時代の功罪


 数年前、父親から事務所と莫大な資産を譲り受けた。一生遊んで暮らせる財産だ。

だけど自分は彗星を追うことを決めた。


 母は自分を産んですぐに他界した。だから幼い頃から芸能業界で働く父の背を見て育ってきた。父親は多くの人やアイドルから慕われ頼られていた。記憶の中の父親は一度も自分のアイドルは連れていなかった。星の数ほどアイドルを見てもにこやかに笑うだけでどこか違う誰かを見ているみたいだった。


 別に父親の背を追うつもりはなかった。苦労も沢山見てきたし何よりアイドルを見る父は寂しそうだったから。


 だけど、目の前を通る彗星の尾に手を伸ばさずにはいられなかった。

僕もまたこの時代に生まれ、彗星の夢を見ているから。

父の真意は分からない。僕にどうしてほしいのか。だけど僕はあの父の寂しい目を塗り替える星を見つけたい。


 そんな訳で事務所を利用して小規模なオーディションを開いた。夢見るアイドル志望は巷に溢れ、こんな所属アイドルの一人もおらず従業員もたった一人のこの事務所にすらアイドル志望は訪れる。


 とはいえ、こんな場末に目に見えるほどの大物は転がり込まない。

大アイドル時代の今、大手プロダクションが乱立し凌ぎを削っている。その中で従業員1人の実績もない事務所に転がり込んでくるのは大手に跳ね返されたか、挑む自信すらないか、はたまた大志もないか……。そんな少女ばかりだった。誰一人星の煌めきを感じさせる者はいない。だけど選り好みできる立場でもない。全員を帰らせてから選考を進めると候補生の1人が目に留まる。


 怜悧な印象の端正な顔立ち、切れ長で大きな目に人形を思わせる白い肌、紅く小ぶりな唇。それに釣り合う完璧なスタイル。

ルックスはこの時代でも霞むことのない超一級品。すでに頂点に近い場所にいないのが不思議なほどの容姿だ。


はたしてこんな候補生がいただろうか?


履歴書と記憶を結びつけて1人ずつ思い出す。


確かにいた。確かにいたが……。


 オーディション中の彼女はぎこちない引き攣った笑顔に戸惑い自信のない動き、伏し目がちな姿勢に態度。外見に対して全てがミスマッチで光るものはなかった。


 そして時代も彼女には味方しない。かつて煌めいた彗星は誰もが甘やかしたくなる愛らしさに溌剌とした天真爛漫さ、明るさと健気さと可愛らしさが融合し人々の心を鷲掴みにした。

アイドルいえば彼女でありアイドルに最も求められるものは愛嬌だ。彗星こそが理想像。

一方でこの候補生は端正で鋭い刃のような容姿。彗星とは全く逆のベクトルにいる。生まれた時代が悪かった。時代が違えば彗星は彼女だったかもしれない。容姿に関しては……。

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