第32話 カッコー
僕はテラサバンの作品を激賞した。
人は自分の存在より自分の作品のほうにうぬぼれが強いことは分かっていたし、劉備だってそうするはずだから。
いや、正直に意外なほど良い作品だったのだ。
あれこれやつから説明を受けていると、
「テラサワくん、事務室で先生が呼んでるよ」
と中年の男が話しかけてきた。テラサバンはゆっくりと左を向き、それから右を向いた。
「先生が呼んでるからいかなきゃ、ああ、そうだ、君も先生と面識があるじゃないか、いっしょにいこう」
そういうわけでニシガキのいる事務所とやらに二人で行くことになった。さっき日本酒を飲んだせいか僕はずいぶん気分が良かった。この美術館自体を自分のもののように感じていた。
展示スペースの奥まったところに事務室があった。
失礼しますと言ってテラサバンが入っていく、意外と狭い部屋で奥が給湯室になっていた。
両足を大きく開き中央奥にニシガキがすわっていた。やはりぬりかべにみえる。眼鏡のむこうにガラス玉のような小さな目があった。
「茶をいれろ」
そう言われたテラサバンはそそくさと茶をいれだした。
ニシガキはその茶を音をたてて飲んだ。座れともいわれないので僕らは壁を背にして立っていた。
会場で何かアナウンスが流れている、誰かを呼び出しているようだ。
ニシガキの後ろにずいぶん大きな窓があるなあ、西側なのに、と思った。
また一口やつは茶を飲んだ。
「それだけかよ!」
つい声を出してしまった。こいつはただ茶を入れさせるだけのためにテラサバンを呼び出したのだ。ぎょっとしてテラサバンがこっちを見ている、ニシガキは道ばたの吐瀉物を見るような眼でこちらを見ていた。
「茶くらい自分で入れろよ!どんだけえらいんだ、ちょっと病んでんじゃねえのか!」
声をあげる僕をテラサバンが青い顔をして、口を半開きにしてみつめる。
「先生だか、師匠だか知らねえが、そんなことで人間ひとり呼び出すな!」
ああ、これは僕がしゃべっているのではない、さきほどの日本酒がしゃべってるんだなあと、大きな西側の窓の光を感じながら思った。
テラサバンが直立不動で発言した。
「せ、先生!こいつは心裡留保なんです!いわゆる思ったことの逆を言ってしまうのです!」
西側の窓からヘリコプターの羽音が小さく聞こえた。
「人を奴隷みたいに扱って何が楽しいんだ!」
「僕も奴隷になりたいといっています」
テラサバンが声を重ねてくる。
「おれは傍若無人な高齢者ややたらえばる団塊の世代、バブル世代が大嫌いなんだ!」
「おれは天上天下で先生を一番尊敬しており大好きだと言っています」
「日本も北の国と変らねえよ、なんで将軍様をつくるんだ!」
「北の国が大好きで、将軍様マンセーといっています」
「あなたは儒教を悪用している」
「あなたを愛してると言っています」
ちょっと疲れて僕は黙った。テラサバンも黙った。
変なふうに感情的になりすぎてしまった。なぜこんな言いたい放題言ってしまったのだろう。ニシガキのことよく知らないのに。
どんっと、音をたててニシガキが茶碗を置いた。
飛び上がるようにしてテラサバンがおかわりのお茶を注ぎに行った。
ニシガキは三白眼で僕をにらみだした。ぬりかべにジャコウネコをねりこんだ感じになった。
それに気がついたテラサバンが、ニシガキの横にならび同じように僕をにらみだした。
かっこう、と窓の外から小さく鳴き声がした。おかしい、あの鳥が街中にいるはずがない。
だがタイヤがアスファルトを切る音の合間に、また、かっこう、と鳴き声がした。
僕はゆっくり部屋から出てった。
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