第24話 神

「テラサバン」


「うん?」


「なぜ僕たちの祖先のクロマニオン人は生き残って、同時代に存在していたネアンデルタール人は絶滅してしまったか知ってるかい」

 

 彼は大きな眼球をぐるぐる回しながら焼きうるめをかじっていた。そして酒を一口飲んだ。まだ目を回している、考えているのだろう。

 僕はつづけた。


「ネアンデルタール人はクロマニオン人よりはるかに体格がよく、身体能力に優れていた。そして知能は同じくらいだったんだ。残した遺物が物語ってる」


 彼は答えた。


「住んでいる地域がよくなかった、それと疫病」


「ちがう」


「繁殖能力が低かった」


「残念」


「………」


「答えは神をもっていなかったからなんだ」


「?」


「クロマニオン人は信仰、宗教をもっていた。だからコミューンとコミューンで同じ神のもと連絡、連携が取れる、たとえば飢饉や疫病なんかのとき助け合えるわけなんだ。反面、同一の形而上的概念をもたないネアンデルタール人のコミュニティーは、ほかのコミュニティーと相互扶助することができなかった。クロマニオン人が生き残れた理由は神なんだ」


 テラサバンは眼を見開きすこし口のふちをあげた。まばたきはしない。僕は話がとまらなくなっていた。


「なあ、テラサバン」


「ん?」


「君の神はニシガキさんなのかい、それともアートなのかい」


 あまり飲んでないのにがらにもないことを僕は話しはじめた。どうもテラサバンの奥行きのないラクダのような顔を見ていると、うんちくによる自己顕示欲求を抑えきれなくなるらしい。


「いやあ、考えたことなかったなあ、そうだねえ、アートっておもねったら終わりだものなあ」


 意外と頭の柔らかいやつだった。

 居酒屋での食事が終わったあと、あまり飲まなかった僕は、制作をするために教室に戻ることにした。なぜかテラサバンがついてきた。道中酒とつまみを買いに行こうという、アトリエで飲むつもりだろうか、僕は好きにさせておいた。

 テレピンでぐちゃぐちゃになって偶然できた人物画を見せた。

 テラサバンが僕を見る目が明らかに変わった。

 幻滅に言えばこれは僕が描いた作品ではない。学歴といいこの件といい、僕はどうやら嘘つきらしい。

 結局アトリエでは制作できなかった。なぜならやつと飲み続けたから。話の流れでいつかいっしょに現代美術をやろうということになった。

 僕は今まで現代美術で心から感銘を受けたことがない、といったら、それは勉強不足だよと言われた。自分の頭が自分で思っているより良くないことが再認識できて、少し晴れ晴れとした。



「やっとできたのかあ、よかった、よかった」

 

 ミツタカは笑って完成したレポートを受け取った。そして3万が入った封筒をもらった。

 事務室にはなぜかあおいとみひろもいて、あおいが実に哀れっぽい視線をたびたび送ってくる。

 助けることがかなわない溺れている犬を見るような目だ。

 みひろは手元のモバイルから目をはなさない、僕がいることに気づかないふりをしているようにみえた。

 レポートは書いているうちに興が乗り、かなりの枚数になった。


「枚数上限はなかったんだよな」


「いいんだよ、足りないよりずっといいよ、60枚以上あるなこれ、努力の結晶だと思われるよ、まじでおれ教授として雇われちゃうよ」


 みひろははじめて手元から視線をうつし、僕が書いた「私は私をふくめたすべての人間が憎くて憎くてしかたがないのです」を凝視した。

 題名が書いてある表紙をじっと見ている。黒目がちな目をあげ僕を見る。

 視線にほんのすこしだけ邪気があった。


「これあなたが書いたの?」


「読んでみたいの?みひろちゃんどうぞ」


 ミツタカが僕のかわりに答え彼女にレポートをわたした。

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