サボり推奨条例
とある国で新しい条例が施行された。それは労働に対して一定の「サボり」を推奨するというどの国でも見た事のない異例の条例だった。この条例を発表した大臣は「我が国の民は勤勉で労働に忠実だが、休むことを知るべきだ。従ってこの条例は国民に休み方を示すための必要な措置である」と会見で述べた事で多少の混乱も起こったが、大多数の国民はこのサボり推奨条例を受け入れた。
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条例が施行されてから最初の数か月は国民は戸惑いながらもサボりをしようとした。それはトイレ休憩を長めに取ったり、営業回りで寄り道したりと小さなものだったが、国民は僅かばかりの心の余裕を得る事ができていた。
「おい、今日はどうやってサボる?」
そんな言葉が労働者たちの間でよく聞かれるようになった。その言葉を皮切りに如何にしてサボりをするべきか議論が始まる。そしてその日のサボり方を決めていった。条例は上手く機能しているように誰もが感じていた。
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条例施行から半年以上経つと、国民は仕事とサボりのバランスをうまく調整できるようになっていた。必要な仕事をこなしながら器用にサボれることが社会の新たなステータスとなっていた。サボりをしないで労働ばかりしている者は次第に心の管理ができない無能として見られるようになっていった。国民は休むことを覚えた事によって心に余裕をもって仕事に取り掛かる事ができ、結果として生産力が上がった。条例を施行した大臣は会見で「国民の質はサボりによってより良くなった」と発言し、やや物議を醸したが大多数の国民はその発言を受け入れた。
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条例が施行されて1年が経った頃、政府の総選挙が始まった。現職の大臣はサボり条例の実績を強調して続投を狙っていたが、そこに対抗勢力が現れた。それはサボり条例の廃止を掲げる議員で、「サボり条例はいずれ破綻し国民は堕落して国の威信は地に堕ちるだろう」と主張した。しかしサボる事が当たり前となっていた国民はそれを過激な発言として見向きもしなかった。結果として現職の大臣が当選しサボり条例の維持が確定した。しかし奇妙なことに国民の投票率はやや下がっていた。
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条例が施行されて5年が経った頃、国は世界的な金融危機に巻き込まれた。世界中が不況に喘ぐなか、国民たちはその逆境の中でどうサボるかを一番に考えていた。誰も状況を打開しようと積極的に動こうとせず、サボってる間に不況が終わる事を望んでいた。不況の中でもサボる事を止めなかったので、国の生産力は著しく低下した。
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条例が施行されて10年が経つと、国民たちは労働よりサボりに重きを置くようになった。やらなければならない仕事をどうサボるかを考え、自分の仕事を他人に押し付け合うようになった。今や労働よりどこまでサボれるかが社会の重要なステータスとなっていた。国民は新しい挑戦をやめ、現状維持を強く望むようになった。店舗や企業は不定期に休業することが当たり前となり、公共交通機関は時間通りに運行されることはなくなった。人々も他人との交流をサボりだした事で、孤独な人間が増えていった。条例を施行した大臣も会見をサボるようになり、テレビは何も放送しない時があった。
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条例が施行されて15年が経つと、国はすっかり落ちぶれていた。国民の労働意欲は底をつき、毎日を何も考えずに過ごしている。もはや誰もこの状況を打開しようと思わなかった。そんな意欲はとうに失われていたのだから。企業は殆どが倒産し、店舗も極僅かとなっていた。それでも国民はサボる事を止めなかった。なぜなら彼らは「勤勉」だったから。政府も国会を開くのをサボるようになり、時折外交問題も発生した。
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条例が施行されて20年目の日、国は財政破綻等が重なり国として維持できなくなった。世界は政府の承認を拒否したことにより、国は無くなった。近隣の国はその国の領地を併合していったが、住民のあまりの意欲のなさに驚愕し再教育を行う必要があると判断した。
国を併合した近隣諸国は共同で新しい条例を施行した。「サボり禁止条例」である。
しかしこの条例はサボることしかできなくなってしまった人々の心に火をつけた。サボりができなくなるのはいけないと暴徒化し、大規模な反対運動を実施した。事態を重く見た各国は軍を出動させてこれを鎮圧した。そして新しい条例を強行採決した。
人々はサボれなくなったことに絶望し、自ら命を絶つ者も少なくなかった。
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サボり禁止条例が施行されて30年が経った。意欲を失っていた人々は再び勤勉となり、各国は力を付けていった。しかし勤勉な人々は今度は休むことをしなくなった。企業や店舗は24時間開いているのが当たり前となり、公共交通機関は1秒の遅れでもクレームとなった。
国民は労働に囚われていた。事態を重く見た大臣はこれを解決するために新たな条例を発表した。
それは「サボり推奨条例」と言った。
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