少女の妖精物語 ~魔女が生み出した魔物~

畝澄ヒナ

第1章 出会い

自然豊かな町、木漏れ日がさす森を、櫻井日菜は歩いていた。


 翌日に小学校の入学式を控えた日菜はボブショートの髪をふわふわと揺らしながら、探検気分で森の最深部までたどり着いた。


「大きい木だなあ。あ、穴が空いてる」


 興味本位で覗いた穴の中は空洞で、真っ暗な闇が広がっていた。その時、うっすらと見えた影が勢いよく日菜の頭を直撃した。


「きゃあ!」


 とてつもない衝撃とともに激しい光に包まれ、日菜は思わず目を瞑る。


 再び目を開けた日菜の前にいたのは、茶髪に青い瞳、背中に羽の生えた、同じぐらいの背の少年だった。


「痛えな、ってお前、誰だ?」


 生意気な口を利くその少年は、日菜を不思議そうに睨みつけている。何が起こっているのかわからない日菜は、ある異変に気づいた。


「あれ、何これ」


 背中に何かがついている、というより生えていた。辺りを見回すと、さっきまで見ていた景色の全てが大きく見える。近くにあった泉に顔を覗かせると、日菜の姿は目の前の少年に酷似していたのだった。


「ど、どうなってるの?」


 動揺が隠せない日菜に対して、慌てふためく姿を呆然と見つめていた少年はため息混じりに口を開いた。


「どうもこうも、俺が魔法かけちまって、お前も妖精になったっていうだけの話だ」


 だけ、で済まされる問題ではない。それと『妖精』という現実離れした情報に、日菜の頭の中では混乱を示すひよこが回り続けていた。


「魔法? 妖精? というか、あなた誰?」


「おいおい、俺が先に質問してんだから、そっちが名乗るのが先だろ?」


 反省の色を一切見せない少年の態度に、日菜は怒りを覚えながらも名乗ることにした。


「櫻井日菜、です」


「よしよし。俺の名前はトトだ、よろしくな、日菜ちゃん」


 なぜかこれから仲良くしていこうという口ぶりのトト。そんなことは当然お断りの日菜は、トトに対して声を荒げた。


「よろしくじゃないよ! 元に戻してよ!」


「無理。元に戻す魔法知らないもん」


 きっぱりと言い放ったトトの言葉に絶望する日菜。


「そんなあ……」


 うなだれる日菜をよそに、トトは通ってきた穴をまじまじと覗いていた。


「へえ、人間界から見るとこんな感じなのか、って……ん?」


 第二の影が、先ほどの再放送のようにトトの頭を直撃した。


「痛え! 今度はなんだよ」


 穴から出てきたのは、トトと瓜二つの少年だった。


「兄ちゃん!」


「ララ! どうしてお前まで」


 露骨に嫌な顔をしたトトに、ララはお構いなしに突っかかる。


「どうしてって、兄ちゃんが穴に飛び込んでるのが見えたから、追いかけてきたんじゃないか。置いていくなんてひどいよ」


 うるうるとわざとらしい涙目でトトに擦り寄るララ。日菜からすれば、どっちがどっちなのか判別できないほど、二人はよく似た双子だった。


「ちょっと、私のこと忘れてない?」


 日菜が二人の馴れ合いに割り込む。それに反応したララは、じっくりと観察しながら日菜の周りをぐるりと一周した。


「兄ちゃん、またやらかしたんだね」


「げ……」


 反論できないトトは、ゆっくりと視線を逸らした。


「あーあ、どうすんのさ。まーた怒られちゃうよ、何回目なんですかーって」


 ララの容赦ない煽りが始まった。日菜は会話の内容に全くついていけない。


「う、うるせえ! 見つけりゃいいんだろ、元に戻す魔法!」


「そりゃあ当然だね」


 ふてくされ、そっぽを向いたトトに呆れた表情を浮かべたララは、再び日菜のほうを向き直した。


「うちの兄がしたこと、もちろん責任は取るからね。君を人間に戻す魔法を必ず見つけ出してみせるから、安心して」


 笑顔で握手を求めてきたララに、日菜は恐る恐る手を伸ばし、少しひんやりとした手を優しく握った。


「あ、ありがとう」


「そういえば、名前聞いてなかったね」


 無邪気ながらも大人びた、不思議な雰囲気を纏ったララは、お兄さんといった立ち位置で日菜に話しかける。それが癪に触るのか、トトがすかさず口を挟んだ。


「日菜ちゃん、だってよ」


俺の方が先に知っていた、とあからさまな態度で、自慢げに鼻を鳴らす。


「どーせ、ぶっきらぼうに失礼な態度で無理やり聞き出したくせに」


 ララの言葉に日菜が小さく頷く。


「ほーらね」


