20 重なり合う音色







 翌々日、完成した楽譜がみんなに配られた。

 その夜には、パート別の音声ファイルがクラスチャットで共有される。

 各自で練習を行い、金曜の放課後、初めてのパート別練習が行われた。


「いい感じ。みんなすごい、よく練習してきたね」


 アルトのパートリーダーは、瀬名。

 主旋律ではない難しいパートだったが、全体的に音は取れていた。


「いまから言うとこ、楽譜に丸つけて。……1ページ目の、『痛みも声も』の『え』の音。あとは……」


 瀬名の指示通りに、みんなが楽譜に丸をつけていく。


「いま丸つけてもらったとこが、コードの肝になる部分っていうか……この音があるかどうかでこの小節の雰囲気ががらっと変わる、みたいなとこ。だからここだけは押さえて、あとは少々狂ってもなんとかなるくらいに思ってだいじょーぶ」


 瀬名の説明は、明確でわかりやすかった。

 みんな「はーい」と返事をして、もう一度最初から歌い始めた。


 思いのほかパート別練習が順調に進んだので、一度全員で合わせてみることになった。

 その前に、少しだけ休憩が挟まれた。


「あたしの教え方、だいじょーぶ?」

「え?」


 隣りで楽譜を閉じた日奈に、瀬名が声をかけてきた。


「こういうの、自信ない。だれかに教えるなんて、したことないから」


 同じアルトパートの日奈に、不安を漏らす瀬名。

 どう答えていいのか迷いながらも、日奈は正直に伝える。


「すごくわかりやすいし、教え方うまいって思ったよ。安心してついていけるっていうか」

「そんなら、よかった。あたしに教えられるの、イヤって子もいるかなって思ったから」


 瀬名の言葉に、日奈はきょとんと目を瞬かせた。


「感情出せないのは、元々で。人と話すの苦手だし、音楽だけが友達みたいな感じで」


 瀬名は、自宅では紘斗のように作曲や配信をしていると聞いた。

 だからこそ余計に、紘斗たちが作った曲に共感してくれたのかもしれない。


「うち、親がほぼ育児放棄で、じいさんに育てられたんだよね。だから、あたしがAIなんてありえないの。AIロボットに生まれ変わってまで、あたしを必要としてる人なんていないもん」


 自嘲ぎみに話す瀬名は、どこか寂しげだった。


「あ、ごめん。距離感まちがえたわ。言わなくていいこと言った」

「そんなことない。言ってくれて、うれしいよ」


 日奈が言うと、瀬名はほっとしたように笑う。


「瀬名さん、やっぱり気にしてたんだね。AIって言われること」

「気にしてたっていうか……ごめん、すべて忘れて」

「あはは! ムリだよー」


 少し照れた様子で、瀬名は頭を掻いた。


「でも、今日の瀬名さん、すごく人間っぽいよ」

「人間っぽい……?」


 日奈に言われて、瀬名は目を丸くした。……かと思うと、突然「ぶはっ!」と噴き出した。


「ふふふ……やばい、ツボった……! ふふ、あはは!」

「ど、どこにツボったの」

「だってうちらくらいじゃん。『人間っぽい』って言葉が、なんか誉め言葉みたいに聞こえるの」

「た、たしかに……」


 言われてみれば、妙なフォローの仕方だったなと日奈も納得する。

 笑いが止まらない瀬名につられて、日奈も笑い出した。

 ようやく笑いが落ち着いた頃、「ほんとにうちのクラスにAIがいるならさ」と、瀬名は息を吐く。


「AIちゃん……AIくん……どっちかわかんないけど、その子が、いま楽しいなーって思って生きててくれたらいいなって思う。……あの曲聴いて、その気持ちがすごい強くなった」

「……うん。すごくわかる」


 瀬名と日奈の想いは、きっと似ている。

 改めて瀬名の本音が聞けたような気がして、日奈は嬉しかった。






 休憩を終え、全員で一度合わせて歌うことになった。

 紘斗がギターを構えると、渡が「紘斗、なんか言え!」と声をかける。

 紘斗は一瞬眉を寄せながらも、うーん、と唸って話し始めた。


「えーと……『ガチでやろう』とかは二の次でいいです」

「なんだそれ!」


 紘斗のゆるめな挨拶に、渡がつっこんだ。紘斗は、構わず続ける。


「明るくて楽しい曲じゃないけど、その表現を楽しめたらいいなって。今の俺らにしか出せない音が届けば、成功。……って感じでいい?」


 ようやく渡からOKが出た。

 紘斗は「いくよー」と声をかけ、ギターの弦を鳴らし始める。


 Aメロの出だしは、ソプラノだけ。ボリュームを押さえつつ、曲が進むにつれ、徐々にアルトや男声が加わっていく。

 音が重なる。その響きの心地良さに、心が震える。


 ふと、ギターをかき鳴らす紘斗を見て、日奈は少しだけ驚いた。

 紘斗は、これまでに見たことがないほど穏やかで、充足感に満ちた顔をしていた。

 紘斗のその表情に、日奈の心も満たされる。


(この歌を……みんなで歌えて、よかった)


 みんなの想いを乗せて、旋律が水を切って進む。

 重なる旋律に身体を預け、その響きの中を並んで泳いでゆく。


 心地よさに身体を委ねているうちに、曲が終わった。

 誰からともなく、拍手が起こる。


「めちゃくちゃよかったんじゃね?! 鳥肌立った!」

「これで完成でいいだろ!」

「うわ、瀬名っちまた泣いてる!」

「だって……みんな最高すぎるんだもん……」


 みんなで奏で合わさった音が、みんなの心を震わせ、動かす。

 言葉はいらないほどに、いま、みんなはだった。


 紘斗はほっとしたように、みんなの笑顔を眺めていた。

 きっと彼が描いていた“未来”は、こういう風景なのかもしれない―――日奈はそう感じながら、そっとその横顔を見つめていた。






 その後も、放課後やHRホームルームの時間を利用して、合唱の練習は順調に進んでいった。


「どーしても蒼佑は音がとれないな……リズム感はいいのに」

「め、面目ない……」


 紘斗に言われ落ち込む蒼佑に、亜由里が「人間1個くらい弱点ないとな」と笑い飛ばす。

 結局蒼佑はリズム隊として、“カホン”という打楽器を担当することになった。

 カホンは箱型の打楽器で、演奏者が箱の上部に腰かけ、足の間から膜を叩いて音を響かせるもの。

 蒼佑はリズム感は本当にいいようで、ギターだけの伴奏の時よりも歌いやすくなったと好評だった。


「やっぱ正面向くとちょっと走っちゃうね」

「鈴鹿くん凝視してたらリズムとれるんだけど」


 みんなで意見を出し合いながら、少しずつ合唱の完成度を上げていった。






 そんな1年A組を揺るがす事件が起こったのは、文化祭の2日前だった。




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