第33話
「その約束を守れなかったのですから、当然、妹は返していただきますわ」
「約束は守っています! もちろんこれからも、妻を危険に晒すことはありません」
「どうでしょう。上官に強要されても、そう言い切れますかしら」
強く言い返す姉に、美月は違和感を覚えていた。
自分は、疎まれて追い出されたのではなかったのか。
妹の視線に気づき、美子が尋ねる。
「なぁに?」
「あの、ごめんなさい。お姉さまはわたしのことがお嫌いだと思っていたので」
「馬鹿言わないで、血の繋がった実の妹よ。そりゃ、お父さまがあなたばかり気にかけるから、嫉妬したこともありましたけど。そのせいかしらね、あなたはわたくしを怖がって寄り付きもしなかった」
美子が寂しそうに苦笑した。
怖がっていたのは事実だ。幼い頃の記憶を、美月は忘れられずにいる。
ずっと、口にしてはいけないことだと思い、姉に言ったことはなかったけれど。
黙っていては、このわだかまりが消えることはない。
「お姉さまはわたしに、大嫌い、生まれてこなければ良かったと……」
言いながら、美月はもう後悔していた。言葉にすればなお、その事実に打ちひしがれてしまう。
ところが、美子は驚いたように目を見張る。
「そんなこと、言いましたの? わたくしが?」
覚えていないのだろうか。
「たぶん、お母さまが亡くなったことで、わたしを恨んでいらして」
美子はしばし考えて、聞き直す。
「それって、ずいぶん昔の話?」
「たぶん。わたしが小さいころのことかと」
その言葉がショックだったから覚えていた。そうでなければ忘れてしまうほど昔のことだ。
美子が天井を仰いだ。
「勘弁してちょうだい。それって、わたくしもまだほんの子供だった頃のことなのね?」
言われた側は深く心に突き刺さっても、言ったほうは忘れているというのはよくある話だ。
美子は大きく息を吐くと、美月に向き直って言う。
「ごめんなさい、ひどいことを言ったのね。謝るわ」
あっさり謝罪して、しかしそれだけでは納まらずに言い募る。
「でも、わたくしだって子供だったのでしょう? お母さまが恋しくて八つ当たりすることだってあったと思うの。そんな子供の頃の至らなさを、まだ許してくれないの?」
「許すだなんて。ただ、わたしはずっと、お姉さまに嫌われているとばかり思っていたので」
姉妹はしばし見詰め合ったあと、
「……言葉って、怖いわ」
美子がうな垂れた。
いつも自信に満ちて華やかな美子のこんな姿を、美月は初めて見た。
(すべて、わたしの勝手な思い込みだったの?)
(お姉さまのあれは、一瞬の、高ぶった感情の吐露にすぎなかったと?)
そして、思う。
(ほんとうに、言葉って怖い)
美月自身、一度言われたその言葉に怯え、もう何年ものあいだ姉をちゃんと見ていなかったのだ。
一方的に嫌われていると思い込み、姉を恐れ、そのことで姉を傷つけているかもしれないとは想像したこともなかった。
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