第11章 怪物のアジト

「ここは、どこ?」


 日菜が目を覚ますと、そこは檻の中だった。


 冷たい床に鉄格子、じめじめとした空気が漂う。


「日菜さん?」


 声をかけたのは女王だった。女王は隅のほうで小さく座っていた。


「女王様! 無事だったんですね。ここはどこなんですか?」


「ここは怪物のアジトです。国が襲撃された時、街の人たちを城の地下に避難させた後、私は怪物に捕まってしまったのです」


 怪物に捕まったのは女王だけで、街の人たちは全員城の地下に避難していた。それを聞いた日菜は一安心したが、状況が良くなったわけではない。


「私、街の人たちを探して森を歩いていたら、突然誰かに襲われて、気がついたらここに」


「そうだったのですね。心配させてごめんなさい。どうにかしてここから出る方法を探さなければいけませんね」


 鉄格子は丈夫で、当然素手では壊せない。そして見張りもいる。日菜はまだ魔法が使えず、女王も杖がなければ魔法は使えない。


「お目覚めのようだねえ、妖精」


 檻の外から一際大きい怪物が話しかけてきた。


「だ、誰?」


「なあに、取って食いやしないよ。私はザーラ、こいつらを率いるボスさ」


 ごつごつとした巨大な体に、背中にはピンクの甲羅、大きな爪と牙がぎらりと光る。性別は一応女のようだ。


「私たちをここから出しなさい。妖精界を襲って、一体何がしたいのですか」


 女王は威厳ある態度でザーラに言い寄る。


「この妖精界を支配する。ついでに人間界もね」


「そんなのだめ!」


 ザーラの言葉に日菜は強く反応した。


「おや、そんな反応をするってことは、お前、人間だね?」


 日菜はびくっと体を震わせる。


「妖精に紛れた人間がいるってのは本当だったんだねえ」


 怪物がそんなことまで知っているのはおかしい。一体どこで情報を手に入れたのだろうか。


「そんなこと、誰に聞いたの」


 鉄格子を掴み俯いた日菜は、絶望しながらも真実を探る。


「親切な悪魔が教えてくれたのさ。なぜなのかは知らないけどねえ」


 日菜のことを知っている悪魔、それは一人しかいない。


「あの時の……!」


 悪魔の森、アカデミー、日菜に二回接触し、悪魔になることを持ちかけた人物。その者の正体は悪魔だったのだ。


「心当たりがあるようだけど、手遅れだよ。情報を引き出すまでお前たちを解放する気はないからねえ」


 ザーラは高笑いしながらその場を去っていった。


「もうやだ、帰りたいよ。トト、ララ、助けて……」


 泣きながらうずくまる日菜を女王は優しく抱きしめた。


「大丈夫、きっと助けが来ます。私たちも出る方法を考えましょう」


 二人は寄り添いながら、助けを待つのであった。




 一方、トト、ララ、コノハの三人は、鈴鳴の森で血痕を頼りに日菜を探していた。


「もう昼か、腹減ったな」


 トトの腹の虫が大袈裟に鳴る。


「ご飯にしよっか。私もお腹すいちゃった」


「僕が作るよ! 鈴鳴の森には確か……」


 ララが周りを見渡した時、遠くの何かと目が合った。


「ん? どうした?」


「やばい、来る」


 トトも同じ方向を見つめ、何がやばいのかを察した。


「野生と戦うのは久しぶりだな」


「え! やる気なの?」


 二人の会話についていけないコノハ。とりあえず危険というのを察し、後ろに下がる。


 トトは肩を回し準備運動をする。ララも少しだけ身構えている。


「ちゃんと捕まえろよ?」


「なんで僕まで……」


 タイミングを図ったように何かが全力で走ってきた。


 コノハは何が来るのかと怯えていたが、見えたのはとことこ走る、ピンク色の小さな豚。


「なーんだ、もっと大きいのかと……」


 コノハがほっとしたのも束の間、なぜか真っ直ぐではなく蛇行して走るその豚の体が、徐々に大きくなっていく。


「来た来た来た来た……!」


 ララは尚更身構える。


「ギリギリまで引きつけるぞ、ちゃんと見とけ」


「どこまで大きくする気なのさ!」


「そりゃ、最大限に決まってんだろ!」


 双子の目の前まで来た豚は何倍にも大きくなっていた。


「今だ! 噴炎!」


 トトが手をかざした瞬間、豚の足元から炎が噴き出す。丸焦げの豚は最後の力を振り絞って逃げようとしていた。


「あ、ちょっと!」


 ララは慌てて手を合わせ、豚の周りに網状のツタを出して捕獲した。


「よし、最高記録だな」


「食べきれないし! 危ないからほどほどにしてっていつも言ってるじゃん!」


「今回は聞いてない」


「あーもう!」


 丸焦げの巨大豚を目の前にけんかする双子。それを見つめるコノハ。


「ど、どういうこと?」


 仲裁も兼ねてコノハが質問する。


「ああ、こいつは走れば走るほどスピードが上がって、それに従って体も大きくなるんだよ。これが最高に美味いんだよな」


「兄ちゃんってば、いっつも記録更新とか言って危ないことするんだから」


 双子が捕獲した豚、ピーグは走るスピードが上がるたび体も大きくなる。そして倒れた時の体の大きさがそのまま残るのだ。大きくなればなるほど肉の質が良くなり、市場では高値で売れる高級食材として扱われている。