 今度はララが自慢げに鼻を鳴らした。面目丸潰れのトトは明確に睨みを効かす。


 ばちばちと視線で火花を散らす双子を、なんともいえない表情で日菜は見つめていた。


「それより、明日入学式だから、この姿だけでもどうにかならないの?」


 流石に妖精の姿のままでは、人前に出ることができない。しかし、家に帰らなければ確実に警察が出動することになるだろう。


「できるぜ、一時的に人間の姿にすること」


 トトは日菜に向けて、指を一振りした。


 その瞬間、日菜は光に包まれ、人間の姿へと変わった。


「本当だ、戻ってる!」


 手のひらにトトを乗せて、日菜は姿が変わったことを再確認した。


「まあ、一日で解けちまうけどな」


「それは兄ちゃんが毎日かけてあげるんでしょ」


 日菜の右手と左手に座り、また言い合いを始める二人。


 前髪を右に流し右手に座るトト、前髪を左に流し左手に座るララ。日菜は段々と二人の判別ができるようになっていた。


「本当に仲良しだね」


 正反対で似た者同士の双子に、日菜は興味津々だった。


「「どこが!」」


 反論の言葉さえ息ぴったりで、思わず日菜は吹き出してしまった。それを見て恥ずかしくなったのか、既に空中に移動していた双子は顔を見合わせ赤らめた。


「あ、もうこんな時間」


 日菜は時計を見て、空を見上げた。


 春の暖かな日差しはいつの間にか夕日に変わり、青く澄み切っていた空は町内アナウンスと共にオレンジ色へと染まっていく。


「じゃあ、私帰るから」


 そう言って日菜が手を振ろうとすると、トトは不思議そうな顔をした。


「何言ってんだ、俺もついていくに決まってんだろ?」


「え?」


 どこまで図々しいのか、日菜は驚きのあまりこれ以上言葉が出ない。


「兄ちゃんがそんな言い方だから驚いちゃってるじゃないか。もっと丁寧に『お願いします』って頭下げてお願いしないと」


 そういうことではない。解釈違いを起こしているララに、呆れた眼差しを向ける日菜。


「別にいいだろ言い方なんて、てか、ララも来んのかよ」


「当たり前じゃん、何一人だけ優遇されようとしてんのさ」


 優遇するどころか、家に招き入れる心持ちさえない日菜は、解釈違い尚且つ低レベルな言い合いに割り込んだ。


「いやいや、家に連れていく気無いから!」


「「え?」」


 日菜と双子の間に冷たい風が吹き抜ける。おそらくこの世で一番意味不明な沈黙が、虚無として場を凍りつかせていた。


 止まってしまった時間を再び動かすように、ララが口を開く。


「またまた、ご冗談を。ほら、僕が作ったクッキーあげるから、一緒に行こう?」


 ララは徐にクッキーを取り出し、謎のごますりを始めた。その表情に大きく『欲』と表れているのが、日菜には十分に見えていた。


「残念だったな、そんなはした金ならぬはしたクッキーで日菜ちゃんが言う事聞くわけないだろ?」


 そう言いながらララのクッキーをひょいと掴み、つまみ食いするトト。


「ちょっと、勝手に食べないでよ!」


 もはや何で争っているのかもわからなくなっているが、空中で続く言い合いをどう収拾づけるべきか、日菜は一つの絶対選択したくなかった答えを導き出していた。


「もうわかったから! 家に案内するってば!」


 その言葉に勢いよく振り返る双子。ララが高々と拳を上げて叫んだ。


「そうと決まれば、レッツゴー!」


 収拾はついたものの、どこか納得のいかない日菜であった。




 ララは日菜の左肩に座り、足をぶらぶらさせている。その一方で、トトは日菜が背負っているリュックの小さなポケットで寝ていた。


「着いたよ」


 日菜の声かけでトトが目を覚ます。ララは既に日菜から離れ、玄関のドアの覗き穴を頻りに観察していた。


「何回覗いたって、外からは何も見えないよ?」


 日菜がドアノブに手をかけ助言する。


「久しぶりだからさ、楽しくって」


 ララはそう言った後もまだ覗き続けていた。


 家に入り、リビングにいる母親に向けて一言「ただいま」と告げた後、日菜は階段を駆け上がり、二階の部屋に着くや否やリュックを放り投げ、ベッドに寝転んだ。


「あーあ、誰かさんのせいで疲れたー」


 日菜が双子に視線を向ける。


「だってさ、兄ちゃん」


「はあ? ララのこと言ってんだろ」


 幾度と見た光景に深いため息をついた日菜は、静かに目を閉じて状況を整理することにした。


