第22話 芸大
「お前芸大のどこの教室でとんのや」
何を聞かれているのかよくわからなかった。それよりもぬりかべ、ニシガキがしゃべれることができることに驚いた。
鳴くことしかできなかったんじゃなかったのか。
「おらぁ!早く質問に答えんかっ!」
小豆洗いが隣で調子を合わせている。どこの教室?専攻のことを聞いているのか、僕は黙っていた。
「今は知らんけどな、ふつう3年になったら誰かの教室につかなあかんねん、おまえ誰についとった」
ニシガキがゆっくりそうしゃべった。30人近くいるアトリエは不思議な沈黙につつまれている。生徒たちはみな視線をこちらに向けず、僕を注視していた。そのなかにあおいとみひろもいた。
「お前の出た芸大、どんな名前の先生がおってどんな制作しとった、答えてみろ」
静かだなあ、と思った。ニシガキがしゃべり終わると、とても深い沈黙がこの教室におりるのである。
「過去10年間の卒業生の中にお前の名前が見当たらんぞ、美学専攻も含めてな」
部屋全体の空気が透明な刃になって、肌をかすめていく、何人かの生徒が感情のない真っ黒な目で僕をちらちらとみる。内臓全体が収縮し押しつぶされていく感覚をおぼえながら、ほうほうのていで生き残っているまともな意識をかき集め、この場を何とかする打開策を高速で考えた。
「じつは僕は音楽学部だったのです」
こう答えたらどうだろう、だめか。
突然気がふれたふりをするのはどうだろう、だめか。
正直に話すのはどうだろう、だめか。ミツタカに責任を押し付けることになる。
めちゃくちゃ逆切れして怒り出す、だめだ、かなり無残なものになる。
ふと、みひろと目があった。ちょっと悲しそうで優しげな眼だった。
僕はいたたまれなくなり、教室から出ていくことにした。出ていくとき多くの視線が背中に突き刺さった。
そしてニシガキとその取り巻きの大爆笑が響いていた。
建物の外に出ると、冬のはじめにしては異様なほどまぶしい光が世界中を照らしていた。
はやく建物から離れたかったがゆっくり歩いた。
足元を風がゆっくり走り去っていく。このままバスに乗ってアパートに帰る気になれず、行先も決めずに歩いた。
地下鉄の入り口を過ぎて、緑地公園に足を踏み入れた。かなり大きな公園だった。そしてだれもいない。
樹木から木漏れ日が落ち、落ち葉が黄金色になっていた。
一人ぼっちで歩いていると、罪もないのに罰を受けているような気分になった。
ベンチがあったのでそこに座り、煙草に火をつけた。のぼっていく煙のむこうに青空があった。空がほほ笑んでいる気がした。
ジュースの自販機があったのでジンジャーエールを買った。
今どき珍しい瓶ばかりのレトロな自販機だった。
冷たい瓶を額にあてた。
この瓶が手榴弾だったらいいのになと思った。
いまからもどってすべて爆破するのだ。
あおいとみひろだけたすけて。
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