第3話 開花



「はっ……くはっ……は……」


脇腹から血を流し、息絶え絶えになりながら、梔子は、床で大の字になっていた。


出血によって青白くなった顔は笑っていて、目を瞑り、苦しそうに汗をかいてはいるものの、どこか清々しさを感じた。

その様子を見て、芽は銃を下ろす。

梔子が抵抗することは、無いだろうと判断した。


何故、ここに来てしまったのか。


三縁のことなど、見捨てればよかったのだ。

出会ったばかりの殺人犯、もしくは不審者。そんな人間を、一度助けてもらったからと命を懸けて助ける義理は、あるのだろうか?


目眩の中見えた幻影を、頭から振り払い、芽は無理矢理己を納得させる。


三縁と出会ったビルの周辺には、管理局の人間が大勢待機していた。梔子がそうさせたのだろう。

あの包囲網を、1人で突破するのはなかなかに厳しいことだ。だから、戦力となる三縁を助けに、疲れた身体に鞭を打ってビルの階段を駆け上ったのだ。芽はそう思うことで納得した。


(アタシは、馬鹿じゃない……はず)


ため息を吐いて、芽は三縁の状態を確認する。

右肩からかなり出血をしていたはずだった。

ここまでして、死なれてしまっては困るのは芽だ。乗りかかった船というやつだ。


「おい、アンタ、大丈夫か?」


警戒心は捨てず、床に座ったままの三縁の側に、芽は近付いていく。


三縁は、何やらぼうっとしていた。

言葉を発する訳でもなく、動き出すのでもなく、芽のことを注視している。

その瞳には……芽には、何とも言えない瞳をしていた。


キラキラと子供のように輝いて、潤んでいる。

その頬は紅潮していて、熱でもあるような様子だった。


「……具合が悪いのか?えっと、三縁だっけ」


「か……」


「……?とにかく、簡単な応急処置するぞ。アンタに死なれたら、寝覚めが悪いんだ。さっき出してた赤い糸、もう一回出せるか?」


三縁は言葉を失ったようだった。

妙な声は漏らすが、意味を成していない。

しかし、芽の言葉に反応して赤い糸を生成した。耳は聞こえているようだ。


不思議に思いながらも、芽は三縁のカーディガンを脱がすと、傷口に巻き、それを赤い糸できつく縛って固定していく。


辛うじて応急処置と呼べるような拙い処置な上、赤い糸が切り離せず、ずっと三縁の拳の中から糸が伸びていて不恰好な状態だったが、多少は出血を抑えられるだろう。


芽が手を動かしている間も、三縁はずっと芽を見ていた。


「……な、なんだよ。アタシの顔に、何か付いてるのか……?」


こんなにもじっと見つめられているのは、かなりやりづらい。

なかなか三縁が答えないため、顔を袖で拭ってみるが、袖には何も付着しなかった。


「なぁ、本当に大丈……」


「花子ちゃん……超かっこよかったぁ……」


ようやく、三縁が言葉を発する。だが、芽はその内容がどうもよく分からなかった。


「アンタ、な、何言ってんだ……?」


「オレのことを助けてくれたんだよねぇ……逃げちゃってよかったのに、わざわざここまで上ってきて」


「あ、ああ……?」


「オレ、王子様とか憧れてたんだぁ……お姫様を助けてさぁ、運命の出会いって感じの……

今までは、オレが王子様になるんだぁって思ってたんだけどぉ……でも、さっきの花子ちゃん、凄くかっこよくて、キラキラしてて……」


三縁が、芽の手をそっと握る。

恍惚とした表情。うっとりと、しかし真っ直ぐな瞳。にわかに信じ難く、認め難い。いや待て、と芽は己を律する。


そんなはずが無いだろう。こんな場で、こんな状況で、出会ったばかりの人間にそんなことを言う馬鹿が居る訳がない。


三縁が口を開く。


「花子ちゃん、よかったら、オレと……お付き合いしてくれないかなぁ……?」


馬鹿だった。


初対面どころか、名前すら偽っている人間に、この三縁という男は何をほざいているのか。

一度助けられたから、という理由で、三縁の手助けに来た自分を、芽は呪う。


冗談であれば、質は悪いが、その方がましだ。

芽は必死に、三縁の感情を読み取ろうとする。だが、見れば見るほど、観察すればするほど、三縁の言葉が本気なように感じられて。


落ち着かなければならない。相手は不審者もしくは殺人犯。そこに、変態の称号まで加わった。

対応を間違え、変に刺激すればろくなことにならない。


「いや……ふ、普通に無理……」


思わず出た本音は、誤魔化しようが無い拒絶だった。


(アタシの馬鹿!!!)