 非現実的な『妖精』という存在やそれになってしまったこと、元に戻る魔法が無いこと。そして、こうなった原因がなぜか家にいること。


 どれだけ考えても完全には理解できず、同じ考えが日菜の頭の中を巡るだけだった。


「何難しい顔してんだよ」


 ゆっくりと目を開ける日菜の額に人差し指をちょんと突き立てたトトが、恥じらいもなく至近距離で日菜を見つめていた。


「うわあ!」


 驚いた日菜は勢いよく起き上がった。その頭を間一髪で避けたトトは不思議そうに再び見つめる。


「なんだよ、そんな驚かなくても」


「近いよ!」


 日菜は自分の顔が熱くなっていることに気づいた。もしトトが人間であったなら、完璧というほど綺麗な顔立ちに、一瞬で虜になってしまっていたかもしれない。


日菜はそんな妄想にストップをかけ、平常心を保とうとする。


「変なの」


 トトはそう言って日菜から距離をとった。ララはその光景を見て何かを察する。


「おませさんだねえ」


 にやにやするララは、そう囃し立てた。


 言葉の意味を理解できない日菜は気にせずスマホをいじり始める。トトも同様に、部屋の探索へと戻っていった。


 この状況を『ときめき』と捉えているのは、ララだけなのであった。




 夕食済ませ、就寝の準備をする日菜。


 机の横に置いてある新品のランドセルを見つめながら、翌日のことを想像する。


「入学式って、どんな感じかな」


「そもそも入学式ってなんだ?」


 不安そうな日菜に声をかけたのは、窓際で星を眺めていたトトだった。


「なんか、学校に入るための儀式、みたいな」


「何それ怖い」


 物騒な説明に身体を震わせたララは、真っ赤なランドセルにぼんやり映る自分の姿を見つめ、ポーズをとっていた。


「別にそんな怖いものじゃないとは思うけど、でも」


「でも?」


 日菜の気持ちが伝わり、ララも不安な表情になる。


「友達、できるかなって」


 あまりにも可愛い悩みにトトが声をあげて笑いだした。突然の出来事に日菜は目をまん丸にさせる。


「な、何?」


「もう解決してんじゃねえか、その悩み」


 トトの言っていることが、日菜は理解できなかった。


「兄ちゃんはいつも言い方が遠回りなんだから、はっきり言ってあげなよ」


 ララが優しく助言する。


「仕方ねえな」


 そう言って窓際から離れたトトは、日菜の目を見て言い直した。


「俺たちはもう友達だろ?」


 かっこつけではない心からの本音が、日菜の胸につっかえていたものを洗い流していく。


出会ってまだ一日も経っていない早すぎる友達宣言が、なんの躊躇いもなく心に染み渡っていくのを、日菜は感じていた。


「そうだね、ありがとう」


 大きな感謝を伝える声が小さくなったのは、恥ずかしさと嬉しさが日菜の心を染めた証拠だった。


「いいってことよ」


 相変わらずの態度だが、それがトトの優しさだと日菜は気づく。不器用ながらストレートなこの性格が日菜には合っていた。


「こうなったら意地でも人間に戻す魔法見つけないとね、兄ちゃん」


 明るく言っていても、ララの言葉の内容は脅しそのものだった。しかし、鈍感なトトには通じない。


「わかってるって、そのうちな」


「そのうちじゃだめ!」


 トトのあっけらかんとした態度に、ララは頬を膨らませ睨みを効かす。


「じゃあララが頑張れ」


「なんでそうなるのさ」


 またまた始まる兄弟げんか。ただ絶対に手を出さないことが、唯一の救いだろうか。


 日菜は『けんかするほど仲が良い』と、いつの日か母が言っていたことを思い出した。


 ことわざを頭の中に刻み、日菜はその光景を微笑みながら眺めていた。


「日菜ちゃん?」


 ララが日菜の表情に気づいて声をかける。


「ん? 何か嬉しいことでもあったか?」


 察する能力ゼロのトトが、ララの後ろから顔を出す。


「ううん、なんでもない! けんかはおしまいにして、もう寝よ!」


 適当にけんかを仲裁し、日菜は布団に潜り込んだ。双子もちゃっかり布団に入り、目を閉じる。


 三人はお互いに「おやすみ」と言い合い、眠りについた。


 人間に戻る魔法を見つける、少女の妖精としての不思議な物語が幕を開けたのだった。


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