第14話
「えぇぇぇ! アーシア様と! お過ごしになるですか!」
「大きな声をだすとまた皇妃殿下に叱られるわよ」
花蘇芳の間で驚嘆の声をあげたミシェルを窘めると、ミシェルはぱっと手で口を塞いだ。皇妃殿下がここにいるわけもないのに、警戒してきょろきょろと辺りを見渡す様は小動物のようで可愛らしい。
ミシェルの振る舞いは令嬢としては失格だが、家格からして後宮を出たのちは高位貴族と接する場面もそうはないだろう。ミシェルはこれで良いのだ。
セレナはいま、花蘇芳の間で例のサロンにお邪魔している。
「まぁ……誘われたから。とくに断る理由もないし」
「もしかして仲がよろしいのかも、とは思っておりましたが、え、いつからお知り合いだったんですのッ!」
「ハルジェも落ち着きなさい」
アンジア祭の準備が本格的に始まり、それに伴って女官見習いのルナ・アーシアも忙しくなってしまった。蔵書室にもほとんど顔を見せず、暇を持て余したセレナはこうして連日、サロンの面々とお茶をしている。
アンジア祭は三日間に渡る。貴族と平民ではその内容も大きく異なるが、三日目だけは同じ。戦争により命を落とした兵たちの鎮魂を祈り、夜明けから日没までのあいだ、教会の鐘が等間隔で打ち鳴らされる。鐘が鳴り終わるまで屋外には出ず、祈りのために断食が行われるのだ。
「いつから……侍女に召し上げられた日からね」
「出会いはッ!」
「案内役がアーシア様だったのよ。綺麗なひとだったから、お友だちになってもらったの」
あの初日を思い出したことで、セレナはふと思い至った。最初から、セレナは仮面を脱いだルナ・アーシアがお気に入りだった。そのあとの紳士気取りの態度にはがっかりしたが。
「夜会も一緒に出席するんですか?」
「おそらくね」
指定はされていないが、ということは一日目も二日目の夜会も、どちらもということだろう。わざわざドレスの話題を出してきたのだから、夜会は別の人と、なんてこともないはずだ。
平民たちは、一日目は街を練り歩く鼓笛隊にあわせて皆で踊り、二日目は酒の樽開きとともに飲めや騒げやとはしゃぎ倒す。三日目の鎮魂日は、ほとんどの者が鎮魂のためでなく酒を抜くために潰れているのだという。
残念ながら貴族のアンジア祭はそこまで派手なものではない。しかし、簡単には後宮から出られない女たちにとっては貴重な二日間だ。
一日目は王宮が解放され、庭園にて料理が振る舞われる。その後は各ホールにて、管弦楽団や音楽家たちの演奏を楽しむ。例年、そこまで賑やかなものではなかったのだが、ここ数年は非常に華やかなものとなっていた。一日目は皇妃方が主催するのだ。現皇帝リービル九世は歴代でももっとも多くの皇妃を抱え、その人数故に催物の規模も膨らんだ。
二日目は各国の貴族や要人も招く夜会が催される。夜会の前には政治的な会談が行われているのだろうが、セレナには知ったことではない。こちらは皇后陛下が主催する。通常の夜会とは違い、パートナーやドレスコードを要さない。後宮の面々は招待状がなくとも参加を許可されているが、各国の要人が集まることもあり、下位貴族の令嬢なんかは参加を避けることも多い。
「私もセレナ様とまわりたかったです」
「そ、それならわたくしも!」
ミシェルはすぐ抜け駆けする、ときいきい騒ぐハルジェを、ミシェルはにこにこしながらいなしていた。仲が良くて羨ましいことだ。
商売のロック家と流通のハリストン家として、このふたりは家ぐるみの付き合いだそうで、いわゆる幼なじみというもの。セレナにも分家や親戚筋の者であれば幼い頃からの付き合いはあったが、本家の姫として扱われてきたため幼なじみとは言えないだろう。このふたりの関係が、素直に羨ましい。
「ふたりとも、後宮を出ても仲良くしてね?」
「もちろんです、けど、え、セレナ様、後宮を出ちゃうんですか?」
「まだ出られないけれど」