心の中でそう叫ぶが、もう遅い。

相手がどう動くのか、芽は、全神経を集中させ、三縁を警戒した。


三縁は、悲しそうに下を向く。

なんだ存外普通の反応じゃないか、と芽は拍子抜けしたが、三縁が芽の手を離す気配は無かった。


「そう……だよねぇ……オレ達まだ会ったばかりだもん。ごめんねぇ……急にこんなことを言っちゃって……」


「あの、手……」


しゅんと落ち込む三縁だった。芽は、とにかく手を離して欲しかった。


「でも、オレは本気だよぉ。こんなにドキドキしたのは、初めてなんだぁ……だから、だから……」


「おい、手」


「恋人がダメなら……オレと、お友達になってください……!」


「だから、手!!離せよ変態が!!!」


怒鳴ってから、ハッと気が付く。これはなかなかの悪手ではないか、と。

しかし、それでも手は離して欲しかった。緊張と嫌悪で嫌な汗が滲み出ていて、気持ちが悪かったのだ。


芽に怒鳴られた三縁はというと。ぽかんとしていた。

だが、しばらくすると、再びあのうっとりとした表情を浮かべ始める。


「大声出す花子ちゃんもかっこいいねぇ」


「ダメだ……コイツ……」


思わぬ……いや、予測不可能な展開に、芽は頭を抱える。

ひとまず、この三縁という男に敵意が無いのは、芽にも伝わった。だが、代わりに厄介なことになった予感がしていた。


なんだこれは、という困惑が、芽を襲う。


話が通じる気がしない。このまま管理局の手を逃れたとて、この男が厄介なストーカーに変貌する可能性はゼロではなかった。


そこで、芽は閃いた。このビルを包囲している管理局の人間達。それらに、三縁をぶつければいいのでは?

