## パート3:友との約束
休日の朝、俺は特別寮の豪華な朝食を済ませてから一般寮へと向かった。トムとの約束があったのだ。
一般寮の前に立つと、なんだか懐かしい気分になった。たった一週間前まで、ここが俺の日常だったなんて信じられない。
「おい、零!」
振り返ると、トムが手を振って駆けてきた。相変わらずの明るい笑顔が、なんだか心地よい。
「久しぶり、トム」
「たった一週間だけどな」彼は笑った。「なんか雰囲気変わったな。エリートオーラ出てるぞ」
「そんなことないよ」俺は苦笑した。
二人で学園の外、町の小さなカフェに向かった。以前は節約のために行かなかった場所だが、今は俺にも十分な小遣いがある。校長からの特別支給金のおかげだ。
「それで、エリート生活はどうだ?」トムがホットチョコレートを飲みながら尋ねた。
「忙しいよ」俺は正直に答えた。「朝から晩まで特訓の毎日で」
「すげえな」トムは羨ましそうな目で言った。「クリスタルローズの連中と一緒に特訓なんて」
「うん…エリザベートたちも意外と…」
「いい奴ら?」トムが眉を上げた。
「違うかな」俺は考え込んだ。「複雑な事情を抱えているんだ。特にエリザベートは」
トムは「ふーん」と意味深に笑った。「もしかして、あの氷の女王に惚れたとか?」
「ばっ…!」俺は思わず紅茶を吹きそうになった。「違うよ!ただ、彼女には彼女の事情があって…」
「わかったよ」トムはニヤニヤしながら手を上げた。「でも気をつけろよ。あいつらの世界は俺たちとは違うからな」
俺は黙って頷いた。トムの言うことはもっともだ。だが、今の俺はもう「魔力ゼロ」の落第生ではない。状況は変わりつつある。
「あ、そういえば」トムが話題を変えた。「昨日、一年生の女の子がお前のこと探してたぞ」
「一年生?」
「ああ、森で助けた子たちだ」トムは言った。「特に小柄な子が熱心だったな。アイシャとかいう名前だったと思う」
「ああ、あの子か」
魔獣から助けた少女たちの一人だ。確か感謝の印にクッキーをくれた子だった。
「何か用事でもあるのかな」
「さあな」トムは肩をすくめた。「でも、顔を見ると明るくなるタイプの可愛い子だったぞ」
カフェを出た後、二人は町をぶらつきながら、昔話に花を咲かせた。かつて二人で受けた理不尽な仕打ちや、それでも乗り越えてきた日々。
「お前、本当に変わったよな」トムが突然真剣な表情で言った。「でも、中身は変わってなくて安心した」
「当たり前だろ」俺は肩を叩いた。「どんなに環境が変わっても、俺は俺だ」
「そうだな」トムは満足そうに笑った。「で、これからどうする気だ?」
「まずは力を完全に制御できるようになること」俺は答えた。「それから…」
言葉が途切れた。その先には、クリスタル家の呪いを解くという目的があるが、トムにはまだ話せないことだった。
「それから?」
「それから考えるよ」俺は曖昧に答えた。
学園に戻る途中、正門近くで人だかりができているのが見えた。
「何かあったのかな?」
近づいてみると、エリートクラスの男子学生たちが、一人の少女を取り囲んでいた。小柄で黒い短髪の少女—トムが言っていたアイシャだ。
「だから言ってるだろ、落第生のくせに特別クラスエリアに入れるわけないだろ!」
エリート生の一人が高圧的な態度で言っている。
「でも、灰崎先輩に会いたいんです…」アイシャの声は小さく震えていた。
「あいつはもう特別クラスの人間だ。お前みたいな落第生と付き合う暇なんてないんだよ」
「おい」俺は冷静な声で割り込んだ。「何やってる?」
エリート生たちが振り返り、俺を見ると表情が変わった。
「灰、灰崎か…」
「アイシャ、大丈夫か?」俺は少女に近づいた。
「先輩!」彼女の目が明るくなる。「会いたかったんです!」
エリート生たちは居心地悪そうにその場を離れていった。
「何かあったの?」俺はアイシャに尋ねた。
「これ、お礼です!」彼女は小さな紙袋を差し出した。「この前のクッキーが美味しいって言ってくれたから、今日は特別レシピで作ってきました!」
その無邪気な笑顔に、思わず胸が温かくなった。
「ありがとう」俺は紙袋を受け取った。「わざわざすまないな」
「いえ!先輩が魔獣から守ってくれたおかげで、今の私があるんです!」彼女は元気よく言った。「それに…」彼女は少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。「先輩のあの黒い光、すごくかっこよかったです…」
俺とトムは驚いて顔を見合わせた。
「見たのか?」俺は小声で尋ねた。
アイシャは小さく頷いた。「はい、逃げる途中で振り返ったら…でも、誰にも言ってません!秘密です!」
彼女は人差し指を唇に当てて、ウインクした。その仕草が妙に愛らしい。
「ありがとう」俺は安堵した。「それは助かるよ」
「先輩!」彼女は突然真剣な表情になった。「私、絶対に強くなります!そして、いつか先輩の役に立ちたいです!」
その決意に満ちた瞳に、俺は思わず頷いていた。
「応援するよ、アイシャ」
別れ際、彼女は嬉しそうに手を振って走り去った。
「いいなあ、零」トムがニヤニヤしながら言った。「可愛い後輩に慕われて」
「バカ言うな」俺は照れ隠しに肩を叩いた。
寮に戻る前、トムと約束した。
「また会おうな」
「ああ」トムは頷いた。「どんなに忙しくても、月に一度は時間作れよ」
「もちろんだ」俺は固く約束した。
特別寮に戻ると、ロビーでリリア・ファイアブルームが本を読んでいた。
「あら、零」彼女は顔を上げた。「友達と過ごしてたの?」
「ああ」俺は頷いた。「久しぶりに会えて良かったよ」
リリアは赤い髪を耳にかけながら言った。「友達を大切にするなんて、意外と素直なのね」
「当たり前だろ」俺は自然に答えた。「トムは俺が何もなかった時から友達だったんだ」
その言葉に、リリアの表情が微妙に変わった。少し物思いにふける様子だ。
「友達か...」彼女はつぶやいた。「私たちクリスタルローズにそういう関係はないのよね。みんな競争相手だから」
その言葉には、何か寂しさが感じられた。
「そうなのか?エリザベートとシャーロットは仲が良いように見えるけど」
「それは...」リリアは言葉を選んでいるようだった。「特別な関係よ。でも本当の友情とは違うわ」
「なら」俺は自然に言った。「俺が友達になるよ」
リリアの紅玉色の瞳が驚きに見開かれた。「え?」
「俺とリリアは対等な友達になればいい」俺は微笑んだ。「複雑な関係なしに」
彼女は一瞬言葉を失ったように見えたが、すぐに顔を背けた。
「バカね」彼女の声は少し震えていた。「そんな簡単なことじゃないわ」
しかし、彼女の横顔には、かすかな笑みが浮かんでいるようにも見えた。
部屋に戻った俺は、アイシャからもらったクッキーを食べながら、今日一日を振り返った。
「充実した一日だったな」
窓辺のノアが小さく鳴いた。「人との絆を紡ぐことも、力を育てる大切な要素だ」
俺はアイシャの純粋な応援と、リリアの複雑な表情を思い出した。
「ああ、そうかもな」
特別寮の窓から見る夕暮れは、いつもより美しく感じられた。
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