「いいじゃねえか。余ったら小さく切って魔法で家に移せばいいし、ちょうどいい魔法の練習にもなるしな」


「兄ちゃんのせいでピーグが絶滅しないように気をつけないと」


 他にも木の実などを収穫し、昼食作りが始まった。


 双子の自宅から魔法で転送した調理器具と調味料を使い、ピーグの肉はララお手製のタレに漬けてからよく焼く。そしてそれをパンに挟んで出来上がりだ。


「ピーグのタレ漬けサンド! 召し上がれ!」


 料理上手のララがよく作っていたサンドイッチ。トトが毎日ピーグと戦い、丸焦げの状態で持って帰っていたため、ララの得意料理となっている。


「久しぶりに食ったけどやっぱ美味いな」


「うん! またこれが食べられるなんて、幸せだよ」


 トトとコノハは二、三個余裕で食べきってしまった。


「さすが大食い。二人ともほどほどにしないと太るよ」


「それもそうだね」


 コノハはお腹をさすりながら近くの木にもたれかかる。


「俺もう動けねえわ、寝る」


「え、ちょっと、日菜ちゃん探さないと!」


 ララがトトの体を揺さぶったがもう遅い。トトはいびきをかきながら寝てしまった。


「たくさん歩いたからしょうがないよ。ちょっと休憩にしよ」


 コノハは諦めた様子でそう言った。


「はあ、大丈夫かなあ」


 ララはため息を吐きながら、コノハと同じように木にもたれかかった。


 三人はしばらく、休憩を取ることにしたのだった。




 同じくお昼時、日菜たちの状況は変わらない。


「お腹空いたあ」


 少し前から頻繁に鳴り続ける日菜のお腹は、限界を迎えようとしていた。


「おい、お前たち。飯だ」


 ザーラ以外にも話せる怪物が少しだけいるようだ。その怪物はパンを二切れ置いて行ってしまった。


「こんなんじゃ足りないよ」


 寂しくパンを見つめる日菜。


「よかったら、私の分も食べてください」


 女王が優しく日菜にパンを差し出した。


「え! そんなのできません!」


「いいんですよ。私はお腹空いていませんから」


 日菜はしばらく遠慮していたが、女王の優しさに負け、パンを受け取った。


「うう、硬い……」


 パンの味はほとんどなく、硬いうえにパサパサしていて、食べ物とは思えないようなものだった。


「お母さんの料理が食べたいなあ」


 日菜はまた涙目になる。女王はそんな日菜の背中をさすって元気づけた。


「大丈夫ですよ。もうすぐ助けが来ます。きっと」


 二人は信じるしかなかった。武力も魔法も使えない状態で、檻の中で震えながら助けを待つ。


「女王様、なんだかお母さんみたい」


 少し落ち着いたのか、日菜は女王に笑いかける。


「一応、トトとララを育ててきたので、その癖が抜けていないのかもしれませんね」


 人間界でいう、いわゆるシングルマザーだった女王は、たくさんの苦労を重ね、双子を育ててきた。


「トトとララ、大丈夫かなあ」


「あの子たちは強いですよ。私が知っている中で一番強い妖精です」


 女王は双子が誰よりも努力していたことを知っている。武術も魔法も、お互いに支え合いながら特訓していたことを、今でも思い出すことがある。




「ララ! 今日も特訓やるぞ!」


「えー、お母様が危ないからほどほどにって言ってたよ?」


 幼い頃から双子は、常に一緒に行動していた。


「お母様は心配しすぎなんだよ。俺たちが強くならなきゃ、誰がお母様を守るんだよ」


「ほんとだ! 僕たちはお父様の代わりでもあるもんね!」


 城の庭できゃっきゃと話す双子を、女王は陰でこっそり見ていた。


 トトは戦い好きで、森に出かけてはひんし状態の獣を連れ帰っていた。逆にララは戦い嫌いで、女王と一緒に料理をしたり、森の動物たちと遊んだりしていた。


「俺が撃つから、ララは泡出すんだぞ!」


「また僕? たまには僕も撃ちたい!」


 戦い嫌いといっても、たまには攻撃側にまわりたいという時もあるララ。


