一日24時間を私にください

蒼緋 玲

第1話久方ぶりの王都 1






今朝も今朝とて美味しいガダン作の朝食に舌鼓を打ち、幸せな朝を迎えていたユフィーラのすぐ側でその空間に見合わない言葉の応酬が繰り広げられていた。



「騎士団に用事なんてないだろうが」



座りながら足を組んでいるハウザーが呆れたように呟き、珈琲の手を伸ばす。



「幾らでもある。今までは放置していただけだ」

「それはそれでどうなんだ」



ユフィーラの前以外では定型で無表情のテオルドが当然という態度で返す。食堂のテーブルを挟んで対岸のようにいがみ合っている二人を、ユフィーラは会話のリズム感が良くて案外馬が合うのかなぁなんてのんきに思いながら最後の紅茶の一口を飲み干した。それらを使用人一同は毎度のことながら生温かく観て…見守っていた。



本日ユフィーラはトリュセンティア王国近衛騎士団へ手用の保湿剤のお届けを直に納入することになっていた。元はハウザー経由で依頼され、今までは彼に届けてもらっていたのだが、近衛騎士団長が是非一度だけで良いから直接会ってお礼を言いたいのだと言伝をもらったのだ。


ユフィーラとしてはそんな大層な代物でもないのに、わざわざ国の偉人的な人物に会いにいくのは恐縮…本音を言うと面倒臭いということは勿論お首にも出さない。しかし近衛騎士団長からリカルド、リカルドからハウザーへと伝達されてしまっては、行かざるを得なくなってしまった。


当然のことながらリカルドはテオルドに伝えてもらう選択肢はなかったようだ。確定でユフィーラに伝わらないことが明白だと確信していたのだろう。


ハウザーは面倒なら放置しろと言われはしたが、そうもいかないので了承すると、研究所に顔を出すついでだからとハウザーも一緒に行ってくれることになった。


外出ということで、本日のハウザーは外出仕様の服装だ。


いつもの白衣姿と適当に結った癖っ毛のくすんだブロンドと無精髭は鳴りを潜め、深みのある濃いワイン色の上下に開襟されたダークグレーのシャツ、髪は後ろに流し髭も剃っていた。改めて見るとガダンと良い勝負の色気のある男気溢れる姿である。



だが、ここで何故か出勤前のテオルドが出張ってきた。



「まあ。今日はこれからお仕事ですよね?テオ様、無理はしないでくださいね」

「してない」

「先生と保湿剤を近衛騎士団長さんに届けてくるだけなので、騎士団訓練場に出撃迷子になったりしませんし、騎士団と逆方向の魔術師団に迷子到着したり、最悪王宮に突撃迷子することもないですよ。華やか過ぎてどちらかと言うと正門に逆戻りしそうですしね」

「魔術師団なら迷い込んで来れば良い。対応するように行っておく」

「まあ」

「何で全部迷子関係に該当する流れになっているんだ」

「旦那も騎士団に連れて行かずに魔術師団で取り込もうとしないで」



有能な突っ込み担当者になっているハウザーとガダンがテンポ良く返してくる。



「また旦那様の過保護な囲い込みが始まったわねぇ」

「通常仕様だからもう慣れた」

「見ていて楽しいし今日も平和だって思うよな」

「愉快な観察対象が常時あるのは生活の彩りですよね」

「主を監視するなど…!」

「誰よりも近くで見ているジェスが言うなって話よね」



訳アリ使用人一同も相変わらずである。



「そろそろ仕事に行って来い」

「今日はいつもより遅らせても問題ない」

「主、リカルド団長が吠えますよ」

「最近弛んでいるから丁度良い」

「団長様の迸る大声も勇ましそうですねぇ」

「そこで乗るな、お前も」



ハウザーは二人への突っ込み対応で既にお疲れ気味だ。テオルドは耳元でじわじわ絶妙に急かしてくるジェスによって、ようやく不承不承出発して行った。



「朝からあいつはああなのか」



ハウザーがうんざりとした様子で聞いてくる。



「いえ、ユフィーラと一緒に行くことが引っかかっているんだと思いますよ。道中も一緒、その後も一緒となれば、ね」



アビーが苦笑しながら皆が飲んでいた茶器を片付けていく。



「あそこまで露骨にされると反発はしたくなるな」

「ははっ、あんたがそれだから旦那も反応過多になるんだろうよ」



いつもの定位置であるカウンターに肘をつきながら笑っているガダンは、ハウザーに対しても口調は変わらない。



「自分より先に一緒に暮らしていたことを、実はかなり根には持っているのですよ」

「知るか」

「ユフィーラを獲られると思ってるのかも」

「獲るか」



ランドルンとブラインの冗談交じりの牽制もハウザーは肩を竦めながら軽くいなす。



「まあユフィーラにとっては恩人なんだからって理解はしていても本能は別物みたいなんだよねぇ」

「先生のおかげでここまですくすく育ちました!」

「好き勝手にのびのび育っていたな、お前は」



パミラが一応の主人のフォローを入れてみるが、ユフィーラの言葉はだいたい別方向に飛んでいく。



「そう言えばここまでは転移ですよね?ユフィーラと一緒に馬で行くんでしたらうちの馬に乗っていきますか?」



ダンが尋ねると、ハウザーは首を振る。



「いや、こいつは俺の転移で一緒に連れて行くから問題ない」

「流石、主と同等の魔力を持つ御人なんですね…」



テオルド命のジェスでさえ、ハウザーの持つ膨大な魔力と能力に関しては一目置いているらしい。






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