第15話
そんなふたりを、紅蓮がじっと見つめていた。
いや、彼女が見ているのは月黄泉ひとりだ。
「何か……?」
問いかけた月黄泉に、紅蓮はふわりと表情を和らげ、懐かしそうに語る。
「さっきの問いで、思い出したことがある。若長は先代の郷長から、我らの龍神について聞かされてはいなかったのだな」
「朱雀族の伝承の龍神さまのことを、父から?」
「ああ。20年ほど前に先代の郷長から同じ質問をされ、わたしは龍神は水霊から出るとだけ答えた。今日と同じだな」
「申し訳ありません。父が同じことを尋ねていたとは知りませんでした」
恐縮する月黄泉に、朱雀族の長は「気にするな」と首を横に振った。そして、唐突に話を変える。
「ところで、ずっと思っていたのだが、中原の若長は……面立ちが中原の者らしくないな」
月黄泉はギクリとした。紅蓮は「面立ち」と言ったが、その視線がちらりと月黄泉の頭上に向けられたことに気づいたのだ。
「それは……」
月黄泉がどう応じたものかと迷ったそのとき、広間の扉が開かれ、中原の若者がひとり駆け込んできた。
「朱雀族の長は、いらっしゃいますか!?」
「わたしだ、どうした?」
振り向いて応じた紅蓮に、「使者が」と説明しようとする若者の後ろから使者らしき若い男が駆けてきて叫ぶ。
「長、敵襲です!」
広間にいた者たちの視線が、いっせいに集まった。
すぐさま紅蓮がよく通る声で尋ねる。
「敵とは何者だ? 報告せよ」
「素性はわかりません。黒い甲冑の一群が我が領土にて剣を振るい、無差別に攻撃を仕掛けてきました」
使者は褐色の髪を振り乱し、寒い季節だというのに流れる汗を拭うことなく、息を整えるまもなく報告した。
紅蓮が、カッと目を見開いた。
予知夢の黒き者の襲撃か。
「海岸の防衛線を破られたのか?」
「いいえ……それが、高千穂の山側から……」
それは白虎族との境界線上にある山だ。
「馬鹿なっ、わしらは知らぬぞ!」
叫んだのは白髪に白髭の老人。白虎族の郷長だ。
朱雀族と白虎族は、太古から水を巡って対立することがしばしばあった。とはいえ、今は表立って敵対はしていない。
紅蓮は白虎族の郷長を一瞥しただけで、
「すぐ戻る、馬を用意せよ!」
冷静に共の者たちに命じた。それから、月黄泉と秋令に拱手して言う。
「お聞きのとおりだ、失礼させていただく」
月黄泉も拱手して挨拶に代えた。
秋令は何か言わなければと思ったが、何を言えばいいのかわからないまま紅蓮を見上げることしかできなかった。
紅蓮はあきらかに疲労している使者に言う。
「おまえはここで少し休んでから後を追え」
「いいえ、ご一緒します」
「そうか。遅れたなら置いて行くぞ」
「はい!」
朱雀族の一行が嵐のように立ち去ると、広間に残された者たちはようやく我に返ってそばにいる者たちと顔を見合わせた。
実感の無かった予知夢の神託が、現実になったというのか。
朱雀族の領土は南西の海に面した一帯だ。これまでも海を渡ってきた者たちの襲撃を真っ先に受け、跳ね除けてきた。
だが、こたびの襲撃は内陸からだという。
白虎族の郷長は連れの者たちと何やら話し合っていたが、やはり早急に状況を確かめねばならないと判断したようだ。
「中原の若長、我らもこれにて失礼いたします。詳細は、いずれまた」
「道中のご無事を」
月黄泉は送り出す側の決まりの挨拶を口にして、拱手した。
白虎族の一行が、肩布をひるがえして広間をあとにした。
「我らも、明日の夜明けと共に出立させていただきます」
玄武族の郷長がそう言って月黄泉に挨拶をし、連れの者たちをまとめて早々に宿舎である迎賓舎に引き上げた。
周辺の小部族の代表者たちの多くも、同様に広間を出て行った。
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