三縁は今は、手負いだ。無能力者でも、仕留められるかもしれない。手負いと言っても、三縁はかなりの実力者と思える。時間稼ぎは出来るかもしれない。


先ほどまでの、三縁を助けなければという気持ちは芽の中から霧散していた。


「とりあえず、ここから離れるぞ。……ほら、立て」


「オレ今貧血中でさぁ。真っ直ぐ歩けないんだよね~」


「……チッ」


渋々、芽は三縁に肩を貸して歩き始める。

嬉しそうな三縁とは対照的に、芽はお通夜のような暗い表情をしていたが、三縁が気付く様子は無かった。


三縁は常に芽へ話しかけていた。


「そうだ~花子ちゃんは、朝ご飯パン派?ご飯派?オレはねぇ、パンが好きなんだぁ。

毎朝トーストにイチゴジャム塗って食べてるよぉ」


「……朝は食わない」


「えぇ~それじゃあ、花子ちゃんガリガリになっちゃうよ~?」


「…………」


鬱陶しかった。今すぐにでも、振り払って逃げたかった。


三縁悠汰は、管理局から逃げるための囮である。芽はそう胸に刻み込むことで、なんとか平静を保てていた。ギリギリの状態だった。


芽はとにかく、三縁を無視することにした。


「花子ちゃんって、趣味何かあるの~?オレはねぇ、あやとりが得意なんだぁ。今度、一緒にやってみない?」


「…………」


「花子ちゃんは、好きな動物いるのかなぁ。オレ、動物に好かれやすいからさぁ、犬とか猫ぐらいだったら、花子ちゃんのために連れて来れるよ~」


「…………」


「あ……花子ちゃんって、恋人さん居たりするのかなぁ……?花子ちゃん、かっこいいし……居てもおかしくないよねぇ……」


「…………」


芽は、徹底して口を閉ざし続けた。

この手の輩は、根負けして返事をすると調子に乗ると相場が決まっている。

明らかに冷淡な対応をされているというのに、三縁はどこ吹く風。穏やかな笑みを浮かべたままだ。


階下へ続く階段を、芽と三縁は下りていく。

依然、芽は三縁に肩を貸していて、下りにくかったが、振り落とそうとはしなかったのは、やはり芽にも良心があるからだ。


例え、相手が変態だったとしても。


「ねぇねぇ花子ちゃん」


またか、と芽は三縁の顔を見ようともしない。

今の芽の感情は、正しく“無”であった。


「頬っぺたの痣、広がってるけど、大丈夫~?」


ジクリ、と芽の頬が痛む。

ジクジク、ジクジク。痛みは徐々に広がって。

黒い花の痣は、芽の顔の半面を覆い尽くした。


ゾッとする間も無く、痣は痣の範疇を超えて行く。

痣から、黒いつぼみが飛び出す。

宙へ宙へと伸びていくそれは、まるで、影のようだった。


芽は、三縁を階段の下へ放り投げた。

芽の頭からは、三縁が怪我をしているだとか、受け身がとれるかだとか、そういった考えが消えていた。


それほど追い詰められていた芽は、切迫した顔をして。


「逃げろ」


一言だけそう残して、そして。

つぼみが、開いた。


艶やかに咲いた黒い花は、開花した途端に種を落とす。

歪んだ形をした種は、床に落ちると、直ぐに“芽吹いて”成長し、急速に育つ黒い“木の根”は、床を突き破り、壁を突き破り。一瞬の内に、信じられないほど根を伸ばす。


「花子ちゃん──」


初めて笑みをその顔から消した三縁は、床に叩き付けられることなく、足から猫のように着地した。しかし、その場もすぐに離れることになる。


伸びた木の根は、意思を持っているかのようだった。三縁を串刺しにしようと、その体で刺突した。

三縁は無事に避けることが出来たが、ことはその後だった。


三縁に避けられ、壁に突き刺さった木の根。

その箇所から、芽の頬にあった“痣”と同じ、黒い花が浮き上がる。

黒いそれはジワジワと浸蝕し、コンクリートを、まるで粘土細工かのように崩し、壊していく。


そんな危険な木の根が、階下からの伸びてきていて、三縁を挟み撃ちにしていた。


「っ……ごめん、一旦退くねぇ……!」


背後の壁を糸で切り刻んだ三縁は、空いた穴から外に脱出し、高いビルの上から飛び下りて行った。


残された芽は、自分の身体に巻き付く“木”を剥がそうと、必死に踠いている。

それはもはや、大木のような大きさだった。

縦横無尽に伸びる根だけでなく、上にも枝が無秩序に広がって、その先に、葉と花を付けている。


その花の形は、シャクナゲ。


しかし到底本物とは似て非なる物。

大きさも、歪なその形も、禍々しい黒色も、何もかもが本物のシャクナゲには無いおぞましさを孕み、そして本物には無い邪悪な美しさを持っていた。


「なんだ……これ……」


シャクナゲの木に、完全に自由を奪われた芽は、静かに絶望していた。

コンクリートの壁は、もう見えない。光すらも、ゆっくり途絶えていく。


「ク、ソ……!」


消え行く一筋の光に伸ばした手は、虚しく闇を掴む。


