光が私を照らすとき

第1話

 こんなクソみたいな世界、さっさと滅亡すればいいのにって思ってた。


 そう、あなたに出逢うまでは――――。



 ♔♔♔



 私、倉科真白くらしなましろは、児童養護施設で暮らしている。

 


 父さんからの度重なる虐待に耐えかねて家を飛び出したのは、12歳の冬だった。

 ニタアと不敵な笑みを浮かべて、いつものようにパジャマのズボンに手を入れられた瞬間――心の中で何かが切れた。


 

 私は父さんが眠るのを待って、そっと布団から抜け出した。


 足音を立てないように、息を殺しながら玄関まで這って進む。何とかたどり着くと、震える手でドアを開け、靴も履かずに外に飛び出した。

 

 冷たいコンクリートが裸足に突き刺さり、凍える風が薄いパジャマ越しに体を切りつける。


 走って、走って、近所の交番にたどり着いたときには、涙が溢れて止まらなくなっていた。

 

 どうすればいいか分からなくて「誰か、誰か助けてください!」って大声で叫ぶ。すると、お巡りさんが驚いた様子で出てきて、私を大きいタオルで包み込んでくれた。



 

 ――それ以降の記憶は、かなり朧げになっている。

 

 父さんは警察に捕まって、監護者わいせつ罪で起訴され、実刑1年だと聞いた。

 私の頭にはただ、もうあの家に帰らなくていいという安心感と、漠然とした不安が残っていた。

 


 ♔♔♔



 施設に来て1ヶ月が経った。


 時刻は夜中の11時。眠れなくてベッドの中で何度も寝返りを打ったけど、結局目は冴えるばかり。


 仕方なく水を飲もうとリビングに向かうと、薄暗い廊下の先に洗面室の明かりが漏れている。

 思わず耳を澄ますと、施設で同い年の2人が、私のことをヒソヒソと話していた。


 

「ねえねえ、この前来た真白ちゃんって子、石みたいに動かないし喋んないよね」

「分かる! 笑わないし泣かないし、怒ったりもしないし、なんかずっと真顔でロボットみたいだよね」

 

 



 私は物心ついた頃から人と話すのが苦手で、視線が合うだけで頭が真っ白になってしまう。

 

 だから友達なんていたことないし、今更欲しいとも思わない。

 こんな風に噂話をされるのも慣れっこだ。

 


 そんなことを考えながらリビングに入り、台所の水道から水を飲む。

 コップを口から離して顔を上げると、暗いリビングにテレビの明かりが光っていた。

 


 誰かが消し忘れたのだろうか。


 ……消灯時間とはいえ私が付けたわけじゃないし、ちょっとくらい見ていてもバチは当たらないだろう。

 そう思って、テレビの前に膝を抱えて静かに座る。

 

 

 


 瞬間――私は、画面に映った光景に目が離せなくなった。

 

 流れているのは、新人アイドルグループ「Lumine」の特集番組。



 

 

「テレビの前のみなさん、初めまして!せーの、Lumineでーす!」

 


 

 そこには、王子様のような衣装を着た6人の男の子たちが、キラキラと笑って挨拶をしていた。


 


 ――世の中には、こんなにキレイな男の人がいるのか。

 私は眩しくて、思わず息が詰まりそうになる。



 世の中の男なんて、父さんやクラスメイトの男子くらいしか知らなかったから、まるで新鮮に見えた。

 自分と遠い存在だと分かっていながらも、なぜだか釘付けになってしまう。


 

 その中の一人、ユズって呼ばれてる子が話し始めた。


 「初めまして!ルミネの最年少、鮫島柚希さめじまゆずきです!ユズって呼んでくださいっ!」



 …………か、かわいい。


 

 男の子にこんな感情を抱くのは失礼なのかと思いつつも、それ以外の表現が思いつかない。

 画面の向こうの彼は、自己紹介を続ける。


「えっとですね……っ! 実は僕、4歳の頃に家族を亡くして、養護施設で育ちまして」


 私は、思わず目を見開いた。


「周りの人達は、みんな優しくしてくれました。それでも、なんでかずっとひとりぼっちの暗闇にいるような――そんな幼少期を過ごしました」

 

 笑顔なのに、どこか切なそうな目をしてる彼に、胸の奥が疼く。


 

「だから、僕と同じような境遇の人達を照らすお仕事がしたいと思って、アイドルになったんです」

 


 彼のよく通る声は陽だまりのように暖かくて、でも心なしか少し震えているようだった。


 

「今、テレビの向こう側で苦しい想いをしている貴方を、いつか絶対眩しい場所に連れて行きます! だからそれまで、どうか生きていてほしいです」



 ユズの声がテレビから柔らかく響き、暗いリビングに春の風みたいな温かさをもたらした。

 

 


 

 

 ――生きていて、ほしい?

 


 

 

 気がつくと、目からボロボロと熱いものが溢れ落ちていた。


 

 生まれてすぐに母さんから捨てられて、父さんには使い捨ての道具のように扱われた。ここに来てからも、私に寄り添ってくれる人なんていなかった。

 

 誰も優しくしてくれない。誰も見つけてくれない。

 こんな暗闇でうずくまるひとりぼっちの私に、''生きていてほしい''と願う人がいるなんて。

 

 ユズの笑顔が眩しくて、胸がギュッと締め付けられる。

 

 画面が次のシーンに移っても、ユズの言葉が頭から離れなかった。

 ひとりぼっちだったと話す彼が、ひとりぼっちの私を見つけてくれた気がした。

 

 

♔♔♔

 

 

 翌日、施設のパソコンで早速「Lumine」ってグループを調べてみる。ユズの名前を見つけて、改めて写真を見て、胸がドキドキと高鳴る。

 

 中性的で綺麗な顔立ち、クリッとした大きな目、優しい笑顔。


 私には遠すぎる存在だと分かっていても、なぜか近づきたくて仕方がなかった。


 

 それから、月に一度のお小遣いを貯めて、生まれて初めてCDを買った。

 ユズのポスターを部屋に貼って、毎日見つめるようになった。

 


 気づけば、ユズは私の光になっていた。

 私を照らしてくれる、たったひとつの眩しい光。

 

 世間ではこういうのを''推し活''って言うらしいけど、私にとっては生きる理由そのものだった。

 

 

 ユズがいるから、私は今日も息をしていられるんだ。


 

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