第2話 緊急クエストとそれぞれの夢

 だが、昼休みのことだった。


「ソノ鞄に付けてるキーホルダー、異世界無双ですよネ?」


 自炊(異世界に飛ばされても一人で食料が確保できるよう修業の一環)した弁当を鞄から取り出していると、アナスタシアさんに話しかけられた。

 こんな美人が俺に話しかけるなんて何かの間違いか? と思い周囲を見回してみる。

 が周りには誰もいない。どうやら、俺に話しかけているようだった。

 なので俺は、彼女の問いに応えなければならなかった。

 そして――


「え、あ……あの、そ……そのとおりです」


 しどろもどろになりながら、何とか言葉を紡ぎ出す。

 俺が唯一怠ってる異世界転生時の修業……それは女性との会話だ。

 漫画やアニメの異世界転生モノでは高確率でパーティに女性がいる。なんだったら女性の比率が高いことの方が多い。

 だが現実は悲しいかな。会社の女性社員どころか学生時代もまともに女性と話してこなかったので、対異性間コミュニケーションのスキルはゼロどころかマイナスの数値に達していた。


 ところが、そんなオレの情けなさとは裏腹に、彼女はとんでもないことを口にしてきた。


「ふふ、私もそのアニメ大好きデス。よかったら、一緒にお弁当食べませんカ?」


 な、なんということだろうか。

緊急クエスト「エルフ女性とのお昼ごはんを切り抜けろ!」が発生してしまった。

 当然、俺に断る術はなく……


「わ、わかりました……いいですよ」


 と、クエストを受注するしかなかった。



「ワタシも大好きデス! それ見てマス!」

「え!? 本当ですか!? なかなかマニアックなのまで見てますね、アナスタシアさん」


 緊急クエストは、思いのほか和やかに進んだ。

 お互いの好きなアニメを出し合っていくと、二人とも異世界転生モノが好きだとわかり、話が弾んだのだ。

 彼女は自分が幼い頃の異世界転生モノまで網羅しており、俺は心の中で「なかなかのマニアだな」と感心していた。

 こうして、俺たちのお昼ごはんは終始盛り上がって進んで行ったのだった。

 しかし――


「あの、こんな冴えないおじさんの昼飯に付き合っていただきありがとうございました。楽しかったです」


 そろそろ昼休みも終わる。

 こんなおじさんと一緒にいるところを誰かに見られたら、今後の彼女の社内での立ち位置に傷をつけてしまうだろう。

 俺はそう思い、彼女を遠ざけようとした。

 ところが――


「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。実は、さっきの朝の言葉聞こえてました」

「え? さっきの?」


 いったい何のことだろうと、俺は首を傾げた。

 すると、彼女はこう言ったのだ――


「朝、私のこと……エルフって言ってくれましたよね?」

「え? あ、いや……あの、それは……」


 しまった。あれは思わず口をついて出た言葉だったが……聞かれていたのだ。

 これは、完全にキモがられた。痛恨のミスだ。

 男子はいくつになろうと女性にキモがられることに怯えているものなのだ。

 せっかく異世界モノ好きの仲間ができたと思っていたが、自分のうかつさのせいで明日からはもう目も合わせてもらえないだろう。

 なんだったら、セクハラで訴えられてしまうかもしれない。

 俺は明日からの地獄の日々を想像すると、せっかく食べたはずの弁当をすべて吐きそうになってしまった。


 ……ところが。そんな俺の思いとは裏腹に、アナスタシアさんははとんでもないことを口に出した。


「あの言葉……すごく嬉しかったデス。だってワタシ……

「え?」

 

 時が止まった。

 エルフに……なりたい?

 とてもじゃないが信じられない言葉だった。

 まさか、俺以外にも似たことを考えてる子がいたなんて……。


 俺は、自分も異世界転生されるのを夢みて修業していることを明かそうかと思った。

 しかし……


『いや、待て。ここですべてを明かしたらドン引きされるに決まっている。まずは相手のレベルを探るべきだ』


 と、内なる俺がそう囁いた。

 そして俺は、彼女に軽いジャブとして質問をぶつけてみた。


「あはは、そうなんですね。ちなみに、エルフになるために何かしてるんですか?」

「はい! エルフになるため、エルフ文字を覚えたり言語の練習してマス。あと、小説に出てくるようなエルフの料理は一通り作れマス」


 こ、この子……本物だ。

 本当にエルフになりたくて……しかもそれを恥ずかしがることもなく、胸を張って言える……なんて勇敢な子なんだ


 それに比べて俺は……キモがられるのが怖くて、自分の夢を隠してしまった。

 情けない……その一言に尽きる。


 だが、そんな気持ちとは裏腹に、俺の胸はわずかに高鳴っていた。

 この子になら言える。

 長い間秘めてきた、俺の夢を!


「じ、実は……俺もなんです……」

「エ?」

「実は俺も……異世界転生されるのを夢見て、修業してるんです!」


 今までにないほど緊張しつつ、俺は胸の内を明かした。

 キモがられるかもしれない、拒絶されるかもしれない……そんな思いがないわけではなかった。

 それでも俺は、この夢を彼女に共有したかった。


「寝る前には剣の修業だってしてますし、魔法の修業もしています。俺は、異世界転生されるのが夢なんです!」

 

 初めて、胸を張って誰かに夢を明かした。

俺の胸は、ドキドキと高鳴っていた。

 そして、アナスタシアさんは――


「ふふ、ワタシと一緒ですネ!」

 

 そう言って、俺の両手をギュッと握り満面の笑みを見せてくれた。

 それから彼女はニコッと微笑むと――


「私たち、素敵なパーティになれそうデス」


 と言ってくれた。

 こうしてここに、勇者(志望)とエルフ(志望)のパーティが会社で結成されたのだ。

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