Depth17 アイオーン
即席コンビの太陽と佐久間、それに小日向と猪俣はすぐに”竜宮城”へと向かった。町ビルの5階に位置する竜宮城だが、入り口と呼べるものは二箇所ある。1つはもちろん正面の入り口、そしてもう1つは非常階段につながる裏口である。即席の2人は非常階段側、C-SOTの2人は正面から突入することになった。太陽以外は拳銃を携え、決めていた時刻に同時に中へと突入した。
「警察だ。手を上げてその場に跪け!」
猪俣の威勢のいい声と共にドアが一気に開かれる。そこには眼鏡にスーツ姿の神宮寺に加え2人の男がいた。1人は目つきの悪い若者で、髪や服装には清潔感がなく、スウェットとパーカーを着てスマホをいじっていた。もう1人は30代半ばくらいに見え、先ほどの男とは対照的にシックなオフィスカジュアルというような服装をしている。整えられた口髭と手に持つ煙草もおしゃれに見えた。
「そのパターンは想定外ですね」神宮寺はボソリと呟いた後に「ダイブしますよ!」と叫んだ。残る2人は、一方はおろおろとしながら、一方は落ち着いて、持っていたらしいマスクを装着しようとする。
「させるかよ!」
猪俣は拳銃で威嚇と牽制を兼ねた射撃をする。緊急時や相手がダイバーでなければ正しい判断だ。だがそれでは間に合わない。そう判断したのであろう佐久間と小日向は狙いにくい角度と障害物があるにもかかわらず、正確無比な射撃をした。
放たれた弾丸は、一発は若者の腕をかすめる。彼自身マスクはすでに装着していたものの、手に持っていたスマートフォンは床に転がった。さらに神宮寺の腹部付近、シックな男の太ももに命中し、辺りには血が散乱する。
「「「
しかし、それとほぼ同時に全員が心海へと姿を消した。おそらくはもともと示し合わせている座標などがあるのだろう。心海内のアジト何かだろうか。彼らはなんとか逃げおおせたようである。
「すみません、僕もちゃんと狙えていたら……」
猪俣は逃がしたことを自分の落ち度ととらえているようだが、小日向と佐久間が場馴れしすぎているだけで新人である彼に落ち度はなかった。
「1人くらいは確保できると思ったけど……でも、もーまんたい!それぞれの血液に加えてスマホ。これだけあれば手がかりは充分。それに猪俣くんの声や牽制射撃であいつらも動揺してたもん」
小日向はそう言って、猪俣の肩に手を置いた。彼は少し照れ臭そうにしたが、やはり少し悔しそうに俯いている。それで言えば太陽は何もしていないのだが、気に留めていないらしく、落ちていたスマホを無造作に触った。
「本来であれば指紋採取などのために鑑識へ回したいところですが……それよりも今は情報収集を優先しましょうか」
そう言って佐久間もそれをのぞき込む。スマートフォンの画面には、やりかけのオンラインゲームが映し出されていた。銃を使ったシューティングゲームらしい。「うお、すっげ」猪俣が若者らしく驚いていたことから察するに、かなりやりこまれているようだ。太陽は若者ながら興味は露ほどもないらしく、そのアプリをすぐに閉じると、メールやチャットアプリを開く。そこには神宮寺とのやり取りが残されていた。そこには心海深度および座標もメモされており、かなり有力な手掛かりとなりそうだ。また、アプリの会社などに問い合わせれば、神宮寺が他の人間と行ったやり取りなども確認できるかもしれない。
「猪俣さんと小日向さんはすぐに警察にもどって、このアカウントの調査や警察資料との照合をしていただけますか?また、血液なども鑑識を呼んで調べさせてください。私たちは彼らの残したこの座標情報をもとに直ぐにダイブして追います」
佐久間はそう言って、マスクに座標をセットする。「行きましょう、ヒダカさん」太陽も気乗りはしなかったが行くしかなかった。今日一日だけだ。自分にそう言い聞かせ、マスクを被る。
「了解しました、気を付けて行ってきてください」
小日向は佐久間のことを全面的に信頼しているらしく、即座に指示に従った。猪俣ももちろん異論は唱えない。
「「
2人は奴らの足跡を追って心海へと入っていった。
――
太陽と佐久間は到着して周囲を見渡す。そこはいつも通りの寂れた空間であり、取り込む空気すらざらざらと胸に留まる感じがする。だが、太陽の目に飛び込んできたそれは、今までに見たことのないものだった。その構造物が心海にあるのを想像したこともなかったのである。
「ふむ。こんな地形が日本に存在するとは……興味深いですね」
それは西洋の古城を思わせる巨大な廃墟だった。本当にプリンセス気取り、というわけらしい。足元にはところどころ被弾した傷跡から出たのであろう血痕が残っていて、その古びた城に向けて伸びていた。
「俺は能力を使わせてもらう。例の”透明化”ってやつだ。ひとまずは協力してやる。だが、お前の本当の狙いは何だ?女王蜘蛛のババアから何か吹き込まれたか?」
「ふふふ。あの方をババア呼ばわりして生存しているだけで、貴方は興味深い存在ですよ……。私の狙い……ですか。心海についてより深く知ること。そして……あわよくば再び深淵を覗くこと、でしょうかね」
コイツは確かDepth50まで潜ったんだったか?根っからの心海マニアというわけだ。イカれているとしか思えない……太陽は呆れつつもバディを呼び出して能力を行使した。「ロイ、いくぞ」ロイの目元からは黒い涙があふれ、悲哀に満ちた鳴き声が轟く。だがその声は太陽にしか聞こえない。その周波数を拾うラジオはまだ彼以外に存在していないかのように。
