## パート6:魔霧への出発
「皆、準備はいいわね」
エリザベートが五人の装備を最終確認していた。魔霧の谷に向かうための特殊な装備が全て整えられ、リリアの特製ローブは紫の霧に対する耐性を持つよう調整されていた。
「今回の旅は三日間。魔霧の谷に辿り着くまでに二日、そして一日かけて神殿を探索するわ」シャーロットが地図を指さしながら説明した。
「紫玉さえ手に入れれば、あと一つ...」リリアが期待を込めて言った。
アリアは星占いで天候を確認し、「旅の間は晴れるわ」と報告した。
「零、大丈夫?」エリザベートが心配そうに尋ねた。「昨夜はあまり眠れなかったみたいだけど」
「ああ、大丈夫だよ」俺は微笑んだ。「少し考え事が多くてね」
実際、夜通し考えていた。七つの封印石が集まり、レインの封印が解かれた時、自分はどうなるのだろうか。記憶が戻り、人格が変わってしまうのだろうか。そうなっても、エリザベートたちへの想いは変わらないだろうか。
「出発しましょう」シャーロットがみんなを促した。
五人は学園の正門で校長とルーク館長に見送られた。
「気をつけて行くんだぞ」館長が言った。「魔霧は心を惑わせる。互いを見失わないように」
「はい」五人は揃って頷いた。
王都を抜け、西へと向かう一行。馬車で一日目の旅は順調に進んだ。宿場町で一泊し、二日目にはいよいよ魔霧の谷が近づいてきた。
「あれが...」
視界の先に、紫がかった霧に覆われた深い谷が見えてきた。周囲の景色とは明らかに異なり、不気味な雰囲気を放っている。
「魔霧の谷だわ」シャーロットが静かに言った。「一度入ると、二度と出られないと言われている場所」
「でも私たちなら大丈夫よ」リリアが自信たっぷりに言った。「零の虚無の律動があるから」
谷の入口に立つと、その霧の濃さに驚かされた。数メートル先が見えないほどだ。
「みんな、手を繋いで」エリザベートが提案した。「はぐれないように」
五人は手を繋ぎ、俺を先頭に谷に足を踏み入れた。
霧の中は不思議な空間だった。音が異常に反響し、時に遠くから囁き声のようなものが聞こえてくる。光は歪み、影は奇妙な形を作る。
「零、方向はわかる?」シャーロットが尋ねた。
「ああ」俺は左手から漆黒の光を少し放ち、空間を探った。「紫玉の引力を感じる。あっちだ」
進むにつれ、霧はさらに濃くなり、幻影が現れ始めた。
「あれは...」アリアが指さした。
霧の中に人影が見える。よく見ると、それは俺たち自身の姿だった。過去の記憶が映像となって現れているようだ。
「無視して」シャーロットが警告した。「霧の幻影よ。心を惑わされないで」
さらに進むと、今度は別の幻影が現れた。それはエリザベートの過去、クリスタル家で厳しい訓練を受ける幼い彼女の姿。
「エリザ...」俺は彼女の手を強く握った。
「大丈夫」彼女は強がったが、その表情には苦痛が浮かんでいた。
次々と現れる幻影。リリアの家族との確執、シャーロットの孤独な修行、アリアの秘密の星魔法の練習。そして俺自身の、魔力ゼロと蔑まれていた日々。
「これは心理攻撃ね」シャーロットが分析した。「私たちの弱みを見せて、混乱させようとしている」
「みんな、目を閉じて」俺は提案した。「俺が導くから」
四人は目を閉じ、俺だけが前を見て進んだ。虚無の律動の力を使えば、幻影の影響を受けにくい。
谷の奥へと進むにつれ、霧は変化していった。より紫色が濃く、空気も重く感じる。
「近づいてるわ」リリアが言った。「紫玉の気配が強くなってる」
突然、霧が一瞬晴れ、前方に古代の神殿らしき建物が見えた。石造りの荘厳な建物で、紫の結晶が埋め込まれている。
「あれが神殿...」エリザベートがつぶやいた。
五人は神殿に向かって歩き始めた。しかし、入口に近づくと、突然地面が揺れ始めた。