皇后陛下や皇妃殿下の侍女に召し上げられた者は、期間の満了か婚約をしなければ出ることができない。否、それ以外にも出る方法がないわけではないものの、けして推奨されるものではない。
侍女としての最低期間は三年であり、セレナも婚約が決まらないかぎり、早くともあと一年半は出られない。今のところ、婚約するつもりが毛頭もないため、期間の満了まではここに閉じ込められたままだ。ここで友人となった者たちとの別れは寂しいものだが、それはそれとして早く実家に帰りたかった。
「わたくしの癒しがなくなってしまうのかと思いましたわ……セレナ様がいなければ、わたくしは……わたくしは生きてはゆけないッ!」
「大袈裟ね……」
「ハルジェは綺麗なものが好きなんですよ。宝石とか、絵画とか、よくわからないブルホァタの工芸品とか」
お家柄、美しいものや質の良いものに触れて育ったハルジェは目が肥えているのだろう。そんな令嬢に気に入ってもらえたのならば僥倖である。
「よくわからないとは失礼ね! ブルホァタは島国という閉じた環境からか、大陸とは一線を画した発想や技術が多いのよ! そこで生み出された工芸品は類を見ないんだから!」
「はいはい。不勉強ですみませんねぇ」
仲が良いなぁと、微笑ましい様子を眺めながら、ぬるくなってしまった茶に口をつけた。サロンで出される茶や菓子はたいていハルジェの用意したもので、ときおり他の令嬢からも提供がある。さすがに戴いてばかりというのも気が引けて、最近はセレナも茶の提供をおこなっていた。
べルネッタやその周辺は茶の名産地でもあるのだ。帝国西部で腕を振るうロック家でも扱いはあるだろうが、セレナが直接取り寄せたほうが安く済む。珍しいものであれば皆も喜んでくれるし、新たな販路拡大にも繋がるのだから悪いことはない。
「でも、セレナ様ならとっとと婚約者も見つかりそうですけど」
「興味がないのよね」
「たしかに、べルネッタ家の男性方に見慣れていたら、そこらの男性なんぞ目ではないでしょうね」
はて。ハルジェの言葉に軽く首を傾げる。
「ハルジェは、お父様やお兄様に会ったことがあるの?」
「ないですが、セレナ様のご家族が美しくないわけないでしょう?」
言うべきか迷ったが、今後なにかの機会で顔を合わせた際、がっかりさせないためにも伝えておくべきだろう。
「うちの男性陣は熊か猪しかいないわよ」
「……ん?」
「だから、うちの男性陣は熊か猪しかいないの」
セレナと似ているか、と問われたら、たしかに似ている。黒髪はべルネッタの象徴とも言われるし、顔の造形は明らかにべルネッタの系譜を継いでいる。骨格なんかは母に似たように思うが、セレナの容姿は紛うことなきべルネッタの女だ。
とはいえ、父や兄たちが美しい男かと問われれば首を傾げざるを得ない。
「父は熊ね。大きな黒い熊。そっくりよ」
「え」
「長兄も熊。次兄と弟は猪」
ハルジェは先日のルナ・アーシアの視線とは違う意味でもって、セレナの全身をじっと眺めた。
「セレナ様は……お母様似でいらっしゃる……?」
「父似よ。ちなみに、母は喩えるなら狼ね」
「どんな生まれ方をしたら、熊と狼から女神さまが生まれるんですのッ!?」
残念ながら、その問の答えは持ち合わせていない。家族も常々言うのだ。何をどうすれば、べルネッタの血からセレナが生み出されたのか、と。
「セレナ様に似ているのに……熊……どういうことなの……」
「私も気になります! お会いしてみたいですね」
ハルジェはセレナのふたつ上、ミシェルはセレナと同い歳であったか。ふむ、と考え、結局大して深くも考えないまま提案した。
「次兄と弟、好物件よ。お見合い、する?」
「…………えぇぇぇぇぇぇ!」
第十四皇妃殿下がいらっしゃっていたら叱られるわよ、と胸中で独りごちた。
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