訳の分からない状況を呪いながら、芽は涙を滲ませた瞳を、閉じたのだった。




◇◇◇◇




ビルから落下する三縁は糸を伸ばす。

右肩が負傷しているため、使える手は左手しかない。相当厳しい状態だった。


「よっ……と」


剥き出しになっていたビルの柱に糸を引っかけた三縁は、その1本の糸で全体重を支え、壁に垂直になって立った。

落下の勢いを完全に殺した三縁は、まだかなりの高さにも関わらず、糸を切り離した。


再び落下したが、先ほどの高さよりましだった。

三縁はまた、猫のように着地する。

上の階を見上げれば……明らかな異変が起きていた。


黒い根がビルに絡み付き、痣を伝染させている。浸蝕されているビルは、浸蝕された箇所から次々に崩れていた。


あのままでは、ビルが倒壊するのも時間の問題だろう。


「……今助けに行くからねぇ。花子ちゃん」


貧血でふらつきながらも、芽が居る階まで糸を伸ばそうとした三縁の背後から、銃声が1発響いた。


「動くな」


そこには、拳銃を構えたスーツ姿の人間が、数人居た。管理局の人間達だ。三縁を取り囲み、皆銃口を三縁に向けている。

三縁は顔に笑みを浮かべると、局員を刺激しないよう、慎重に左手を上げた。


「右手も上げろ。……先ほどの“糸”、お前は未登録の能力者だな」


「えぇ~冗談?君達の仲間に右肩やられちゃってるんだけど」


「口を開くな……化け物め」


空気が張り詰める。局員達は、ジリジリと三縁との距離を詰めていく。

三縁の眉が、ピクリと動く。


「……オレさぁ、今すごぉく急いでるんだよねぇ」


「口を開くなと言っているだろう!!」


局員の1人が、発砲した。

拳銃から放たれた弾丸は、三縁の足下に着弾する。

もう少しでも逸れていれば、当たっていた。


「あ~なるほどねぇ、問答無用ってやつだぁ。そっかそっかぁ」


三縁が左の拳を、ぎゅっと握り締める。

その瞬間、周りに居た局員達が持つ拳銃が、その銃身から真っ二つに断たれた。

驚愕で目を見開く局員達の目の前に、赤い糸が漂う。


「余計な人達に目を付けられるから、なるべく人を殺しちゃダメってさぁ“水無月さん”に言われてたんだけど」


三縁は依然、微笑む。

しかし、その瞳に、光は無い。


「面倒だから、君達は……殺しちゃうねぇ」


そうして、三縁が左腕を──


「やぁ悠汰、あの禍々しいビルはなんだい?」


引こうとしていた左腕は、透明な“何か”に阻まれた。三縁が腕を動かそうとしても、ピクリともしない。

だが、その“何か”に行動が阻まれた途端、三縁の目に光が戻った。


「あ~!水無月さんだぁ!なんでここに~?」


「何でも何も、悠汰の帰りが遅かったからね。心配して見に来るのは当然だろう?

……ところで、例の武器商人が血まみれで虫の息だったんだが、何故なんだい?」


“水無月”と呼ばれた者は、長身の女だった。

黒いシャツにネクタイを巻き、ベストを身に纏い、白いロングコートを羽織っている。


革靴を軽快に鳴らしながら、三縁の元へ歩いていくその顔には、どこか胡散臭い笑みが浮かんでいる。丸眼鏡の奥にある瞳は糸目で、その感情はなかなか読み取れない。

黒い手袋を着けた手で口元を撫でながら、黒い影の木が蠢くビルを、興味深そうに眺めていた。


この水無月という女は、全体的に不気味な雰囲気を纏っている。


三縁の周りに居た管理局員が、次々に宙へ浮く。

池の中の鯉のように口をパクパクさせながら、首元を掻きむしっている。息が出来ないようだった。

足をジタバタと暴れさせながら、宙へ浮いていく局員達は、意識を失った者から雨のように地面に落下した。


その中を、水無月は顔色1つ変えずに歩く。


水無月が三縁の側まで来る頃には、局員達は全員気絶していた。


「あの人全然情報教えてくれなくてさぁ、ちょっとムッとしちゃったんだよねぇ。でも、殺してないし、バーにあったUSBメモリを片っ端から取ってきたよ~ね、ね、水無月さん、オレ偉い?」


「ああ偉いとも、仕事をこなすのは大切なことだからね。同じように、命も大切だ。当然のように大切にしなくては。

それで、またまたところでなんだが、あの黒いのはなんだい?」


水無月がビルを指差す。


「今ね、あそこに花子ちゃんが居るんだぁ」


「花子ちゃん?……もしかして、また好きな人が出来たのかな」


「うん~そうなんだぁ。小林花子ちゃんって言うんだけど、今なんかすごく大変なことになってて……助けに行かないと……」


「はっはっは。明らかに偽名だねぇ小林花子。何度目だい?悠汰が失恋するのは」


「もう~!からかわないでよぉ!花子ちゃんのことは本気だよぉ!」


拗ねた子供のように頬を膨らます三縁を、水無月は愉快そうに見ていた。


「ああ、そうだね。悠汰はいつだって本気だとも。でも、いいのかい?こんなところでお喋りしていて。花子ちゃんとやらが大切なんだろう?

