第4章:特別な指導

## パート1:新たな学び舎

翌朝、俺は特別寮の豪華な部屋で目を覚ました。枕元には制服が丁寧に畳まれていた。一般寮とは違い、ここには部屋の整理をしてくれる従者がいるようだ。


「おはよう、ノア」


窓辺で日向ぼっこをしていた黒猫が、小さく鳴いて応えた。


「今日から本当の意味で新しい生活が始まるんだな」


制服に着替えながら、俺は自分の状況を整理していた。一週間前までは「魔力ゼロ」の烙印を押された落第生。今は千年に一人と言われる禁忌の力の使い手として、特別クラスに編入されたエリート学生。あまりにも急激な変化だ。


朝食を取るために特別寮の食堂に向かうと、既にエリザベートとシャーロットが席についていた。


「おはよう、零」エリザベートが微笑んだ。彼女の銀白の長髪が朝日に輝いている。


「おはよう」俺は少し緊張しながら挨拶を返した。


食堂は一般寮とは比べものにならないほど豪華だった。テーブルには高級そうな食器が並び、料理も一流シェフが作ったかのような見栄えだ。


「どうぞ、好きなものを」シャーロットが静かに言った。


俺は遠慮がちに席に着き、食事をとり始めた。味は想像以上に美味しく、思わず「うまい」と声が漏れた。


エリザベートが小さく笑った。「当然よ。特別寮の料理人は王宮出身なの」


食事中、エリザベートが今日のスケジュールを説明してくれた。


「最初の授業は特別教室で、ルーク館長による『古代魔法概論』。次に私とシャーロットと一緒に『高等魔法理論』を受けて、午後はマルコス教授との個別レッスンよ」


「忙しそうだな」


「当然よ」彼女は真剣な表情で言った。「あなたの力を育てるためには、集中的な指導が必要なの」


食堂を出て校舎に向かう途中、学生たちの視線を感じた。昨日までとは違う種類の視線だ。侮蔑や嘲笑ではなく、好奇心や畏怖、そして...羨望?


「気にしないで」エリザベートが小声で言った。「すぐに慣れるわ」


「ああ」


特別教室は、通常の教室とは全く異なっていた。円形の部屋に、わずか十人ほどの席が円を描くように配置されている。窓からは美しい景色が見え、部屋全体が落ち着いた雰囲気に包まれていた。


席に着くと、ルーク館長が入ってきた。彼は俺に微笑みかけ、授業を始めた。


「今日から新しい生徒を迎えます」館長は穏やかな声で言った。「灰崎零君です。彼は特殊な力、『虚無の律動』の適性を持っています」


クラスメイトたちが興味深そうに俺を見つめた。全員がエリート中のエリートだ。


「『虚無の律動』は古代魔法の中でも最も神秘的な力です」館長は続けた。「通常の魔力測定では検出できず、使い手自身も気づかないことが多い」


館長の話は、古代魔法の基本から始まり、次第に「虚無の律動」の特性へと移っていった。彼の説明は明確で、理解しやすかった。


「虚無とは、無ではなく、全ての可能性を内包する状態です」館長は言った。「零君、少し実演してもらえますか?」


俺は少し緊張しながらも立ち上がり、左手を前に出した。内なる虚無に意識を向け、力を呼び起こす。


指先から漆黒の光が漏れ出し、小さな球となった。クラスメイトたちからは驚きの声が上がった。


「見ての通り、これが『虚無の律動』です」館長は説明した。「一見、破壊の力のように見えますが、実は創造と破壊、両方の可能性を秘めています」


光球を消し、席に戻る時、クラスメイトたちの目に敬意の色が浮かんでいるのを感じた。


授業の後、エリザベートとシャーロットと共に「高等魔法理論」の教室へ向かった。


「緊張してる?」エリザベートが尋ねた。


「少し」俺は正直に答えた。「全てが新しくて」


「当然よ」彼女は言った。「でも心配しないで。あなたは理論の理解が深いはず。マルコス教授も認めていたわ」


「ありがとう」


「高等魔法理論」の授業は、より専門的で複雑な内容だった。しかし、これまで独学で学んできた知識のおかげで、俺はなんとかついていくことができた。


昼食後、マルコス教授との個別レッスンが始まった。彼は相変わらず厳格な表情だったが、これまでとは明らかに態度が違っていた。


「灰崎、君の理論理解は素晴らしい」教授は言った。「だが、『虚無の律動』は危険な力だ。完全な制御が必要だ」


「はい、わかっています」


「今日は、力の制御と方向性について学ぼう」教授は黒板に複雑な図を描いた。「虚無は全てを飲み込む。だが、同時に全てを創り出す可能性も秘めている」


二時間の個別レッスンは、想像以上に厳しいものだった。マルコス教授は容赦なく質問を浴びせ、俺の理解度を徹底的に確認した。


「合格だ」レッスンの最後に教授は言った。「明日は実践編に入ろう」


疲れ切った俺が特別寮へ戻ると、エリザベートが待っていた。


「お疲れ様」彼女は微笑んだ。「初日はどうだった?」


「正直、頭がパンクしそうだ」俺は笑いながら答えた。「でも、面白かった」


「そう、よかった」彼女は少し安堵した様子だった。「これから毎日、夕方には特訓もあるわ」


「特訓?」


「ええ」彼女は真剣な表情になった。「力を育てるためには理論だけでなく、実践も必要よ。私とシャーロットが手伝うわ」


俺は頷いた。「ありがとう。でも、なぜそこまでしてくれるんだ?単に呪いを解くためだけ?」


エリザベートは少し考え込む様子を見せた。「最初はそうだったかもしれない」彼女はゆっくりと言った。「でも今は...あなたの可能性を見たいの」


彼女の氷青色の瞳に、俺は何か別の感情を見た気がした。


その夜、俺は新しい部屋のベッドに横たわりながら、一日を振り返っていた。


「どうだった?」ノアが尋ねた。


「想像以上にハードだけど、充実してる」俺は答えた。「でも、まだ違和感があるんだ。昨日までとあまりにも違う環境で...」


「時間が解決するさ」ノアは諭すように言った。「大切なのは、自分を見失わないことだ」


「ああ」俺は頷いた。「トムとも会わなきゃな」


「それがいい」ノアは賛同した。「根っこを忘れるな」


俺は窓の外を見た。星空が広がり、その下には学園全体が見渡せる。かつて俺を見下していた人々、馬鹿にしていた人々。今や立場は逆転したかのようだ。


「でも、復讐心はないな」俺は小さく呟いた。「ただ、自分の道を歩みたいだけだ」


ノアは満足げに喉を鳴らした。「それこそが、真の強さの始まりだ」


新しい生活の二日目が、まもなく始まろうとしていた。

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