第14話:御前会議

 ◇三人称視点


 大規模な霊力結界エーテルバリアに包まれ、秘匿された惑星。

 地下50メートルに存在する、微かな灯火に照らされた城。


 その最奥に、幾人かの姿があった。


「さて、支配者ドミナジオンよ。此度の報告とやらを聞かせてもらおうか」

「……はっ。畏まりました、殿下」


 支配者ドミナジオンと呼ばれた黒衣の男は、玉座におわす「殿下」の声を聞き、言葉を紡ぎ始める。


「2週間ほど前、我々が捕獲していた『魔神の落とし子』が……」

「落とし子が? どうなったのだ?」


 黒衣の男は言葉を止めた。

 その続きを言ってしまえば、どんな処罰が下されるか分かったものではない。この場で殺されるか、滅ぼされるか。

 どちらにせよ、良い展開が待っていないことだけは分かっていた。


 しかし、報告しない選択肢もなかった。

 いずれ他の者がその事実を明るみにし、殿下に伝える。そうなれば、自らと関わった銀河がどうなるか予想がつかない。


「脱走、しました」


 その一滴の水は、波を立てないよう、ゆっくり落とされた。

 

 そして、音もなく波は返ってきてしまう。


「っ……!」

「あれほど自信ありげに『我らが必ずや確保し、献上して差し上げましょう!』と、『かの城は堅牢。条約に加盟していない惑星の側でございますれば、何も心配は必要ございません』と、のたまっておいて、か?」


 黒衣の男の後頭部には、殿下によって銃が突きつけられていた。


 目の前にいたはずの存在が背後にいる。それ即ち、彼が転移した証。

 一切の予兆なく転移が出来るレベルの技術は、殿下だからこそのもの。


 恐怖はそれだけに留まらない。


 黒衣の男が放った言葉を、殿下は一言一句記憶していた。

 つまり、嘘も詭弁も何一つ通用しない――そう言われているようなものなのだ。


「(ちっ、あのジジイ、殿下を怒らせるなんて……! わたしがどうにかしないとこっちにも被害が及んじゃうじゃない!)」


 この場にいるもう一人の配下、黄衣の女は内心で毒づき、報告する内容と彼を擁護する言葉を練り上げる。


「殿下、畏れながら申し上げたいことが」

「……何だ、探索者アザータ。貴様も失敗をしたのではないだろうな?」

「いえいえ、全く以てそのようなことは。我らの成果についてお話したいのです」

「良かろう。申してみよ」


 殿下の声に、少し期待が混じった。

 多少でも機嫌が戻った――そう黄衣の女は解釈し、喜色を浮かべて言う。


「魔神の落とし子が、見つかりました」

「ほぉ……!」「なっ!?」


 支配者ドミナジオンの失敗をカバーしつつ、自分の手柄をより強調する。同僚でありライバルならではの芸当だ。


 勢いに乗って、彼女は口を動かし続ける。


「名は不知火 司。黒髪で中背の少年です」

「ふむ、我らが把握している個体とは別のものか?」


 一瞬、息が詰まった。

 違う個体なんて聞いていないし、確保していた個体の名前も知らされていない。言い訳はどうとでもなるが、一度生まれた疑念は、互いに胸の中に残り続ける。


「殿下がそう仰るのであれば、恐らくそうでしょう」

「なるほど。他には何かあるか?」

「地球における153号ダンジョンが崩壊しました。証拠を鑑みるに、魔神の落とし子によるものかと」

「して、その証拠とは何だ」

「強力なエーテルの残滓です。先の個体もエーテル武器を扱っていたため、同一個体である可能性が高いのでは、と」


 ふむ――という殿下の声が、再び玉座から聞こえた。


 どうやら機嫌は治ったようだ。近くにいてはいつプネウマ兵器を使われるか分からない。

 決して表には出さないよう、配下の二人は安堵する。


「では、貴様らに命ずる。第二の落とし子を確保せよ。研究者リンゼたちの支援を最大限に受け、絶対に取り逃さないようにせよ! 全ては我らが為に!」

「「はっ!」」


 二人の配下は跪いたまま、殿下がいなくなるのをじっと待つ。


 数分後。

 そろそろか――とおもむろに立ち上がり、互いに顔を見合わせた。


支配者ドミナジオンを代表して、感謝しよう」

「開口一番にそれかぁ。別にいいけど。そっちも気をつけて」

「無論だ。二度とこのような失態はするまい」


 霧島奏――第一の落とし子はどこへ消えたんだ、と小さく怒りを滲ませる黒衣の男を横目に、黄衣の女は灰色の髪をかき上げ、転移装置でその場を去った。淡い水色の光が漏れ、空気に混ざって霧散していく。


 しかし、黒衣の男の焦燥は結晶のように形を成していくばかりだった。


「……我らが悲願を――『箱庭の創造』を叶えるために」


 黒衣の男もそれに続き、姿を消す。


 そして――運命の軌道が重なり始める。

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