あれは……うーむ、なかなか嫌な気配がするね。死の気配だ。一筋縄ではいかないね」


「そうだよねぇ。なんかすごいもん~ねぇ水無月さん、手伝ってくれる~?」


「勿論さ。何せ、悠汰の頼みだからね」


「やったぁ、ありがと~」


そう言うと、三縁は脇目も振らず走り始めた。

片腕だけで器用に糸を伸ばし、ビルの壁を駆け抜けて行く。


「おやおや。随分と元気だね」


水無月も三縁の後に続く。

しかし、三縁のように走り出すことはなく“上っていた”。空を、まるで階段があるかのように。

足を1歩1歩と踏み出して、上へ上へと上っていたのだ。


ビルの壁を駆ける三縁は、あっという間に芽が居る階に到達する。

芽の姿は見えず、あるのは黒く歪んだシャクナゲだけ。だが、三縁はそこに芽が居ることを、直感で悟っていた。


根が三縁に襲いかかる。

執拗に三縁を串刺しにしようとしていて、根が暴れれば暴れるほど、建物の浸蝕も早まっていた。


足下を狙ってきた根を踏み台にし、三縁は隣のビルに飛び移る。靴底がボロボロに崩れたが、気にしなかった。

根だけでなく、葉が生い茂る枝まで、三縁に襲いかかる。それを、三縁は建物の中に入って回避した。枝はビルの壁を叩き、浸蝕が伝染する。


長期戦が続けば、逃げ場が無くなる。


三縁は、ビルの外に飛び出ると、芽を捕らえている木の檻に向かって、糸を振り下ろした──


しかし、鉄すら切断出来る糸は、木を断ち切ることが出来なかった。

あの黒い何かに触れた瞬間、糸が腐蝕したのだ。糸は木の表面に傷を付けただけだ。


「嘘だぁ」


一度下がるために、糸を伸ばそうとする三縁だった。だが、その瞬間、頭痛と共に眩暈がして、バランスを崩してしまった。血が、足りない。


伸ばされた糸は、空でほどけて消えていく。


足場に戻ることが出来なかった三縁は、地面に落ちていく。

それを見逃すほど、シャクナゲの根は甘くなかった。ろくな抵抗をすることが出来ない三縁へ、追い討ちをかけていく。


絶体絶命の状況で、三縁は焦りを見せなかった。それは、“信頼していた”からだった。


「おっと。危なかったね」


いつの間にか三縁と同じ高度まで上って来ていた水無月が、両腕を使い、落ちてきた三縁を受け止めた。

成人男性1人分の体重がかかったにも関わらず、水無月は顔色を1つとして変えなかった。


水無月は何も無いはずの空中で、当たり前のように平然と立っている。

透明な何かが、水無月の足場となっているのだ。


「あれは……随分歪だけど、シャクナゲだね。

単純に植物を操る能力って訳じゃなさそうだ。面白い」


「オレの糸ボロボロにされちゃったぁ……」


「ふむ。だけど、ちゃんと傷は付けられているようだね。時間も無いようだし、今は無理矢理押し進めようか。

悠汰、かなり出血しているみたいだけど、まだやれるかい?」


「全然余裕だよぉ」


返事を聞いた水無月は、にこりと笑うと、三縁を宙へ放り投げた。

放り投げられた三縁は、落下することなく、空を駆ける。水無月が乗っているのと同じく、透明な何かが足場になっているようだ。


透明な何かは、三縁の動きに合わせて移動しているようだ。

三縁がどれだけ好きに動いても、足を踏み外す気配は無い。


再び、シャクナゲの根が三縁に襲いかかる。

三縁は徹底的にそれを避けた。

透明な足場によって、三縁の機動力が格段に向上していた。

頭上を狙う根を伏せるように躱し、胴体を狙う枝

を、宙に飛び上がって避ける。


人間離れした動きを、片腕だけで行う三縁は、再び芽を閉じ込める大木の前へと到達した。


先ほど付けた傷に向かって、三縁は糸を振る。

何度も、何度も、一振ごとに新たな糸を生成し、何度も、何度も。


攻撃に全神経を集中力させ、防御が疎かになった三縁に容赦なく木は攻撃する。

それらは全て、三縁に触れる前に透明な何かに阻まれる。


それは、10秒にも満たない僅かな時間の出来事。


「助けに来たよぉ。花子ちゃん」


芽を捕らえる檻が、縦に切れた。

幹にパッカリと開いた隙間から、芽の上半身が覗く。芽は目と口を大きく開き、驚きを露にしている。

未だに、芽の手足は囚われたまま。


しかし、芽に光は差し込んだのだった。



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