人喰いへの嫁入り
1-1 餓鬼大将
ひとりの少女が草を蹴って駆けていく。
年は十六、長く伸びた自慢の俊足が体を風に乗せて跳ねる。
「やぁいやぁい、
「カナ! とまれ!」
カナからほど遠く、
カナは
形の良い木の実を集め、中をくり抜き、丁寧に磨き上げたそれは美しい装飾品だった。繊細な模様が刻まれており、子供の工作レベルではない。
誇るべき長所であると大人は手放しに誉めてくれるが、男であるがゆえに、それは劣等感をまとう。
「女々しいもの作っちゃって。
こんなの作る暇があったら、もっと速く走れるように秘密の特訓はいかが?」
くすくすと笑われ、
「おまえなんて大っ嫌いだ!」
カナはけらけらと笑う。
気の強い鋭い瞳。カナに睨まれて萎縮しない子供はいない。
カナはふざけたステップを踏みながら、その強い瞳で
「女に侮辱されて恥ずかしくはなくて?
私はあんたより速く走るし、この程度の装飾、簡単に作れるわ。
あんた、私に勝っている点がなにかあって?」
十分すぎるほど赤かった
怒りに燃える瞳でしばしカナを睨みつけてから、
「いらないの?」
「いらねえよ、そんなの」
力なく吐き捨てる
周りで息を潜めて傍観していた子供たちはわっとはやしたてた。
「やーい、カナのいじめっこやーい」
「
「おだまりっ」
カナの鋭い叱責に、蜘蛛の子を蹴散らすように逃げる。
頭のいいカナと口喧嘩をしたところで勝てやしないし、とっくみあいに持ち込めば相手が泣くまで暴力をやめない。
カナの喧嘩を買う子供などいないのだ。
それでも、カナの手の届かないところでお尻を叩く無邪気な子供たちは、カナと遊びたくてたまらない。
「カナやーい、やーい」
「意気地無しども! すぐ逃げるくせに!」
カナは怒鳴ったが、その唇は上機嫌に端を上げている。カナは怖いもの知らずの小さな子供たちと遊ぶのが好きだ。無邪気で、天真爛漫で、終わりのない鬼ごっこ。これに勝る楽しみがこの世にあるだろうか。
「片っ端から泥団子にしてやるわ!」
すぐに子供たちを追いかけようとしたが、突然視界に入った母の顔にぎょっとした。
いつの間に来たのだろう、太陽の丘に大人は普段来ないのに。
「なんて汚い言葉遣い......」
母の顔は侮蔑で歪んでいる。
「カナ、お友達に暴言を吐き散らすなんて、お姉さまたちは絶対にしなかったわ」
「お母様の見ていないところでしていたかもね」
「いいえ、私の娘たちは内外共に美しく成長しましたよ。あなたも私の娘のはずですけれどね」
ぴしゃりと放たれ、カナはだらしなく舌を出す。
「さあ、帰りましょう。今夜はきっと雨が降るわ。
それに、着物の丈直しを済ませなさいと、母は朝方しっかり伝えましたよ」
「そんなのとっくに終わったわ」
「もしや床の間に放り投げられていたあれかしら。あんなひどい縫い方、認めませんよ」
カナは心底嫌そうに眼を細める。遠くで子供たちが、ざまあみろと舌を出してはやしている。
子供たちをキッと睨みつけ、カナは大人しく母について家へと歩き出した。
「あ」
さきほどの戦利品を握りしめたままだったことに気付く。
まあ、次に会ったとき、気が向いたら返してやらないこともないわ。
カナは腕飾りに腕を通した。
まるでカナのために作られたかのように、それはぴたりと細腕に収まった。
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