第49話
――チカラヲ タベタ――。
それが何を意味するのか、美月はすぐには理解できなかった。
「わたくしは、ただ、借りるだけのつもりだったの。あなたが対面の間に現われても消滅しなかったあの異国のモノに対抗するために、あなたの強い血を少し借りて狐火を業火にしたかった」
あのとき、美子の背後の炎がよりいっそうの輝きを放ったのを、美月も見た。
「なのに、制御できずに、食べ尽くしてしまったのだわ。もう、返せない」
気丈な姉が、涙ぐんでいる。
「そんな、借りるとか返すとか……」
「わたくしは、あなたの破魔の力を食べて、使ってしまったのよ」
その意味が、美月にもようやく理解できた。
「それでは、わたしには……」
「今のあなたには、破魔の力がない」
そう告げると、美子の双眸から後悔の涙が零れ落ちた。
「ごめんなさい、わたくしは取り返しのつかないことを……」
「お姉さま、お姉さまがわたしに謝ることなんかひとつもないわ。とっさのことだったのだし、しかたのないことだもの」
どうせ自覚もなかった能力だ。美月自身、失われたことにさえ、気づいていなかった。
使い方もわからなかった力なのだから、姉の役に立って消えたのなら、それでいいと思った。
それなのに。
美月は自分でも驚くほど衝撃を受けていた。
その場では笑顔を作って、姉には気にしないでと言ったものの、心はそこになかった。
(ああ、旦那さまは気づいていらしたのだわ)
だからあの晩、美月の肩の傷を確認して、それから美月を見ようとしなくなった。
(破魔の力もないわたしなど、なんの価値もないのだもの)
――俺は士族の男だ――
――男は妻子を護るもの、妻の破魔の力で護られようとは思わん――
かつての煌の言葉が、脳裏によみがえった。
だが、あれは過去の話だ。
美月自身が、破魔の力で夫の隣に並び立つことを望んだのだ。
護られるだけではない価値のある存在になりたかった。だが。
もはや美月には何もない。
現に、煌は美月をここに残して去っていった。
妹の想いを察したのか、美子が手を差し伸べて言う。
「ここはあなたの実家なのですもの、無理に久良岐家に帰ることはありませんのよ」
「…………」
「ずっとこの家にいらっしゃい。今度こそ、わたくしがあなたを護りますわ」
(護ってもらう価値など、ないのに?)
それでも、姉の言葉は胸にしみた。
心は哀しみに濡れて凍えそうだったけれど、差し伸べられた白く華奢な手が唯一自分を救ってくれる……。
その思いにすがるように、美月は姉の手を握り返した。
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