## パート4:銀髪の少女との対話

夜の寮の裏庭は、静寂に包まれていた。月明かりが木々の間から差し込み、幻想的な雰囲気を作り出している。


俺は約束の時間より少し早く到着し、石のベンチに腰掛けた。左手を見つめながら、今日起きた全ての出来事を振り返る。


「来たわね」


静かな声に振り返ると、エリザベート・クリスタルが立っていた。月光に照らされた彼女の銀白の長髪が、まるで光を放っているかのようだ。


「約束通り来たよ」俺は立ち上がった。


「座っていて」彼女は言い、俺の隣に腰掛けた。近くで見ると、彼女の美しさはより一層際立っている。


しばらくの沈黙の後、彼女が口を開いた。


「あの日、森で見たのよ」彼女の声は静かだった。「あなたが魔獣を消し去るところを」


「やはり見ていたんだな」


「ええ」彼女は頷いた。「最初は信じられなかったわ。魔力ゼロと言われていた落第生が、あんな力を…」


「俺自身も驚いたよ」俺は正直に言った。「あの時まで、自分でも本当に魔力がないと思っていた」


「虚無の律動…」彼女はその言葉を噛みしめるように言った。「禁忌の力。伝説でしか聞いたことがなかったわ」


「なぜそんなに詳しいんだ?」


エリザベートはしばらく黙っていた。彼女の表情には、迷いが浮かんでいた。


「私の家系には、古い言い伝えがあるの」彼女はゆっくりと話し始めた。「クリスタル家は代々、氷結魔法の使い手を輩出してきた。でも、それは表向きの話。実は、私たちの祖先は『虚無の律動』の使い手と深い関わりがあったのよ」


彼女の瞳には、月明かりが映り込んでいた。


「千年ほど前、クリスタル家の始祖であるエレナ・クリスタルは、『虚無の律動』の使い手であるレイン・シャドウと出会った。彼は世界中から恐れられ、追われる身だった。だけど、エレナは彼を理解し、受け入れた」


エリザベートは空を見上げた。


「二人は深い絆で結ばれたけれど、『虚無の律動』を恐れる勢力によって引き離された。レインは封印され、エレナは彼を守るために、クリスタル家の誰かが『虚無の律動』の使い手と再び出会うまで、その魂は安らかに眠ることができないという呪いをかけられたの」


「そんな言い伝えが…」俺は驚きを隠せなかった。


「代々、クリスタル家の当主は『虚無の律動』の使い手を探し続けてきた」彼女は続けた。「私も幼い頃から、その話を聞かされて育ったわ。最初は単なる寝物語だと思っていたけど…」


彼女は俺の顔をまっすぐ見つめた。


「祖父が亡くなる前に、私に言ったの。『虚無の律動の使い手が現れたら、必ず見つけなさい。彼はクリスタル家の運命を変える』と」


俺は彼女の話に圧倒されていた。自分が千年の言い伝えと関わっているなんて。


「だから…あなたを見つけた時、私は…」エリザベートの声が少し震えた。「最初は信じられなかった。伝説の力の使い手が、学園中からバカにされている落第生だなんて」


「だから俺をいじめたのか?」


「あなたを試していたの」彼女は少し俯いた。「本当の力が目覚めるかどうか確かめるために。ごめんなさい、残酷だったわね」


彼女の謝罪は意外だった。いつもの高慢な態度からは想像できない。


「それで、俺が本物だとわかって、どうするつもりなんだ?」


「クリスタル家の言い伝えによれば、『虚無の律動』の使い手は、封印されたレインの魂を解放できる唯一の存在」彼女は真剣な表情で言った。「そして、それはクリスタル家の呪いも解くことになる」


「呪い?」


「ええ、クリスタル家は強大な魔力を持つ代わりに、本当の感情を表現できないという呪いを受けているの」彼女は静かに言った。「私たちは冷たく、高慢にならざるを得ない。感情を表に出すと、魔力が暴走してしまうから」


そう言って、彼女は自分の手を見つめた。かすかに氷の結晶が指先に現れている。


「だから、あなたに協力してほしいの」彼女は俺を見上げた。「レインの封印を解き、クリスタル家の呪いを解放してほしい」


俺は言葉を失った。彼女の話が本当なら、これは単なる学園生活の問題ではない。千年にわたる呪いと封印の物語に巻き込まれているのだ。


「どうすればいいんだ?」


「それはまだわからない」彼女は正直に答えた。「でも、古い書物によれば、『虚無の律動』が完全に目覚めた時、道が開けるとされているわ」


彼女は立ち上がり、俺の前に立った。


「灰崎零、あなたは特別な存在よ」彼女の声には、これまで聞いたことのない優しさがあった。「これからあなたの力を育てるのを手伝わせて。そして、いつか一緒に呪いを解きましょう」


月光に照らされた彼女の姿は、まるで別の世界の存在のように美しかった。高慢な学園の女王ではなく、呪いに縛られた少女として、彼女は俺の前に立っていた。


「わかった」俺は立ち上がって言った。「協力する。ただし、条件がある」


「条件?」


「もう誰もいじめないこと」俺はきっぱりと言った。「俺だけじゃなく、落第クラスの生徒たちも含めて」


エリザベートは少し驚いたように俺を見つめ、そして小さく微笑んだ。


「約束するわ」彼女は頷いた。「あなたは思ったより優しいのね」


「それと、トムとは今後も友達でいる」俺は付け加えた。「特別クラスに移っても、彼とは関係を続けるつもりだ」


「もちろん」彼女は同意した。「友情は大切なもの...私にはあまりわからないけれど」


最後の言葉は、少し寂しげに聞こえた。


「それじゃあ、明日から…」


「ええ、新しい始まりね」彼女は手を差し出した。「よろしく、零」


俺は彼女の手を取った。氷のように冷たいが、同時に不思議な温かさも感じる。


「よろしく、エリザベート」


月明かりの下、かつての敵対者と手を取り合う奇妙な光景。これが新たな物語の始まりだということを、俺は感じていた。


二人の姿を、遠くから一匹の黒猫が見守っていた。ノアの金色の瞳には、満足そうな光が宿っていた。


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