富木殿は抜け目無い! 鎌倉武士は、寺を建てたい。

ジャンクなカレッジ

第1話日蓮殿

「ときどのー!」


誰かの声が響いた。時は鎌倉時代、文永9年の年、世の中の人々は難に遭う時代、時の将軍北条が国を治めるが、世継ぎに苦難し、その後も度重なる難に遭ったとされる。そんな時代、一人の男は悩んでいた。


「ときどのぉ!今日は田畑の視察があると行ってましたでしょう!何故に今まで寝ておられた!」


女性の声が辺りに響く。彼女の名は尼(あま)と言う。


「堪忍だ尼子(あまこ)よ、千葉氏の会議が本腰で昨日も徹夜だ。日が上(のぼ)りきる前には出かけるから、まぁ待て。」


そう答える男は眼をシバシバさせながら涙を流すのだった。彼の名は富木五郎(ときごろう)。千葉氏に使える武士であるが、官職に付かず、御経(おきょう)と果物の梨が大の好物と云(い)う。所謂(いわゆる)ところの非官職者(ひかんしょくしゃ)だった。


「そんな話誰が信じますか。わたしが十数える前にお仕度なさい!」


富木五郎は女房の尼のことを(あまこ)と皮肉った愛称で呼んでいた。皮肉と言うのも、小うるさい女房と言う事を子供のかんしゃくのようだと富木が言った事に始まる。


渋々と言った表情のまま、富木は女房の尼子のイチ、ニイ、と数える声をよそ眼に着替えをすませる。


着崩した直垂(ひたたれ)を着直し、陣羽織を羽織る。ぐちゃぐちゃになった袴も履き替える。


「さてさて、女房などほっておいて、こちらはお勤めに行くとしましょうか。」


そう言うと、女房尼を家に残して視察回りに向かう富木であった。


途中尼の「ちゃんとしなさいよー」との声がしてたが富木は無視した。


鎌倉の下総国の領地を見廻り、そこの農地の豊作状況を竹を細工したものに紅で色を付けたものを筒の中に入れ、それをおみくじの要領で1本ずつ引き抜くことで計算してく持ち前の計り物で計算していく。


富木と言う男は博識である。


55歳の老健(ろうけん)の体とは言えその体力は武士と言うこともあり健在。


所謂、文武両道を絵に描いた様な武士(もののふ)であるが、日蓮宗の門下に入る頃には熱心な宗教家として研鑽を深める。


富木には日蓮宗のなれそめがあった。以下は、因幡の国の『梨騒動』に起因する。


--鎌倉時代1230~124○年頃--


豪族の産まれの富木は因幡の豊かな自然環境のもとのびのびと暮らしていた。


この頃の富木はまだ幼い子供で、信仰心など微塵もない様なやんちゃで無鉄砲な子供だった。


「よっしゃ、ここにある木にはもう傷を付けたからここは俺の縄張りだ!」


そんなことを言いよく遊ぶ子供だった。さらには。


「俺は武士になって、鎌倉の豪族を切り伏せて、後鳥羽上皇に支える武将となるのだ!」


そんな無謀な夢も持っていた。


そんなある日、因幡の地に一人の若者が表れる。


彼は兄弟子の禅宗の層のお付きとして来ていた若い層で、因幡の地に仏教の布教に来てた。


若い層の眼は血走るかのごとくくっきりと見開かれ、まるでこちらの事はなにもかもお見通しと言わんばかりの眼力をこの時の富木は感じていた。


富木はこの若者に興味が湧き、早速コンタクトを図ろうと試みた。


「やぁやぁそこの若い層、御前は何をしにこの因幡の地に来られようか!我こそが!この地の後の領主になるもの。名は富木、愛称は富木五郎座衛門。」


富木は意気揚々と言った感じで、祭儀でみかじった大将の名前を使い豪勢な愛称でそう名乗って見せた。すると、若い層はこう言って返す。


「ほう、これはこれは、大した大物からのお声掛け恐悦至極(きょうえつしごく)。」









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