最強の天才魔女が、能力を隠した非才の魔女に溺愛されて解釈を押し付けられる話

鳩見紫音

プロローグ「人喰い迷いの森《レディオン・フォーレ》」

第1話

「焼き裂ける閃雷アレイアーク


 森林の中を無数の雷が枝葉を焼き焦がしながら標的へ突き進む。


「ぐあっ!」


 そして雷の弾ける音と共に魔導師の老爺が悲鳴を上げた。


「人喰い迷いのレディオン・フォーレのマグヌスだな」


 人喰い迷いのレディオン・フォーレ、迷い込んだ人間の魔力を吸いつくし殺す森林。


 それは吸った魔力の分だけ拡大し、範囲を広げて一般人の使う交易路に危害が加わりかねないスケールへとなっている。


 そんなものを作り上げた魔導師の老爺を、金色の魔女は箒の上で仁王立ちをして見下ろす。


 足がちぎれ倒れている彼のことを疎むように見つめている。

 まるでゴミを見るように。


 魔女の視線の先で呻きながら男は言う。


「なんだその名前は……私はただのマグヌスだ」


「魔導師につけられる忌み名だよ。この森で何人食った。答えろ」

「知らん……覚えてないな……けひひ」


 絶体絶命な中で悪巧みをするように笑う老爺に、魔女は嫌悪で腹の奥を満たす。


 魔導師というのは、名前の通り魔へ導かれた存在を表す。

 研究や魔法に没頭し世界のまだ見ぬ真理を覗くため、彼らは等しく人間性を捨てており、理性が壊れている。


 会話をする気がないのか。ハァと嘆息しながら彼女は口を開く。


「まぁいいけど……どっちにしろ殺すし」


「やれるものならやってみろ……この森にいてあの出力の魔法を何発打った?……その時点で貴様の魔力はもう限界じゃろうて……!」


 ケヒっと枯れたような声で喉を鳴らして笑う。


 通常10分もすれば生き物の魔力を食い尽くす森林で魔導師は30分も逃げて時間を稼いだ。


 さらにその最中も魔法を幾度も撃ち合った。

 食った魔力を利用できるその男と、吸われ続ける金色の魔女で勝負は明白。


 ……のはずだった。しかし。


 這いつくばった魔導師は気づく。

 目の前で箒に乗る魔女への違和感の正体に。


「……待て。そもそも貴様なんでそんな普通にしていられる! 魔力は絶えず吸ってるはず……っ!」

「あー。魔力に関しちゃまだ問題ねえよ? まぁでも確かに長居は良くねえな。居心地が悪りぃ」


 当の魔女は不調の様子を見せていない。

 さらには箒から降りて倒れる彼の顔を覗き込み不敵に笑ってみせた。


 まだ余裕だぞ。嘘じゃない。

 魔女のその表情から言葉を読み取った魔導師は顔を歪めて慄いた。


 マグヌスの中で彼女の異様さの解像度が上がっていく。


「お前……まだそんな……! そうか……噂の……暴の魔女!」


 さらに追い討ちをかけるように彼女は腰から短い杖を空へ掲げる。

 すると彼女の魔力が火のマナと混ざり合い熱を帯びる。魔女の頭上、木々を超えた空に大きな火球が形成され、そこから赤い光が差し込む。


「その魔力は……っ! まだそんなっ……!」

「じゃあな。魔すら灼け祓う隕炎イル・ゴーウェン・ラウド


 その瞬間、頭上の火球が真っ直ぐに下降し、森を飲み込み、地面にぶつかり弾けた。


 辺り一帯が焦土となる極大の炎熱。

 しかし、ただ1人の魔女だけがその中心で無傷のまま立っていた。


 魔法界最強の冠を持つ金色の魔女。


 その細く白く幼く見える身体に、大地を飲み込みほどの膨大な魔力を保有する。

 そしてその魔力はマナの主要六属性全てに適合し、最速で魔法を起動できる純粋な魔力性質を成す。


 魔法都市ベルトウッドを守る魔法院直轄第3遊撃隊隊長、暴の魔女シンシャ。


 彼女は周囲を眺め、事態の終息を確認する。


「……終わりだな。はぁ、疲れた」


 自分の周囲を覗き半径3キロほどの区画を焼き尽くした彼女はその光景を見て嘆息しその場に座り込んだ。


「シンシャ様!」


 そして、ゆっくりする間もなく部下の魔法使い達が箒に乗って集結する。

 部下は焼け野原の中にポツンと魔法使いの少女が座り込んでいても、決して心配はしない。


 彼らはその焼け野原を一目見て、シンシャの魔法によるものと分かっている。


「終わった。後始末を頼む。少し派手にやりすぎた」


 金色の魔女は周囲の魔法使いに指を差し、森林の焼き残しの処理を指示すると、ゴロンとその場に寝転んだ。


 周囲の魔法使い数名はその通り焼き残された木々の根が残っていないかを確認に飛ぶ。


「たった1人でほぼ全部を焼くなんて……というか外から魔法で焼いても良かったのでは?」


 1人残った副隊長が声をかける。


「私を中心にしなきゃ制御がむずいんだよ。あのジジイのそばなら思いっきりぶっ放しても問題ねえ。あっ、そこ。その煤がマグヌスがいたとこ」


 杖でクイクイと指して見せると、副隊長の青年は顔を引き攣らせた。


「はぁ……よく思いますが、これ僕らの意味ないですよね……?」

「今回は魔力を吸い上げて衰弱させる魔術なんだ。私1人で突っ込んで中からボン! が1番手っ取り早えの」


「たしかに……えぇそうですね。まぁ自分は楽で助かります」

「だろ? まぁ数が必要な時は頼るよ」


 シンシャがそうやって口角を上げて伝えると、思い出したように副隊長は懐から一枚の封書を取り出した。


「あぁそうでした。待機中に治安管理部より……またお手紙が届きました」

「治安管理部……」


 唯一の天敵がいる治安管理部からの手紙に不安に思いながら手紙を開く


『やぁシンシャ! 愛する君にお願いがあるんだ。仕事中らしいけど、終わり次第すぐに魔法院へ来てくれ。君の愛するフリージアが待っているよ——』


 あまりにもあっけらかんと書かれたその内容と、後半に書いてあったいらない長文が差出人の口調で脳内再生され、手の届かない部分を掻きむしりたくなるような苛立ちが増す。


「……焼いて捨てろ。灰は治安管理部の入り口に撒いとけ」

「いいんですか……?」


 治安管理部とシンシャ様は協調関係ですよね? 次の案件を振られているのでは? と最終確認のようにこちらを見る副隊長のカムラン。


 そこには「どうせ行くんでしょ?」と言った雰囲気まで滲ませている。

 それがなんかムカつく。


 ムカつくけど、まぁ正しい。


「あぁくそ! 行くよ!」

「相思相愛……なんですね」


 苦笑いしながら言う青年を魔女は睨みつけた。


「死ね! 私は行く。焼き残すなよ」


「分かりました」


 これはそんな魔法界最強の魔女と、彼女を溺愛する魔女が魔法界の秩序を守る物語。

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