第7話

 翌朝、美月はあらかじめ告げられていた時刻に朝食の席に着いたが、そこに煌の姿はなかった。

「おはようございます、奥さま」

 縞のお召しに白い割烹着姿のタキが、食堂の入口で丁寧に頭を下げてくれた。

 美月も立ち上がって頭を下げる。

「おはようございます」

「旦那さまは今朝もお役所からの呼び出しで、朝食も召し上がらずにお出かけになられてしまったのですよ」

 テーブルに料理を並べながら、タキが申し訳なさそうに言った。


 早朝に物音がしたことには美月も気づいていた。

 だが、いちいち部屋から出るなと怒られそうで、ようすを窺うにとどめていた。まさか、煌がそんなに早く出勤してしまうとは思っていなかったのだ。

(朝のお見送りもできなかったわ)

 嫁失格だ。

 美月はひとり落ち込んだ。

 そんな美月に、タキが口を尖らせて言う。

「婚礼の当日も翌日も急な任務だなんて、お役所の上司は気配りのできないお人なのか、意地の悪いお人なのでございましょうね」

 ほんとうに上司の命令なのだろうか。

(わたしが避けられているだけなのでは……?)

 そう思ったが、それを口にしてもタキを困らせるだけだ。

 代わりに、昨夜のことを思い出して尋ねる。

「昨夜、タキさんがお薬を持っていらしたようですが、旦那さまがお怪我をなさったのですか? それとも、何かご病気でも?」

「まあ、お気づきでしたか」

 タキは少し困った顔をして、けれど隠しておけることでもないと考えたのか、言葉を選ぶようにゆっくり口をひらく。

「わたしどもには詳しくはわからないので、うまく説明できないのですが。どうか怖がらないで聞いてくださいませね。嫁いでいらしたばかりの奥さまを怖がらせては、わたしが旦那さまに叱られてしまいます」

「怖がるだなんて」

「では申し上げますが、じつは旦那さまのお仕事は危険を伴うことも多く、ときおり瘴気にお体をむしばまれてお帰りになられるのです」

(瘴気に……?)

「旦那さまはご自身の治癒力で瘴気を浄化なさるのですが、気付け薬がその手助けになるというのでお持ちしているのです」

「あ……それで、三條西家のわたしを」

 三條西家の娘には、悪霊を祓う破魔の力がある。姉の美子なら、瘴気を浄化する手助けもできるだろう。

(でも、わたしではお役に立てない)

 久良岐煌は、三條西家の次女には破魔の力がないことを知らずに結婚してしまったのか。

 とまどう美月に、タキが言う。

「奥さまを危険な目に遭わせるなど、とんでもないことでございますよ。旦那さまが瘴気をまとっていらっしゃるときは、奥さまはどうかお部屋から出られませんように」

「でも……」

 それでは三條西家の娘と結婚した意味がないのではないか。

 そう考えた美月だが、美月自身には悪霊を祓う能力などないのだから何も言えなかった。


 食事を終えて部屋に戻り、美月はミィに朝食をあげながら考える。

(旦那さまに、ちゃんとお話しておかなければ)

 自分には、三條西家の娘なら持っているはずの能力がない。

(でも、正直に打ち明けて、それで離縁されてしまったら……?)

 姉の美子に大変な迷惑をかけることになりはしないだろうか。

(お姉さまは、わたしを赦してくださるだろうか)

 考えれば不安だけが募り、胸が苦しい。

 だが、そんな大事なことを隠したままでは、夫を騙していることになる。

(ほんとうのことを、お話しなければ)

 臆する気持ちを押し殺し、美月はそう決意したのだった。

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