを浮かべる。
「日々のゴシップを見てみろ、1000:1くらいで人間の方が問題を起こしているじゃないか」
「そういう話では……彼らは人間以上の危険性を……!」
「危険性を持たぬ生物など居ない。その上で我々が”共存”という形で制御すればいいだけだ。………まぁ、今回は失敗しちゃったけど」
「しちゃったけど(テヘッ)じゃありませんよ!!ったく………テキトーな事しか言わないんですから貴女は………」
「………まぁ落ち着き給え。”共存”というテーマについて、今回の事件はむしろ一つのカンフル剤になるかもしれないよ」
「何を言って……………ん?室長、その書類は?」
机上に置かれた2枚の書類。双方の右上には……それぞれ富和哉太と、いつ撮ったかも知らない、埜乃華と瓜二つなあのホムンクルスの顔写真が貼られていた。
「さっき、処理班と共に出ていった樋口主任から端的にだが報告と提案があってね。………これはその提案を呑んだ結果さ」
「えっ…………それまさか、彼と彼女を………”入学”………させるつもりですか……?」
「そうなるね。……これまで全く制御出来なかった彼女が、唯一哉太の指示には全面的に従って動いた。そして彼も、彼女の保護者を名乗り出ているらしい。………なら、研究所に縛り付けて御守をさせるよりも、いっそ学園に入学させた方が……ウチを受験していた哉太にとっても都合が良いし、制御が叶った状態で環境を変えれば、彼女の更生も望めるかもしれないだろう?」
「いや……あの……」
「何か不満かね?……確かに研究員としては心構えに欠けるかもしれないが、哉太の成績は樋口主任にも引けを取らない……」
「そ、そうではなく……………、その書類………二人共同じ学部に……入学させるつもりですか………!?」
「ん?……それが何か?」
「いやいやいや!!彼をホムンクルス側の学部に入れるって事ですか!?」
その一言に、彼女はとぼけた顔を以て反応する。そして数秒の沈黙の後……写真の中で引き攣った笑みを浮かべる哉太と目を合わせて、囁くように口を開いた。
「楽しくなりそうじゃないか。なぁ……?哉太」
「ちょっと!!話聞いてんですか室長!!!……おぉい!!!」
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