「注意して!」シャーロットが警告した。
霧が渦を巻き、巨大な形を作り始める。それは半透明の巨人のような姿。全身が紫の霧で構成され、目だけが赤く輝いていた。
「紫霧の守護者...」エリザベートが息を呑んだ。
守護者が最初の攻撃を仕掛けてきた。その手から放たれた紫の光線が五人に向かって飛んでくる。
「散開して!」俺は叫んだ。
五人は素早く散らばり、それぞれの位置から攻撃を始めた。だが、エリザベートの氷結魔法、リリアの炎魔法、シャーロットの闇魔法、アリアの風魔法、どれも霧の体を通り抜けるだけで効果がなかった。
「物理的な体を持たないようね」シャーロットが分析した。「通常の攻撃は効かない」
「それなら...」俺は左手を上げ、漆黒の光を放った。
光が守護者に触れると、霧の体が一部消滅したように見えた。守護者は痛みに悶えるような声を上げる。
「効いてる!」リリアが喜んだ。「零の力が!」
「みんな、俺に力を!」俺は叫んだ。
四人が一斉に魔力を俺に向けて放つ。氷結、炎、闇、風の四つの力が俺の体に流れ込み、虚無の律動と共鳴する。
「七色虚無波動!」
俺の両手から放たれた虹色に輝く漆黒の波動が、守護者を包み込んだ。守護者は悲鳴を上げ、霧の体が光の中で溶けていくように消えていった。
波動が収まると、霧が晴れ、神殿がはっきりと見えるようになった。
「やったわ!」アリアが喜んだ。
「行きましょう」エリザベートが言った。「紫玉を手に入れるのよ」
五人は神殿の中へと足を踏み入れた。内部は紫の光で照らされ、壁には古代の文字や絵が描かれていた。中央には大きな祭壇があり、その上に紫色に輝く宝石が置かれていた。
「紫玉の封印石...」シャーロットがつぶやいた。
俺が祭壇に近づき、紫玉に手を伸ばした。石に触れると、強い波動が体を貫いた。まるで千年の時を超えて何かが語りかけてくるような感覚。
「何か...声が聞こえる...」俺はつぶやいた。
「何て?」エリザベートが興味深そうに尋ねた。
「『最後の石へと至れ』...そんな声だ」
紫玉を手に取ると、ポケットの中の他の五つの封印石が反応し、全てが強く輝き始めた。
「これで六つ目だわ」エリザベートが感動した声で言った。「あと一つ...七色の封印石だけね」
「でも」シャーロットが首をかしげた。「七色の封印石はどこにあるの?」
その時、六つの封印石が浮かび上がり、円形に並んだ。それぞれが光を放ち、中央に何かの映像を作り出す。そこには古代の城のような建物が映し出されていた。
「あれは...」エリザベートが驚いた声を上げた。「クリスタル城!私の家のことよ!」
「最後の封印石はクリスタル家にあるのか...」俺はつぶやいた。
「そういえば...」エリザベートが思い出したように言った。「家に伝わる『星の間』という部屋があるの。幼い頃に一度だけ見せてもらったけど、その後は立ち入り禁止になっていたわ」
「そこに七色の封印石があるのかもしれないわね」シャーロットが推測した。
「全ての旅が、最後はエリザの家に繋がっていたなんて...」リリアが驚いた様子で言った。
「運命ね」アリアがつぶやいた。
六つの封印石が元に戻り、俺のポケットに収まった。これで目的が達成された。七色の封印石の在り処も判明した。あとは学園に戻り、クリスタル家へ向かうだけだ。
「帰りましょう」エリザベートが言った。
神殿を出ると、不思議なことに霧が完全に晴れていた。谷全体が見渡せるほど視界が良くなっている。
「紫玉を手に入れたから、霧の魔力が消えたのね」シャーロットが言った。
帰路は順調で、二日後には学園に戻ることができた。
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