「わかったわかった。二ゲームずつで交代な」


「了解!」


 双子が城の庭でやっていた特訓は『泡撃ち』。一人が泡を出し、もう一人がそれを撃つ。魔法を使った簡単なゲームだ。


「行くよー?」


「よっしゃ、来い!」


 トトは片手で拳銃の形を作り、構える。それを確認したララが次々と泡を作り始めた。もちろん、ただの泡ではない。


「兄ちゃん、腕落ちたんじゃないの? 全然割れてないじゃん」


「うるせえ! 急に強度上げすぎなんだよ!」


 撃っても撃っても弾かれる。水の繊維を丁寧に編み上げて作られた最大強度の泡を、ララは十歳で瞬時に作り出せるようになっていた。


「壊せないんだあ、兄ちゃんなのに?」


「ちっ、じゃあ本気出してやるよ!」


 ララの煽りでトトはさらに魔力を込める。速度と威力が増した水の弾丸は、徐々に泡を割り始めた。


「これが最後、絶対に割らせない」


「やってみろよ」


 最大の強度と大きさ、二つを併せ持った最強の泡がトトの目の前に作り出された。ララの体力は限界に近づいているのか、息が切れている。


 全身全霊でトトは再び魔力を込め、標準を合わせる。そして水の弾丸は解き放たれた。


「いけええええ!」


 泡に弾丸が触れる。弾かれてはいないがなかなか割れない。強度は鋼と同等、丸い弾丸では割れないその泡にトトが放ったのは、尖った水の塊だった。


 激しく割れた音が響き、泡はガラスのように砕け散った。


「あんなのずるいよ! 尖らせるなんて!」


「名付けて『アクアニードル』! すげーだろ?」


 庭に細かい雨が降る。ずっと様子を見ていた女王は慌てて駆けつけた。


「二人とも、やりすぎですよ!」


 息子の成長は嬉しいのだが、さすがに下手をすれば怪我人が出る。


「うわ! 逃げるぞ!」


「え! ちょっと待ってよ!」


 逃げ足の速い双子は、森のほうへと走って行った。


「本当に、困った子たちですね」


 そんな双子を、女王は微笑ましく見ていた。




「だから大丈夫です。安心して待ちましょう」


「女王様が言うなら信じます!」


 日菜に少し、元気が戻ったようだ。そしてまたお腹が鳴り出した。


「やっぱり足りなかったんですね」


 女王が小さく笑いながら日菜を気遣う。


「あ、えっと、ごめんなさい」


「いいんですよ。子供はたくさん食べて大きくなるんですから」


 恥ずかしそうに下を向く日菜。パンを全て食べてしまった後だが、お腹が空いてしょうがない。しかし、食べ物はもうどこにもない。


「女王様は本当にお腹空いてないんですか?」


「はい。実を言うと、妖精は食べなくても生きていけるんですよ」


 もちろんお腹は空くが。妖精の生命維持に関わっているのは食事ではない。


妖精の生命を保っているものは二つある。一つは魔力。簡単に言えば、魔力がなくなれば死に至る。もう一つは血液。妖精の血液は人間と違い、体を循環することでエネルギーを作り出している。


それと、妖精の血液には傷を癒し、体の回復能力を高める効果がある。つまり、妖精は人間より傷や病気の治りが早い。


「え! 体の中はどうなってるんですか?」


「ちょっと難しいお話なので、それはまた今度にしましょうか」


 女王が話を切り上げたその時、大きな地響きと爆発音が地下に轟いた。


「な、何が起きたの?」


 土煙が地下まで流れ込み、視界が覆われる。女王と日菜は決して離れず、煙を吸わないよう口を手で塞いだ。


「ちょっと兄ちゃん! さすがにやりすぎ!」


「さすが、変わらないねー」


「いいじゃねえか、開いたんだから。それに、救出は派手にやったほうがかっこいいだろ?」


 視界が開けたその先には、トト、ララ、コノハの三人が立っていたのだった。

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