【完結】割れ鍋女に綴じ蓋男をくっ付けたら歴史を変える出来事が起きた

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第1話 サクラの庭園にて

 ホルスト侯爵家の所有するサウザントルーベ庭園には、初代の当主の時に遠い異国から高値で手に入れた『サクラ』と言う名の大変珍しい花木だけを植えて増やした区画がある。

歴史の長い皇国の中でもここまで数多のサクラの木だけを揃えて、見事に咲かせている貴族の庭園はここだけであった。どうやら皇国の土と気候がサクラと致命的に相性が悪いらしく、他の貴族が己の庭でも増やそうとして枝や種を貰い受けたり、伝手を辿って苗木を手に入れたりしても、悉く虫にやられたり枯れたりしてしまったそうだ。

ホルスト侯爵家もそれが矜持の一つで、サクラを家の紋章にモチーフの一つとしてあしらっていた。故に、『サクラの木』『サクラ』と言えば、ホルスト侯爵家の別称でもある。


 このサクラの木々は皇国でも春先に、一斉に、言いようのないほどに壮麗な咲き方をする。サウザントルーベ庭園内に幾つか設けられた四阿の内の一つが、毎年、春の麗らかな日差しの下で今が盛りのサクラの花の中に佇んでいる光景は、他の貴族達だけでなく皇族からも長年の羨望の的であった。



 ――その四阿に一組の若い男女が座っていて、近くには側仕えの者数人が立っている。

青年がくたびれて薄汚れた旅装束のまま――礼儀もへったくれもあったものではない、出された茶を下品な音を立てて啜っているのに対し――その向かいにいる、一目で大貴族の令嬢と知れる若い娘は品の良い豪華な衣装をまとって、指先まで美しい所作でカップを傾けていたが、青年が乱暴に受け皿に置くのと合わせて、静かに置いた。

「つまらん木だな」

青年は華麗に咲いているサクラを見て、退屈そうに言った。

日に焼けた顔で筋肉質な体をしているが、決して美青年ではない。好青年でもない。何処か間が抜けたような顔つきで、やる気の無さそうな表情である。

『あまりにも冴えないぼんくらな青年』『綴じ蓋と言うあだ名そのもの』――と言うのが、この『お見合い』に立ち会っている召使い達の最初の所感である。

しかし、この所感は重大な誤りだと言うのがすぐに判明する。

「これじゃ吊せないだろう」

「何を……吊すのでしょうか?」

令嬢は不思議そうな眼差しで青年を見つめた。

「骸だ」

召使い達の中でも若い者が一瞬だけ顔を強ばらせた。

この春の麗らかさに包まれた、国内有数の美しい庭園の中でも最も華麗な区画にある四阿とは、凄まじくかけ離れた言葉だったのだ。

「まあ……」

令嬢は動じもしないで呟いたが、これは彼女が大貴族の令嬢として幼少から厳しい教育を受けてきた賜である。

「逃亡兵と犯罪者は吊すんだ。辺境伯の城塞都市への街道沿いの大木に。ああ言う手合いの埋葬なんてしてやる価値も無い。この前も国境近くの村を襲った強盗団を全部吊した」

ぶっきらぼうを通り越して不愉快極まりない台詞に、とうとう年かさの侍女達も顔色を悪くした。

「そうでしたの。私が辺境伯の御領地にお伺いした時はお見かけしませんでしたけれども」

「ウィリアム様が片付けろと命令なさったんだ。貴族のご令嬢に見せていいものじゃないと。だから」

ゴソゴソと青年は側に置いていた大きな荷物をあさって、『瓶詰め』を取り出すなり四阿のテーブルの上に置いた。

「これを持ってきた」

『中身』!

侍女達が真っ先に、次いで若い者が絶叫して腰を抜かす。年老いた執事は流石に分かっていて、慌てて警笛を吹いた。

すぐさまホルスト侯爵家に代々仕える騎士達が何事かと変えて走ってきたが、彼らも執事が震えながらも指さしている瓶詰めの『中身』を見てしまった。

それでも彼らは騎士だったので、腰を抜かす事は無く、

「――き、貴様!お嬢様に何を!」

「離れろ!この無礼者!」

次々に抜剣して、急ぎ令嬢を背後に匿い、青年を敵意を以て睨み付けたのだった。


 だが。


 「あらあら、これは意趣返しでしょうか?」

むしろ楽しんでいるような声を出して、令嬢が青年に問いかけたのだ。

「そうだ。俺は兄にとても良くして貰ったからな」

相変わらず気合いの入っていない、ぼんやりとした顔で青年は答えた。

そうでしたの、と令嬢はにこやかに頷いて、

「確かに私が愛を一途に求めた事でフーバー様も苦しめた事は事実ですもの。これは受け取りましょう。でも、どの方のお手かしら?もしもご遺族がいらっしゃるのでしたら、そちらへお返ししなければなりませんでしょう」

「それは例の強盗団の頭目のものだ。ウィリアム様に無理を頼んで、公開処刑の後で貰ったんだ」

「あらまあ。確かにウィリアム様も私が悩ませてしまいましたもの。であれば、ますます私は謹んで受け取らなければなりませんわね。

ねえ貴方、これを運べるかしら?私の部屋の、そうね、本棚の隣のテーブルの上に頼むわ。日が当たらない場所が良いでしょう。ここに置いたままでは皆が怖がったままですもの」

――微笑んで見つめられた騎士は顔を青くしたが、はい、と頷くしかなく。


 「もう一度お名前を伺っても宜しいかしら?セブラン伯爵家の次男であらせられる――」

武装した騎士達が近くに控える中、令嬢は四阿で青年と再び向かい合った。

「ユージンだ。ユージン……セブラン」

「ええ、ユージン様。私はクレーティアと申しますの。このホルスト侯爵家の長女です。今後ともどうか末永くよろしくお願い申し上げますわ」

「何だ、泣き叫ばないのか」

令嬢は少し目を伏せてから、

「いえ、驚かなかった、怖くなかったと言えば偽りになりますわ」

ふわりと、彼女はまるでサクラの木の妖精であるかのように微笑んだ。

「でもユージン様は遙々辺境伯様の御領地から、ここまであれをお持ちになっていらしたのでしょう?目的はどうであれ、私のために。

私は私のために尽くして下さる殿方と、その殿方の振る舞いが嬉しくて堪らないのです。それがよしんば正義や人倫に反する行動であったとしても、この胸が高鳴ってしまうのをどうやっても抑えきれないのですわよ。

ああ――私は、ユージン様、この瞬間に、貴方様へ正真正銘の恋心を抱いてしまいましたわ。一度こうなったら、ユージン様、貴方が破滅するまで私は愛して愛し抜いてしまいますのよ!」

ここで、初めて青年ユージンは笑った。心底愉快そうに、口を開けて大いに笑った。

「噂以上の『割れ鍋』だな、気に入った!『鍋』、『鍋』!良いだろう、『綴じ蓋』が俺だ!」

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