元殺し屋、落ちこぼれの第三王子に転生しました~前世の反動で自由気ままに、平和な地で暮らしてやります~

ゆるふわ衣

幼少期編

第1話 殺し屋、転生する


 草木一つ無い巨大な崖の上。雲一つない夜闇の中。月が出ている。

 黒いコートの男は体を伏せて引き金に指をかけていた。

 

 魔術式対人遠距離狙撃銃・M108。魔力を動力としたスナイパーライフルだ。

 この銃の製作者でもあり、愛用者でもある男はスコープを覗いて呟く。


「距離2153。いや、2151か」


 男の黒い眼が見定めているのは、崖下からかなり離れた所にある巨大な屋敷の中。

 大きな窓ガラスを抜けて、白いスーツに身を包んでいる丸々と太った男性だ。


 男性はワイングラス片手に他の貴族達と話に花を咲かせている。

 にこやかな笑顔を振りまいている彼は清廉潔白、慈善事業に力を入れていて、貴族や平民を問わず、皆から大いに慕われている大貴族。

 というのが大半の人間が知っている周知の事実だろう。

 

 その実、裏では人身売買によって莫大な資産を生み出し、魔術研究の為に過激な人体実験も行っているのだとか。

 その他にも軽犯罪から重犯罪まで一通りの法は犯しているようで、一つ一つ挙げていったら日が昇ってしまうだろう。


 しかし、そんな事はどうでもいい。

 相手が犯罪者だろうと無かろうと、俺は上からの依頼を忠実にこなすだけ。


 仕事に感情は不要だ。

 

「――ふぅ......」


 男は全てを忘れ、ただ、殺人という行為に入り込む。

 細かな銃身移動と男の瞬きが次第に治まり、標的を捉えた。


 崖の上を吹く風と吹かれる男の黒い髪を除いて、まるで時が壊れたかのように全てがピタリと静止する。


 次の瞬間、銃身の先から広がるように魔法陣が展開されていく。


 美しい幾何学模様と、その中に隙間なく書かれている魔術式。

 薄っすらと光ってはいるが、向こうからは視認する事も難しい。


 そして、標的の男がグラスを置いて立ち止まった所を狙撃......。


 ――するはずだった。


 己の腹を貫く衝撃。男は反射的に腰に携えたナイフを素早く抜いて、背後を斬り付けながら立ち上がる。

 しかし黒いコートの襲撃者は難なくナイフを避けて後方へ飛ぶ。


 その光景を見た男は痛む体を無理やり動かして、即座にナイフを入れていた反対側の腰から拳銃を引き抜いて指をかける。

 しかし男の素早い行動よりも更に早く、敵は長い剣を既に引き抜いており、その剣身を男の体に突き刺した。


「――っ!」


 貫かれた男は体に力を入れようとするが、その願いは叶わない。

 襲撃者は男から剣を引き抜いて、力を込めて男を崖へと蹴り飛ばした。


 痛みの中、降下していく体は浮遊感に襲われる。

 そしてその刹那、月明かりに照らされたコートの中の正体が見えた。


 ――長い白髪。長い耳。そして光り輝くような黄金の瞳。


 男は落ちていく最中、瞳を閉じて冷静に考えていた。

 

 あいつは恐らく俺と同業。殺し屋だ。

 しかしだとしたら、なぜ俺の潜伏地点がバレた?


 銃から発した魔法陣を見てから襲撃したとしても、あまりに早すぎる。

 だとしたら事前情報がどこかで漏洩したと考えていいだろう。

 けれど組織の情報が洩れるなんて事ある訳がない。それならば......。


 ――裏切り者。


 その可能性が高い。情報を故意に渡した奴が組織の内部に必ずいる。

 じゃあ動機はなんだ? 目的は?


「......いや、今更遅いな」

 

 男は全身に風を浴びながら適当に呟いた。


 足を刺された傷と、臓器ごと貫かれた胸の傷。

 加えてかなりの高所からの落下だ。

 この状況から生還出来る者は人間ではない。


 だから、この先の結末は決まっており、すぐにその時が訪れる。

 もう何も考えなくていい。何も抵抗をせずに......。

 

 ――男はその瞬間、轟音を聞いた。


 それは人間と地面が衝突した時に生ずる、辛く苦しい重音。

 

 ――肉体が崩壊する音を、その耳で確かに聞いた。

 


◇◆◇


 

 ――き、はな、そら! きれい!


