【完結】焔焔の果て【13,000PV突破】
相川倫里
第1章 ヘパイトス国立魔導学院
第1話 火生
空が暗い。
遠くでは、
アルヒは巻いていたごわごわの、赤いニットマフラーに顔を埋める。
夜の学院内は不気味だ。人も少ない。
さっさと自室に戻ろうとしたとき、角から出てきた誰かと思い切りぶつかった。
「きゃっ!」というカテギーダの、目が覚めるような甲高い声が暗い廊下に反響する。
アルヒは落としてしまった教科書をかき集めながら、この学院の教師でもあり校長でもあるカテギーダに、「すみません! 急いでて」と声をかけたが、カテギーダは黙ったまま、夜に溶けるような真っ黒なローブの乱れを直す。そのまま彼女は、アルヒににっこりと微笑み、廊下の奥に消えていった。
アルヒは何か言おうと口を開きはしたが、そこから音が発せられることなく、また閉じられた。
カテギーダ学院長──。
唯一の国立魔導学院の長である彼女に、アルヒは恩義を感じていた。
生まれた時から孤児で、ひとり田舎の農村の家屋でなんとか生活を営んでいた、アルヒの魔力を見出し、国立魔導学院への入学を許してくれたカテギーダ。
醜く恐ろしいと言われる燃えるように真っ赤な髪を、真紅の瞳を見ても、カテギーダは眉ひとつ動かさず、アルヒを生徒として迎え入れてくれた。
丁度5年前の今日のように寒い日、アルヒはカテギーダに保護された。
暮らしていた村民たちに、不吉な赤髪だからと酷い扱いを受け、日夜過酷な労働を強いられる中、野蛮な男たちは泣き言ひとつ漏らさないアルヒを、面白がっていた。
しかし、村に血液を抜かれた変死体が次々と発見され、村民たちの視線は変わった。
「厄災だ」
「あの赤髪の仕業じゃないのか」
「きっとそうだ」
村民たちは囁く。
手に斧を、鎌を持ち、アルヒに迫りよる。
「お前、忌まわしい魔女なんだろう」
「穢らわしい」
「お前が殺した!」
「違う! 違う、私は、何も……!」
声を張り上げても、誰も聞いていない。
斧を握る男の手は震えている。それでも、振り上げた刃は迷いなくアルヒを狙っていた。
(怖い。誰か。誰か、助けて)
でも、助けを呼ぶ相手なんて、どこにもいなかった。
(だって私は、ずっとひとりなのに……?)
恐怖と自虐に唇が引き攣ったアルヒの首に、村人の手が迫る。伸び切った襟首を掴まれる。押し倒され、背中が泥でひえる。ぎらぎらとした男の目に、肌が
(どうして、ずっとひとりだったの?
私は……私は、なんでこの村に来る前の記憶がないの?)
そう思った瞬間、ハッと息を呑んだ。
首筋にあてがわれた刃が、アルヒの白い肌を切りつけ、玉虫色に輝く紅い血が滴り落ちる。
刹那、
(熱い。痛い? 違う、これは……!)
熱が、皮膚の内側を這いずるようだった。何かに焼かれるように。
しかしその熱は、焼けるどころか、肌に馴染む。
背中の泥が一瞬で蒸発し、ジュウ、と煙が上がる。
「化け物!」
男たちの悲鳴があがり、蜘蛛の子のようにちりぢりになった。腰を抜かした者もいる。その男の顔は、本物の化け物を見たように歪んでいる。
熱い。
「やっぱり魔女だったんだ!」
鎌を落とした男が叫ぶが、聞こえたか否かの頃には、手に持つ鎌は
炎が、うねった。
アルヒが腕を振れば、それに合わせて炎も唸りを上げる。けれど、炎はアルヒを導くように動いた。意志を持ったように。
(違う! そんなつもりじゃ——!)
燃え広がる。
雪は消え、土は焼け、村人たちは恐怖に
アルヒの指先が腰を抜かした男に向けられた瞬間、炎は鋭くうねり、音を立てて
光の矢のように、火花を散らしながらまっすぐに伸びる。一歩も動けなくなった、目の前の男を、貫こうと——
「珍しい。炎の魔法ですね」
耳に障るような、甲高く甘い、女の声が聞こえた。と思えば、燃えるように火照った肌の熱が、引いた。
アルヒの目の前には
アルヒの指から放たれた炎は、女の華奢な腕にまとわりつく猛烈な水流に
炎は蒸気を上げながら女の肌に迫ろうとするが、それを上回るスピードで猛然と渦巻く水流が防ぐ。水流は、パチパチと音を立てて電気の火花を散らしていた。またその水流……いや、雷光に、意思を感じる。振り向いた女は、涼しげな顔だ。
不健康な青白い肌に、一際目立つ紅がさされた薄い唇の口角が、にっこり不気味に釣り上がった。
「けれどまだ、制御出来ていませんねぇ」
バチリ、と弾けるような音がなったと思えば、辺りに聞いたことない程の雷鳴が轟いた。
空は曇天に染まり、水流は一回り大きくなり、アルヒの炎を飲み込みながら、彼女の両腕を絡めとるように巻きついた。水流の中に雷光が走り、アルヒの腕に鋭い痺れを焼き付ける。
アルヒの灼熱の肌は水の拘束を解こうとするが、ただ水滴が落ちるだけだ。
アルヒは声も出せない。
皮膚の内は燃えるようなのに、水流は電流を伴ってアルヒの手首を締め上げ、その熱を急激に冷ましていく。
息もできないような痺れがアルヒを襲う。腕は
アルヒの首筋の傷は、すっかり炎熱で乾き、ひきつれた痛みに代わっていた。
霞む視界に唇を噛みながら、アルヒは自分を見下ろす女を見上げる。
蒼白なアルヒに構わず、女は言った。
「あなたをヘパイトス国立魔導学院に連行します。まあ本来であれば……ここで処刑ですが。未成年でしょうから、少し、情けを」
貼り付けたような笑みのまま、彼女は首を傾けた。
雷鳴は鳴り止まない。しかし女の声は不思議とよく通る。
雨が降り出した。
村人たちは、巨大なふたつの力を前にしてなす術もなく、項垂れている。
アルヒの炎は今や
そこでアルヒの意識は途切れた。
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