第3話 最初で最後

「なんでそんなっ……危ないことをしたんですか……!」


 オーナーのその判断のおかげで、今ここにこうして私は生きていられるのだということは重々承知の上で。けれどどうしても、私はそこが納得できなかった。

 結果的に二人とも無事だったからよかったものの、一歩間違えればオーナーまであの場で炎に巻かれてしまっていたかもしれないのに。そんな危険なことを、どうしてあの瞬間にためらいなくしてしまったのかと、話を聞いた私のほうが怖くなってしまって。

 それなのに、オーナーは何でもないことのように言うのだ。


「いや、あの時は必死で、そんなこと考えてる余裕なんてなかったからな」

「そうだとしても……!」

「むしろあの場で諦めて、あとでライラの死を知らされるほうが俺にとってはずっとつらいし、一生後悔してた」

「っ……」


 しかも、感情がたかぶって思わず言いつのろうとした私の言葉も、そう苦しそうな表情で告げられてしまえば、引っ込めるしかなくなってしまって。


(オーナーは、ずるい)


 私だって、あの場で自分のせいでオーナーまで巻き込んでしまっていたらと考えたら、死んでも死にきれなかっただろう。万が一私だけが助かるような事態になっていたら、それこそ後悔してもしきれなかった。なのに、同じ理由で炎の中にまで飛び込んできてくれたのだと先に言われてしまえば、何も言えなくなるに決まっている。だってその気持ちは、私が一番よく知っているのだから。

 私のためにオーナーが助けに来てくれたのだという喜びと、私のせいでオーナーを失っていたかもしれないという恐怖の、相反する気持ちが胸の中で渦を巻いて。表現することも吐き出すこともできないこの気持ちに苦しさを覚えて、思わず胸元の服をギュっとつかんだ。その様子を、しっかりとオーナーに見られていることすら忘れて。


「……。あぁ、そうそう。ちなみにライラを連れ去って火をつけた男は、別の店で放火しようとしてたところを見つかって、その場で捕まったらしい」


 沈黙が落ちてしまった暗い雰囲気を変えようとしてくれたのか、オーナーは私が療養している間に起きたことを話してくれた。その声は、先ほどよりもずっと明るい。


「なんでも、貴族に相当な恨みを持ってたらしいな。確かそいつの姉が貴族のせいで亡くなったらしいが、だからって関係のない他人を巻き込むことが許されるわけでもないし、相応の刑が下されるだろうな」


 ただ、その内容がどう考えても明るくはないのは、どうしてだろうか。


「貴族関連ってのは面倒だから、そこまで公表はされないだろうけどな。あと一応こっちも被害者だからってことで特別に教えてもらっただけだから、他のヤツには他言無用な」

「え、あ、はい」

「ま、大事な家族が貴族にぞんざいに扱われて殺されたってとこには、同情するけど。放火は重罪だから、おそらくもう二度と顔を見ることもないし、その点は安心していい」


 これは、つまり。


(もしかして、慰めてくれてる?)


 もしくは言葉通り、安心させようとしてくれているのか。

 確かにあんなことがあったあとだから、外では周りを警戒してしまうようにはなっているけれど。とはいえ、あんな特殊な事態はそうそう起きることでもないので、実はそこまで気にしていなかったりする。それよりも長いお休みをもらってしまったせいで、オーナーやお店に迷惑をかけてしまっていたことのほうが心苦しいぐらいだった。


「ってことで、せっかくだから今度ライラの回復祝いに、どっかウマいもんでも食いに行こう」

「え? いえ、その……」

「もちろん俺のおごりで、だ。嫌なことは、それ以上のいい経験をすることで忘れるに限る。な?」


 にもかかわらず、オーナーは気を遣ってそんな提案までしてくれる。

 本来ならば、ここで断っておくほうがいいのかもしれない。そこまでしてもらうべきではないと、ハッキリ伝えたほうが自分のためでもあると分かっているけれど。


(でも、きっと……)


 このチャンスを逃してしまえば、そんな機会は二度と訪れないだろう。仕事の関係を抜きに、オーナーと食事に行く、なんて。

 ダメだと、頭では理解しているのに。これが最初で最後だからと、例の妖艶な貴族女性を思い出しながら言い訳じみたことを心の中で呟いて、私はその言葉に頷くのだ。


「よっし、決まり! じゃあ、店の予約が取れたらまた教えるから、それまで待っててくれ」

「え……。そんな、予約が必要なお店なんですか……?」


 ただ、予想していた以上にオーナーの考えている場所が高級店のような気がしてきて、少し焦り始めた私は。けれど直前にしっかりと頷いてしまっている以上、もうそれを取り消すことはできない。


「個室にするし、マナーとかは気にしなくていい。服装も、俺が作ったワンピースがあるだろ? あれで十分だ」


 むしろオーナーが作った服で入れないお店って、あるんですか!? とは、さすがに口にはしなかったが。個室ということは、どう転んでも高級店であることが決定してしまっているので。


(もしかして、早まったかな……?)


 若干じゃっかん、後悔し始めている部分もあるけれど。どうせ一生縁のないような場所だろうから、本当に最初で最後のいい思い出作りだと思って楽しんでこようと、私はこの瞬間覚悟を決めたのだった。



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