 宮殿のような邸宅。広い中庭にて。

 黒髪の男子は辺りを駆けながら、新鮮な眼で周りを指さして嬉しそうに笑っていた。


「くさ。みどり!」


 はしゃぎながら走る男の子の後ろを付いて回るのは白髪の少女だった。

 その幼さに反して、美しさと神秘性を兼ね備えた常識とは逸脱した外見。


「兄さま兄さま。何してるの?」

「そら。あおい!」

「ふふっ。空が青いのはね。青い光が散らされやすいからよ。だから厳密には空が青く塗られている訳じゃなくて、光の性質で青くなっているの」

「ひかり?」

「そう、光!」


 男の子の声に対して、嬉しそうに返事をする少女。

 二人の体躯は同じくらいだったが、誰の目から見ても明らかに知能の差があるように見える。

 

 そんな光景をメイド達は憐れむような目で見つめていた。


「第三王子であるルミト様、未だにしっかりと言葉を話す事が出来ないのよね......。明日で7つになると言うのに......」


 茶髪のメイドは黒髪のメイドにコソコソと耳打ちをする。

 そして二人は今度は白髪の少女の方に意識を向けたようだ。


「それに比べて双子の妹であるナタリア様は、本当にしっかりしているわよね」

「えぇ。それはもうルミト様だけ血が繋がっていないんじゃないかって思うくらいね」


 その発言を聞いた瞬間、茶髪のメイドは目をぎょっとさせて、額に汗を浮かべる。


「確かに、そう思うのは分かるけど......! そんな事、他の誰かに聞かれたらどうするのよ......。さ、もうこんな話はやめて仕事に戻りましょう」

「......そうね」


 黒髪のメイドは不服そうな顔で彼女の言葉を肯定し、その場を離れていった。

 

 そうして中庭に残るは二人の双子。黒髪の男の子と白髪の女の子。

 何となしに駆ける男の子は、足元の小石に気付かず、つまづいて転んでしまう。


「――っ! 兄さま、大丈夫!?」

「うん! だいじょうぶ!」


 少女が急いで駆け寄るが、少年は無邪気な笑顔で平然そうに答えた。


「ふぅ。良かった......」


 少女はホッとするように息を吐いて、思わず安心した表情を見せる。

 そして、気を引き締めて自分の両手を握り。


「やっぱり、私がしっかりしなきゃいけないわ......!」

 

 そんな風に意気込んでいるのも束の間。


「わぁ! ちょうちょだ!」


 黒髪の少年はひらひらと揺れる鮮やかな蝶々に釘付けになっていた。


 ――ちょうちょ、きれい! とんでいる!


 少年は飛んでいく蝶に追いつこうと、夢中になって駆け出す。


「兄さま!? そっちは池......!」

「――ぁ」

 

 驚きの混じった制止も聞かずに、少年は地面に躓くと、大きな池にその身を投げ出してしまう。


 ――水面に自分が写る。以前の俺とは全く違う顔だ。


 ......?


 俺は何を考えて......。

 

 豪快な水しぶきをあげ、少年は池へと落ちる。

 はっきりとした意識の中、透き通るような美しい景色をその瞳に捉える。

 衝撃に驚いて泳ぐ小さな魚達、鮮やかな深緑を放っている水草。

 そして、その全てを照らしている暖かな太陽の光。


 そんな幻想的な光景を少年は泡一つ零さず、静かに眺めていた......。


「に、兄さま!? 大丈夫なの!?」


 少年は池から上がって来ると、少女を真っすぐと見据える。

 先程までとは、明らかに違う滑舌で呟いた。


「――ナタリア・ブリシゼア......」

「私の名前......?」


「ルミト・ブリシゼア......」

「兄さまの名前ね......?」


 白髪の少女。否――俺の妹、ナタリアは心配そうに首を傾げている。 


 ――あぁ、そうか。


 ――俺は転生したんだ。


「うっ......! オロロロロ......!」

「えっ? 兄さま? 兄さまァァァァ!?」


 ――こうして俺の第二の人生が始まった。

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