その様子を佐久間はじっくりと眺めた。涙の煙が消え、そして太陽の存在も消失する。佐久間は少し観察してから歩き始めた。
「行きましょうか。返事はしなくて結構ですよ。できるのかできないのかはわかりませんが」
彼は血の跡をたどって淡々と歩を進める。やはり城の内部に血痕は続いているようだ。あまり警戒している様子もなく、佐久間は大広間の扉を開く。ギイギイと老いた音を立てながら扉を開けた先には、4人の人物がいた。先ほど”竜宮城”にいた人物に加えてもう1人。玉座に腰を下ろし、扇子を広げて見下すような目で見ている女だ。
「あら、お客様のようね」
彼女がオトヒメだろう。件の動画に出ていた人物そのまま、いや、それよりも少し若く見える。かなりの美人で、ツヤツヤとした黒髪は肩のあたりまで伸ばし、紫のドレスを優雅に着こなしていた。その声は涼やかな音色で、気品を感じさせる。
「皆様を逮捕させていただきにまいりました。きなさい、オルカ」
笑顔で告げる佐久間のそばにはバディ”オルカ”の姿がある。そして、蜃気楼のように揺らぐ模様から、次元が歪んだように新たなオルカが2体出現した。
「安心してください、殺しはしませんから。それより、皆様のバディ能力をぜひ見せてください」
「何だお前?1人かよ!へっ」腕に傷を負った若い男は、鼻で笑いながら佐久間をにらんだが、目が合うと気圧されたのかすぐに目が泳いだ。他の3人は黙って佐久間を観察している。
「おっと……大変失礼いたしました。名乗るのを忘れておりましたね。私は佐久間宗一郎。どうぞお見知りおきを」
そう言って優雅にお辞儀をした佐久間を見て顔色が変わったのは神宮寺だ。歪んだ笑みを浮かべながら眼鏡をくいと持ち上げる。
「最果ての三傑……?まさか……ありえません」
新入りらしき2人は知らないのだろう。なにやら神宮寺に尋ねて顔つきが変わった。だが、まだ本物と判明したわけではない上に、数の有利もあるためか、そこまで焦っている様子もない。いや、その実力を知る者でなければ、どれほどの強者なのか想像はし難いのだろう。
「佐久間宗一郎……この目で拝めるとは光栄ね。どうかしら?ワタクシと組みません?」
オトヒメだけは例外で余裕の笑みを崩さずに、その涼し気な声を響かせる。
「麗しき貴婦人のお誘いを断るのは心苦しいのですが、そういうわけにはまいりません。貴方は凶悪な殺人犯ですしね。大人しく投降すれば傷つくことはありませんよ」
そう言ってコツコツと靴音を響かせて玉座へと歩み寄る。
「下がりなさい。あなた達では歯が立たないでしょう……おいでなさい、アイオーン」
オトヒメの傍に現れたそのバディはウミガメの姿をしているが、背中の甲羅は煌びやかな宝石箱のようになっている。さらに、それ自身もまるでラッセンの絵画から飛び出してきたかの如く幻想的な雰囲気を醸していた。箱の蓋からは白い煙がドライアイスのように溢れ彼女を囲い、まるで舞台演出のようである。
その指示を受け男たち3人は逃げるようにオトヒメの後ろへと退いた。彼らの周りにも煙がヴェールのように囲っている。
「ふむ、その煙で人の生命力を奪うというわけでしょうか?ならこれではどうです?」
佐久間は歩みを止めて拳銃を構えると、容赦なくオトヒメめがけて撃ち込んだ。白い煙は弾丸から彼女を守るよう、まるで意志を持ったかのように広がる。そして、弾丸は煙に触れると同時にその動きを止め、さらさらと朽ちていった。
「なるほど、生命だけではない……と。少々厄介ですね」
彼は続いて手で軽く合図をすると、即座にオルカが彼女めがけて襲った。オルカは攻撃モードとでも言うように、身体は真っ黒に覆われ、その眼だけが真っ白に光っている。獰猛なシャチが猛スピードでオトヒメに迫り、彼女もなにか扇子をはためかせるようなジェスチャーをした。アイオーンの背中の箱が開き、さらに大量の煙が現れてそのオルカを包み込もうと動く。オルカは鼻先だけ触れた時点ですぐに引き返したが、その部分だけが干からびて壊死したようだ。
「効果範囲はせいぜい3メートルと言ったところでしょうか。そしてバディにももちろん効果はあると……」佐久間はぶつぶつと呟きながら様々な攻撃パターンを連続して試した。「Alternate:スナイプ」後ろからの狙撃含めたあらゆる方向からの同時攻撃、緩急をつけた不意打ち……それらすべては煙の防壁によって防がれた。だが、怒涛の攻撃によりオトヒメもかなり心息を消費したらしく、息が上がってきている。
「想像以上です。素晴らしい能力ですね」
だが、佐久間はまだ余裕の表情で非常に楽しそうだった。これも素直な言葉だろう。彼はどんな相手にも敬意を持って接する。例えそれが凶悪犯であっても。
「あなたの方こそ……ウフフ。遊べて楽しかったわ。でもさようなら」
オトヒメは配下の者達に近づいてバディに手を伸ばした。その間も佐久間は銃弾を浴びせ続けるが、やはり煙によって防がれている。配下たちもアイオーンに触れた。
「
だが、そこに1人の異物が紛れ込んでいたことには、その直前まで誰も気が付かなかった。
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