検証(2ー2)

 談話室が水を打ったように静まり返った。


 悲伝院美智流。神秘的な雰囲気を持つ霊媒師。ほとんど外部との接触を持たず、本番のごくわずかな時間しか人前に姿を表さなかった彼女。その彼女の名前が突如容疑者として浮上し、誰もが当惑を隠せずに視線を交差させた。


「そんな……じゃあ出栗さんは、悲伝院さんがお二人を殺したって考えてるんですか?」星影が信じられないように尋ねた。


「ええ、彼女は母親を死なせたことで堂前さんと鳳凰殿さんを恨んでいた。前々からお二人に復讐する機会を窺っていたのでしょう」出栗が頷いた。「堂前さんから番組出演のオファーを受けた時は、格好の機会だと思ったに違いありません」


「でも……十五年前のことはあくまで事故でしょう? それで復讐するなんて……」


「外的には事故でも、彼女からすれば母親を殺されたも同然です。強い恨みを持っていたとしても不思議はないと思いますよ」


 星影は黙り込んだ。確かに故意ではなかったとしても、美智流が母親を失った事実に変わりはない。当時八歳の少女に過ぎなかった美智流は、その後何年にもわたって復讐の炎を燃やし続けていたのだろうか。


「……確かに悲伝院美智流が犯人であれば、いろいろなことに納得がいく」忠岡が唸るように言った。

「悲伝院は番組終了後すぐに屋敷から立ち去り、その後誰も姿を見ていない。こっそり電話線を切断することも、車をパンクさせることも可能だっただろう。もちろん、人知れず堂前や鳳凰殿を殺すこともできる」


 忠岡の説明で納得したのか、他の面々も神妙な顔をして頷き始める。もはや美智流が犯人であることは全会一致のように思えたが、それでも星影の脳裏には、番組で観た彼女の淑やかな佇まいが頭から離れなかった。いくら母親を殺された恨みがあるとはいえ、彼女があのローブの裏に残忍さを秘めていたとはどうしても思えない。


 星影が追想に耽っていると、例によって夜未がぼそりと口を開いた。


「……あのひと、またいない」


「え、夜未ちゃん、何か言った?」星影が振り返った。


「……しろいひと、じゅっぷんくらいまえからいない」


「滝沢さんが? あれ本当だ。さっきまでソファーに座ってたのに……」


 十分前と言えば、出栗が特撮番組の話を始めた辺りだ。彼の話に聞き入るあまり、滝沢がいなくなったことに全く気づかなかった。


「……また現場を調べに行ったのかもしれんな」忠岡が渋い顔で言った。「それにしても一言断ってもよさそうなものだ。何故勝手な行動ばかりするんだ?」


「実はあの野郎が犯人なんじゃないですかね」遠藤が鼻を鳴らした。「現場を調べるとか言って、証拠を隠滅してるのかもしれませんよ」


「滝沢さんが? まさかそんな……」


「疚しいことがなけりゃこっそり抜け出すような真似はしねぇだろうよ。……と、噂をすれば本人が戻ってきたぜ」


 遠藤の一言で全員の視線が一斉に入口の方へ注がれる。滝沢が例のポラロイドカメラを持ち、後ろ手に扉を閉めたところだった。


「滝沢さん、また現場に行ってたんですか?」星影が尋ねた。


「ああ、伝聞では得られる情報は限られているからね。今回も自分の目で現場を確かめておくべきだと思ったのさ」


「はぁ。それで、何か手がかりは見つかったんですか?」


「あぁ……見つけたよ。だが、これをどう解釈すればいいのか……」


 滝沢が言葉を濁してパイプを咥える。饒舌な彼にしては珍しいことだ。いったい現場で何を見つけたのだろう。

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